『吸収』と『放出』
日本に戻ってきてから。俺は一つ、自分に縛りを設けていた。
マサヒラ辺りに言えば『もったいねえ! 』と言われることは間違いないその縛りの内容は『よっぽどのこと』がない限り『【火炎魔術】の使用を完全に禁じる』というもの。
向こうの世界での激しい戦いを乗り越え、とうとうレベルが200を超えた俺は力も、スピードも自分では想像だに出来なかったほどの水準にまで成長することができていた。それは素直に嬉しく、喜ばしい、歓迎できる出来事だ。
けれど反面【魔法】と[魔力]は俺の想定を遥かにぶち抜いた上のさらにもう二段階上の領域にまで差し迫っていた。俺の魔法は強くなりすぎた。
もはや自分の力の制御が難しいと感じるほどに.。
中でも【火炎魔術】はとある事情もあって、好き勝手に使い続ければいよいよ、いつ俺が放火魔になってもおかしくない。そんな危機感が俺に【火炎魔術】を封印させることを選択させた。
そのこと自体は俺も受け入れられ、どうにか今までやってこれていた。
けれどもこの羽田での戦いで俺は力の無さを痛感した。認識の甘さを突き付けられた。知識の無さをこれでもかと感じさせられた。
レベルやスキルの数値でも、被数値化技能でもない別の強さがこのホルダーの世界にあることを敵から懇切丁寧に思い知らされた。
この手に持った金属バットだけじゃ空を飛ぶアイツ等は倒せない。
【念動魔術】の火力じゃ天使の翼を超えることは出来ない。
だから今は自分を縛りつけている場合じゃない。
そのことを認識した後に、【火炎魔術】を使うタイミングを伺てはいた。
だがそんな俺の狙いを察知されたのか、魔法を発動させる前にありとあらゆる攻撃行動とステータスを封じられてしまう。
生命線の魔力を封じられれば、何も出来なくなるのは俺も認めるしかない部分。以前の俺は間違いなくそうだった。
けれど今は――『龍王サラム・ドライグ』を倒した今の俺ならその限りじゃない。
秘密は火の【魔法】の『技』の一つ『火炎吸収』にある。
この技を最初はハズレだと思っていた。モンスターで火を吐いてくるのは一部だけだし、余りにも使えるシチュエーションが局地的だったからだ。
だがしかしあの龍王との死闘、俺は気づかないうちに無意識にこの『火炎吸収』を発動させていた。
龍の攻撃をいなして、吸い出し、どうにか弱体化することに成功していたからこそ俺はあのギリギリの勝利をもぎ取れていたんだ。
俺は感謝していた。『フレイムアブソーバー』に。この技が龍の炎を吸収してくれたお陰で俺の体はぎりぎり燃えカスにならずに済んだのだから。
だけど、この独特な技に感謝はしていても今後はやはり使うことは殆ないだろうと思っていた。炎を操る強力なモンスターが何体も現れるとは思わなかったし、つかえる場面が限定され過ぎている欠点は何一つ変わっていなかったから。
その時の俺は……そう勘違いしていたんだ。
俺が『火炎吸収』のもう一つの機能に気づいたのは
『剣太郎、大丈夫? 』
『ん? 何が? 』
『今日あんまり寝てないでしょ? 』
『問題ないよ。俺って寝溜め出来るから』
『…………寝溜め? 』
リューカとの何気ない会話がきっかけだった。
寝溜めをすることに意味は無いと知ったのは後の話だし、結局リューカに『寝だめ』がどんなものなのかを上手く説明することは出来なかったが今重要なのはそのことじゃない。
『貯める』や『溜める』という、その概念のこと。
俺は考えたんだ。
『フレイムアブソーバー』で吸収された火は身体の中のどこへ行くのか? 吸収された炎はどのように身体の中へ消えていくのか?
体力に変換されるのか? はたまた魔力か? 結果はそのどちらでもない。
――『吸収』した炎は身体のどこかに『溜まる』。
――その上『貯められた』炎は『放出』することができる。
これが答え。
この『放出』という作用に[魔力]は必要ない。
よってこの『反転放出』は『攻撃』ではない。俺の意思を超えて炎は俺の体内で燃え上がっていて、中から外へ吹き出すことはあくびや、涙のような身体機能や生理現象の1つとして認識されているからだ。
そして俺の中にある焰は何を隠そう龍王の竜の息吹。
俺が相対した中でもブッチギリ最強の存在が放っていた蒼炎は『全てを焼き尽くす』という危険な概念的な力を持っていた。
もし、そんな『火』を日本で使てしまったらどうなるのか?
「は? 」
燃やしてしまう――何もかも。
木々も。
石も。
動物も。
自然も。
アスファルトも。
コンクリートも。
鉄骨も。
貴金属も。
迷宮金属も。
魔法も。
スキルも。
モンスターも。
ホルダーも。
そして氷の『封印』も。
「よし……左手も動く」
逆にもし、俺の身体が氷に覆われていなかったとしたら?
氷の壁が無いままに制御不能な竜の炎を吐き出してしまったら?
『――――――……』
想像に難くない。
解き放たれた龍の蒼い炎が東京を全焼させる光景が。
この世で『あの龍の炎』で焼き尽くせないモノなど、一つだって存在し無いのだから。




