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別れ

「大丈夫か……?」


「大丈夫です……多分」



 地面に座り込んだリューカに手をさしのべて引っ張り上げようとした瞬間。腕にガックリと重さを感じるようになる。


 一瞬訳が分からなかったが、すぐに思い出した。


 ああそうか、5分経ったのか。『能力増幅剤』を飲んでから。俺の身体は今、ただの一般人だ。



「すまん……リューカ自分で立ってくれるか? 」



 女子の前でかっこつけるのに失敗した俺はよっぽど情けない顔をしていたのだろう。リューカは疲れ切った顔をくしゃりと綻ばせた。



「笑うこと無いだろ~……ひでえ女! 」


「ご、ごめんなさい……そうですよね……笑うとこじゃないですよね……」


「……いやいや。今のは冗談だから……いや、本気にしないで! ゴメンて! 」



 瞬時に曇るその顔に平謝りをする俺を見て、リューカはクスクスとまた笑う。本当反則だよなあ。そんな顔で笑われたらこっちは何でも許す気分になってくる。



「鎧がなくても普通に話せるようになったな」


「はい……そうですね……。これで二人目です。兄さんと剣太郎の二人だけですけど……」


「……多分これからもっと増えるよ。騎士団の人とか。友達とか……」



 俺が『友達』と言った瞬間、リューカはピクリと肩を震わせた。


 どうしたんだ? と俺が声をかけようとしたその矢先。


 見計らったように天井から黒い球が落ちてくる。


 慌てて両手で受け取ると、予想通り掌の中で球は溶け消えた。その場に残されたのはお互いの掌の中に一つずつ出現した指輪と宙に浮かぶ文字列だけ。



『【階段の迷宮】:クリア

  内部経過時間:87日

  成功報酬  :【自動回復】/【戦意向上】,奇縁の指輪×2

  崩壊まで  :180秒                 』



 キメラを倒した時に得たポイントはきっかり半分だった。成功報酬もどうやら二人で半分になったようだ。リューカは【戦意向上】、俺は【自動回復】のスキルを入手した。そして180秒の表示はすぐに179秒へと変化し、カウントが開始する。



「これで……終わりだな……予想通りなら俺がトンネルに戻って、リューカは向こうの世界に戻るはずだ……」


「…………」



 二人の間に沈黙が流れた。過ごした時間は短かった。だけど、その間に随分と両者のことを知ってしまった。いろいろなことをさらけ出してしまった。もはや他人とは到底思えない。俺にもよく分からない。なんなんだろう心の中のこの気持ちは……。


 その間も刻一刻とタイムリミットは迫っていく。何か言おうとした口は開けるのと閉じるのを繰り返しても言葉が出てこない。頭の中では分かっているからだろうか。これでもう二度と会うことはないかもしれない、と。


 16年そこらの短い人生観では分からなかった。そんな相手にどんな言葉をかけるべきなのか。


 ――そんな中、ずっと俯いていたリューカが顔を上げた。その表情は真剣で、さっきみたいに茶化すような雰囲気じゃない。無言で待つとリューカの口はゆっくりと開いた。



「……第13騎士団には年上ばかりで同世代の人がいませんでした」



 黙って聞く。リューカの語りを。余計な口は挟まない。リューカの言葉を聞くのは、これが最後になるかもしれないから。



「それに私は引っ込み思案で……怖がりでした。そんな私に同世代の友達なんてできるはずありません……同世代の人と話したことすらなかった……」



 そこでリューカは真っすぐに俺を見た。目と目が合う。そしてゆっくりと笑みを浮かべた。それはリューカがこれまでに見せてくれた中で、最も優しい表情だった。



「だから……楽しかった。とても短い間だったけど……剣太郎と話して、一緒に過ごせて……ありがとう。私を信じてくれて……助けてくれて……」



 思わず言葉に詰まりそうになる。でも話す。俺にだって伝えたい言葉はある。



「……礼を言うのは俺の方もだ。リューカが教えてくれた知識はこの先もずっと俺を助けてくれる……。だからありがとう」



 そこでタイムリミットは60秒を切る。また流れる無言の時間。心の中のもやもやは未だに晴れない。


 表示が50秒を切った瞬間、リューカは覚悟を決めたような表情をした。彼女の唇が震えた。



「……も、もしも……もしよかったら……」



 言葉は途切れる。俺は見ることしかできない。全神経を集中させてリューカの次の言葉を聞く。



「……私と……友達になってくれませんか……? 」



 どれだけ彼女は勇気を振り絞ったのかは分からない。ただ揺れる真っ赤な瞳をまっすぐに見て俺は大きな声で応えた。



「あぁ! もちろんだ……世界は違っても……俺はリューカの友達だ! 」



 始めて出来た異世界の友人に向けて精一杯の笑顔を向けると、向こうも笑い返してくれた。思わず言葉を失いかけるほどに綺麗な笑顔。しかし世界はそれを永遠に見ることを許さない。徐々に迷宮はねじ曲がっていく。だから、最後に俺は叫んだ。



またな(・・・)! リューカ! 」



 そして俺は目覚めた。下山トンネルの路面の上で。周囲を見回す。そこに白銀の鎧をまとった人物はもういなかった。





 リューカは目覚めた。冷たい地面を手で押し返してゆっくり身体を持ち上げる。暗雲の隙間から見える真っ赤な空。果てしなく荒廃した大地。それは間違いなくリューカの生まれ育った世界だった。そしてリューカは気づく。ここが『迷路の迷宮』が元々あった場所であることを。



「やっと見つけましたよ団長! いったい今までどこにいたんですか! 」



 リューカが振り返るとそこには見知ったラウドの顔があった。


 その顔はなぜか怒っていて、焦っている。



「どうしたの……? 」


「どうしたもこうしたもありませんよ! 『迷路の迷宮』が崩壊して生き残りは全員ここに戻ってこれたのに、いつまで待っても現れなかったんですよ! 団長……そしてケンタローさんが! 」


「もしかして……結構時間経ってる? 」


「はい! もう2時間も探し回りました! 見つかって本当に良かったです! 」



 ラウドが言った2時間と言う数字に衝撃を受けるリューカ。あまりにも時間の流れがおかしすぎる。一体あの世界とこの世界はどんな関係を持っているのか……。そしてリューカは目を向ける。いつの間にかここに集まってきた鎧の集団に。



「……そうか……これだけしか生き残れなかったんだ……」



 リューカは項垂れた。直視するには余りにも悲惨な現実だった。しかしラウドは否と言った。



「後悔するのは違いますよ団長! 我々は全員覚悟していました! この場所で息絶えることを! なぜなら全員が拒否したからです! 戦場や迷宮ではなく故国の獄中や断頭台の上で死ぬことを! そして我々は勝利しました! 誇ってもいいのです! リューノ団長! 」



 ラウドの力強い宣言。それにその場の全員が追従した。ボロボロの身体から声を振り絞って。リューカは手を挙げた。その合図とともに静まる第13騎士団。リューカはゆっくり口を開いた。



「皆さんに謝らなきゃいけないことがあります。私はリューノではありません。リューノは今行方不明なので彼の妹の私、リューカが代わりに団長をしていました。ずっとだましていてごめんなさい……」


「…………」



 誰も言葉を発さない。全員がリューカの次の言葉を待っていた。



「……なぜ今それを言ったのかは……思ったからです。このままだといつか帰ってくるかもしれない兄に恥ずかしいままだと。私は決めました。兄の手を借りず強くなることを。そして第13騎士団を帝国最強にすることを……。もし許してくれるのなら……もしこんな私をまだ信じてくれるのなら……お願いします。私と戦ってください……ッ!! 」



 頭を下げるリューカ。それに一番に反応したのはラウドだった。



「頭をお上げくださいリューカ様。そして我々も謝らせてください。実は騎士団の者どもは全員、貴方がリューノ団長の妹君であることを知っておりました。なぜならリューノ様から我々へ頼まれていたからです。『もし、自分に何かあった時は妹を頼む』と」



 リューカは頭を上げる。騎士団の人間全員が笑っていた。それを見てリューカも笑みを浮かべた。



「いい表情をするようになりましたね……リューカ団長。今日が我々の新しい始まりの門出です! さあ帰りましょう! 我らが祖国に! 」



 その瞬間に上がった雄たけびは、荒野の大地の端まで届いたという。



 ――13騎士団の生き残りに【鑑定】スキル持ちはいない。剣太郎もすぐに【鑑定】を行う暇が無かった―故にここに『階段の迷宮』の報酬の詳細を記す。



『【自動回復】:負傷時に使用可能。使用者の自然治癒力を使用者の魔力を消費して活性化させる。』


『【戦意向上】:2人以上の人間がいる時に使用可能。一定範囲にいる全ての人間のステータスを一定時間、1・1倍にする。』


『奇縁の指輪:装備者の[耐久力]に+1000を加算する。この指輪を装備すると縁が出来る。装備した者同士が接近すると不思議なことが起こる(・・・・・・・・・・)。』


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