激動の時代
『昨日、東京湾上空で突如発生した寒波は……――』
『観測史上最低のマイナス20度を記録……――』
『現在判明している死傷者数は2000人を超え……――』
『正体不明の巨大なモンスターを目撃したという……――』
『地下鉄や高速道路などの交通機関の停止による経済損失は……――』
『懸命な復旧作業が昨晩から続いてますが、復旧の目途は未だ……――』
「見たまえ。これが君たちがしでかしたことによる『結果』だよ」
液晶に映し出されたニュース番組を次々に変えていきながら、ため息をつくのは表情に疲れの色を隠せなくなってきた赤岩信二。クマが深く刻まれた目元をこすりながら机に肘をつくと、目の前に座る2人の人物に声をかけた。
「……」
「……」
「いつまでそうやって黙ってる気なのかな? この尋問室においても迷宮庁が真っ当な手段を選ぶと思うのかい? 」
「……」
「……」
「まずはとりあえず教えてくれ。いったいコソコソ隠れ忍んでいた君たち『組織』は一体全体なぜこのタイミングで表舞台に姿を表そうと思ったのか」
再度諦めずに問いかけた赤岩に帰って来たのは返答の言葉ではなく、スンと無表情とニヤニヤとした笑顔だけ。『組織』に見捨てられ、羽田に置き去りになっていた住友瑛太と新澤凜都の両名は明らかに赤岩のことを舐めていた。侮っていた。仮にも日本のホルダー界のトップとも言える赤岩信二その人のことを。
「……」
「……」
いくらこちらが凄んだり、脅したりしても表情を一切変えず、無言を貫く二人を前にして、赤岩は作戦を変えることにした。
「……君たちのことはよく知っているよ。住友瑛太君。新澤凛都君。二人とも今年で22歳。出身は東京。大学には通ってない。そしてどちらも迷宮庁が手配中の《第一級違反ホルダー》だ」
「……」
「……」
「住居不法侵入。や器物破損は序の口だね。加えて強盗や傷害致死に殺人まで。最近の若者は加減をしらないみたいだねえ。ホルダー管理制限法と管制委員会ですら君たちの閉ざされた未来を救うことは出来ないよ」
「……っ」
「……ん」
その瞬間を。
二人の若者の表情禁が僅かに揺れ動いた刹那を。
元公安の捜査官はもちろん見逃さない。
「……これは司法取引だ。君たちの罪を可能な限り軽くしてやる。その代わりに今後一生、僕ら迷宮庁に協力するんだ。簡単な話だろう? 君たちは過去にあった経験を話すだけで、再び自分に開かれた輝かしい未来を取り戻せるんだ」
僅かな動揺の隙をつくように、甘い誘いの言葉を並べ立て、ジッと反応を伺う赤岩。
イスに座らされ、拘束された2人は机に顔がつくほど下げると小刻みに震えだした。
「? 」
「あはははははははははははは! 」
「はははははははははははは! 」
「……! 」
震えの正体は腹の底から出てくような笑いをこらえたものだった。
「笑わせんじゃねーぞ! 赤岩! 今更カマトトぶりやがって! 俺達みてーなザコのためにお前自ら出てきた時はおっかしいなぁーとは思ったが……」
「……まさか……まさか、これほどまで追い詰められていたのですね? 」
「……」
「ざまあみやがれ。赤岩。今どんな気持ちなんだよ? 俺達、組織に良いように日本を目茶苦茶にされてよぉ」
「……」
「勘違いすんじゃねえぞ? こんなのは始まりにすぎねえんだぞ? これから日本は……東京はやべーことになる。地獄の顕現だ。そして最初に地獄を見ることになるのは赤岩、お前――」
「【尋問術】――『爪』」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!! 」
突然、悲鳴が上がった。
22歳という年齢でレベル3桁に至っていた彼らがまだ成人になったばかりの子供であることを証明する痛々しい声が静かだった尋問室の内部に響き渡った。
追いかけるように聞こえてくるのは痛みをこらえる歯ぎしり。荒々しく木霊する息遣い。ガタガタと揺れる椅子と限られた可動域の中でのたうち回る音。
そんな騒音の発生源は全て、額から脂汗を流し始める新澤凛都のものだった。
「はぁー……! はぁっ……! はぁっ……! 」
「器用なもんだろう? スキル【尋問術】は拷問に特化していてね、指の爪を全て綺麗に引き剥がした後、持ち主の指先に突き刺せるような真似だって出来るんだ」
「てめぇ……! 」
「おおっとあまり暴れない方が良い。それ以上動くと今度は足の指が腐り落ちる……末端神経が集中した指先が壊死するのは想像を絶する痛みらしいよ? 」
正面に向かって、縛られたまま突撃しようとした新澤は、その赤岩の言葉を受けて渋々といった様子で椅子に座り直す。ただ彼の顔は隣に座る住友と同じように、余裕が消え失せたように青ざめていた。
「なあ、もしかして……君たちこそ勘違いしてないか? 自分がまだ少年法に守られた未成年だぁー。なんてね? 」
「……」
「大人を舐めてんじゃねえぞ、ガキ共が。てめえらはとっくに成人済みのただの人殺しなんだよ」
「でも……」
「でもじゃぁ、ねえんだよぉ! 分をわきまえやがれ! テメエらは知らねーと思うがなぁ。そもそもお前らは迷宮庁に命を救われた立場だっていうことをなぁ」
「「は? 」」
「羽田でテメェらの残骸を見つけた時は驚いた。『これで、まだ生きてんのか』ってなぁ? 」
「「……」」
「凍傷でグチャグチャになった表皮。砕けた骨格。機能が停止した内臓。血だまりの中に落っこちてた、それら全部をかき集めて『傷一つなく治療』してやったのは他でもない俺達だ」
「「……」」
「そして反対に……俺達迷宮庁はテメエらを仮に『羽田にいた状態』にしたとしても、何度もまた元通りにすることが出来るってことだ。これがどういう意味かさすがに分かるよなぁ? 」
「ヒッ……! 」
「……ッッ! 」
「よく理解してもらったところで……もう一度聞こう。まず君たちはなぜ今になって姿を表そうと思ったんだい? 」
「……」
「今度は……住友君の……左目が良いかな? 」
「ちょっ! ま、待ってくれ! 言うッ! 言うからッ……! 」
「……それでいい。何事も素直なのが一番だ……」
「でも……俺たちも詳しいところまでは……知らない……です」
「うん。そんなことは分かってるよ。で? 」
「『部長』が……あ、『部長』っていうのは……」
「知ってる。組織の幹部の一人だろう? 続けて? 」
「ぶ、部長が今日、行ったんです。ひゃ、百人会議に……」
「百人……会議? 」
「さ、撮影役は……別にいて……お、俺たちは……ただの時間稼ぎ。本来の目的は天使の性能と……ファーストブラッドの脅威を……『会議に来た連中』に示すこと……」
「……? 待てっ……まさか!! 」
「多分……今日にでも……日本に通知が……――――」
まるで、タイミングを見計らったように赤岩のケータイが鳴る。
それは、『とある一報』を迷宮庁長官に伝えるための直通電話だった。
表立った動きをするようになった組織。
不自然なほど沈黙している魔王。
ひたすら真実を求め彷徨う剣太郎。
そして、このように荒れた時代でも覇権を狙う国家たち。
様々な思惑と陰謀が交差するダンジョン黎明期は、今まさに変革の頂点である『激動の時代』へと突入しようとしていたのだった。
第5章終わり。
かなり間延びしちゃいましたが何とか2022年度末までには終わらせることが出来ました。
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