終末を超えし者
その日。
東京にいた全員が目撃した。
『え……何あれ???? 』
『……怪獣? 』
『モンスター……なの……? 』
『あんな大きさのモンスターがいるわけないじゃん』
『え? あれ……ガチじゃないよね!? 』
『誰かの【魔法】でしょ? 』
『イタズラじゃないの? 』
天まで届くその威容を。
東京にいた全員が耳にした。
「――――――――――――――――――ッッ!!!」
響き渡る悍ましい産声を。
『うわぁあああああああああああ! 』
『キャァアアアアアアァア! 』
『!!?? 』
そして、その姿を一目見た者は誰もが目を覆い、悟った。
『お母さん……私、今日死んじゃうの? 』
『……』
今日が世界終焉の日であることを。
その音を聞いた者は誰もが耳を塞ぎ、震えあがった。
『逃げなきゃ! 今すぐ! 』
『……でも……どこに? 』
人生最後の日、自分が最悪な死に方をするかもしれないことを。
『終わりだ』
『勝てるわけがない』
『……ははは』
はるか遠くにいるはずの『たった一体のモンスター』の出現に無力な人々は絶望した。
その『たった一体のモンスター』の前ではホルダーであるかどうかでさえも関係なかった。
その『たった一体のモンスター』に比べればこの世に生きるありとあらゆる無双の強者たちでさえも敵わない。
その純然たる事実を『レベル222』という数字が残酷なほど明確に付きつけていた。
「……こいつが……お前が……コキュートス……」
召喚獣コキュートス。推定全高1000m以上。
『地獄の最下層』の名を冠するそのモンスターは冷気を発しながら羽田空港に君臨し、強烈なプレッシャーを振りまいていた。
分厚い氷に閉ざした東京湾に屹立する透き通った体躯。
高層ビルに匹敵する氷山の四肢。
竜のようにも悪魔のようにも見える凄惨な形相。
全てが規格外で圧倒的。
そんな威容を足元で見上げ見る男、城本浩は気圧されていた。
「……想定外だ。思ってもみなかったよ。まさか今日この段階で……コイツまで引きずり出されることになるなんて……」
その性能に慄き、震えていた。
身を突き刺すような冷気に吐き気を催していた。
「術者の寿命を計100年削ることで始めて生み出せる召喚獣……まさかこれほどの力を持っているとは……」
ポツリポツリと独り言を残し、冷えて固まっていく自分の身体の操作を手放しながら血まみれの両腕を広げると、正面に立つ怪物は応えるように大音声を解き放つ。
(ああ……お前なら……やれる。……お前になら……任せて……逝ける……)
呼気すらも凍り付く絶対零度の中、『室長』は瞳を閉じた。
永遠の眠りのつもりで、氷像へと変わっていく体から力を抜いた。
(頼む……アイツを……奴を……)
その時、間違いようもなく、男は自らの生を諦めた。
言葉にならない願いは死ぬ間際の呪いの言葉でしかなかった。
意識が深く、重く沈殿し、走馬灯のように記憶があふれかえっていく中で城本浩が思い出したもの。
――それは懐かしき田舎の故郷を走り回る一人の少年の顔だった。
「【火炎魔術】――」
――そして
「『焼灼一閃』」
――脳裏に浮かんだその顔が諦めた現在と重なった瞬間
「――――――……? 」
――真っすぐに伸びた一条の蒼い熱線が
「……な!? 」
――氷の獣の300万を超える耐久力を貫いた。
「――――――――――――――ッッ!!! 」
終末の獣は声を上げた。
首都圏全土に届く悲鳴にも似た絶叫を響かせていた。
明らかに。
誰が見ても分かるほどに……効いていた。
「まさか……コキュートスでも……!? 」
その様を見て驚きの声を上げる城本浩は茫然自失になりかけながらも気づいていた。
先ほどまでは関節の一つすら動かせなかった自分の身体が熱を持ち封印から解き放たれていることを。
まるで太陽そのものが現れたような力強いエネルギーの波動が視界の端から放たれ始めていることを。
寒さから暑さへ。冷気から熱気へ。極寒から灼熱へ。
感覚が狂わされていくそのグラデーションをまざまと。
「……ッッけんたろおおおおおおおおおおおおッッ!! 」
「――――――――――――――――――――――!! 」
「【火炎魔術】……『獄炎』」
この羽田で行われた全ての戦いの絵図を裏で描いていた室長にはもはや少年の名を叫ぶことしか出来ない。
ここからはレベル200を超えた者達だけの領域。
真の限界であるレベル3桁を超え、その次の限界点。
旧き神々と伝説の獣たちの高みに至った二つの頂点の前には誰一人として干渉することはできない。
人間とモンスター。
ホルダーと召喚獣。
小さき人の英雄と大いなる氷の巨人。
炎を纏いし異世界帰りの鬼神と世界を凍えさせる終末の獣。
両者が始めるのは天を焼き焦がし、海を凍てつかせる神話の戦い。
その趨勢に、その末路に世界中が注目した。
文字通り『世界』が……。




