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遅すぎた

 なかなか寝付けないような夜。木ノ本絵里は決まって同じ夢を見た。


 舞台は『あの日』の大和町。


 内容は一月以上前にあった【第二次迷宮侵攻】。


 最初はいつも突然。見上げた空の上で『漆黒の鎧をまとった騎士』と『バットを持った少年』が戦っているところから始まる。


 剣とバットが打ち合う度に発生する衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも絵里はその光景から目を離せない。少年の勝利を心の底から祈りながら、一度でも瞬きしたら見逃してしまうほどの一瞬の攻防を夢の中の自分は目に焼き付けようとしていた。


 けれど声援を送ることは出来ない。少年のために自分が出来うる何らかの手助けをすることは出来ない。


 何故なら、今見ている情景はあくまで『夢』だから。


 絵里の記憶に基づいて創り出された虚構の世界だから。


 故に、そこからの展開はいつも決まっていた。



『あ……』



 振りかぶった少年のバットが騎士の甲冑を砕くのと同時に、騎士の大剣が少年を真っすぐに貫く。同士討ちという結果に終わった二人の戦いを見て絵里は空の上に手を伸ばす。



『待って』



 叫び疲れたような掠れた声で必死に願うが絵里の声は届かない。戦いを終えた二人は役目を終えたと言わんばかりにどこかへ吸い込まれるように消えていく。



『いかないで! 』



 最後も同じ。絵里がいつもの決まり文句を叫んで、『夢』の時間は終わる。


 跳ねるように飛び起きるとそこは夢の中と違って安全なホテルの一室で、隣のベットには護衛役兼マネージャー兼姉代わりでもある舞がいる。


 その時いつも絵里はより一層痛感させられるのだ。



『あの日』自分は少年のために何もできなかったこと。



 そして少年(かれ)はもう二度と戻ってこないだろうということを。




 少年から紹介された迷宮課に『あの日』以降も絵里が残り続けた理由。最初はどこかへ消えた少年のことを探し出すための情報を得るためだった。しかしその理由は、次第に変わっていく。



 モンスター発生数の爆発的増加。



 観測史上初めての上級ダンジョンの自然出現。



 誰かに言われずとも絵里は理解していた。『あの日』から明らかに日本は……世界の歯車は少しずつ狂いだしていったこと。何かが致命的なまでに壊れ始めているということ。


 そんな過渡期を迷宮課の一員として過ごしていく内に絵里の中で何かが確実に変わっていった。


 一切の手がかりが掴めない『少年』の捜索から、『少年』が守ろうとしたものを守る方へ。本人の自覚も無く、だんだんと気持ちは動いていた。


 そんな時。



 全世界を巻き込んで。



 街に出来た大きな傷跡の復旧すら待たずに。



 それは起きた。



【第三次迷宮侵攻】が。



 日本国内だけで合計五十万人を超える死者と行方不明者を出した大惨事。


 破滅的で、破壊的な数日間を何とか生き延びた絵里は知る。


 過去二回の【迷宮侵攻】での死傷者の数を恐ろしく少なく抑えていた『少年の持っていた力の大きさ(・・・)』と自分一人の『能力の限界(・・)』を。


 さらに契機となったのは『少年』を名乗る偽物の数がとうとう千件を突破したこと。度重なる虚報に翻弄され、錯綜する情報に苛まれた絵里はその時になってもう悟ってしまっていた。


 今更動いたって、助けようとしたって『もう遅いんだ』ということを。


 そこから絵里は少年C関連の情報を赤岩に要求することを止め、自分が出来うる限りのあらゆることをした。


 少しでも『少年』に追いつこうと百を超えるダンジョンに潜った。千を超えるモンスターの討伐に参加した。


 何百もの避難施設を周り【第三次侵攻】の被災者たちの身体の傷を癒した。


 日本のためだと請われれば広告塔にもなったし、国外からの要請も受け入れて国際協力隊として幾つもの厳しい状況に置かれた危険地帯に赴いた。


 いつからか【最高の治癒術師(ヒーラー)】や【日本の至宝】と呼ばれ始めても尚、絵里は満足しなかった。休もうとはしなかった。


 ガムシャラに必死に働いて、沢山動いて、モンスターと何度も戦って、傷をいくつも癒し続けてようやく少しは気が紛れたような気がしたから。



 ――『少年Cが見つかったかもしれない』。



 だから最初はそんな連絡にまともに取り合おうとはしなかった。嘘に決まっていると決めつけた。たとえそれが赤岩長官から直接の報告だったとしても。


 迷宮庁のトップまで上り詰めた彼が自分のことを『手元に置きたがっている』ことを噂で聞いていたことも相まって、いきなり赤岩がこんな連絡(・・・・・)をしてきたのは『適当な理由をつけて自分を日本に呼び戻そうとしているのだ』と絵里は考えていた。


 そんな絵里が赤岩の要請通り日本に戻った理由は殆どが舞のためだった。自分に付き合って海外まで来てくれた彼女に休んでもらいたかったから。


 理由はそれだけだった。


 ただそれだけ。


 他に要求したつもりは無いし、日本に戻って何かがしたかったわけじゃないし、欲しかったわけでもない。


 だから現在、木ノ本絵里は【極北戦線】もかくやの凍えるような寒さに苛まれていることだって予想外だ。


 頭上から氷山が4つも降って来ることなんて想像もしなかった。


 加えて命を狙われることは何度かあったが、命の危機に陥ったのは久しぶりだったためか。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ判断に遅れる。



「え」



 その一瞬が命取りだった。


 空が氷で埋め尽くされている。


 すぐにそれが回避不能な距離まで迫った氷塊であることに気付いた直後、自分の視界の中の景色が遅くなっている事も認識する。


 集中の極致が見せるゆっくりと時間が進む世界の中でさえ4つの氷塊のスピードは群を抜いていた。


 避けられないことを悟った絵里は決死の覚悟で『収納の小瓶(リバース・ヴァイル)』を放り投げる。


『少年』の投げる姿を思い出しながら投げた一投は狙い通り氷のベールの外。羽田のターミナルの建物の下まで届いた。


 この時、絵里の中から最後の憂いが消える。



(ああ……これで……)



 氷は迫る。


 空気を揺らしながら。


 耳朶に響く轟音を増幅させながら。



(終わり……なの? )



 絵里が心の奥底で首を傾げた刹那、目の前を何かが横切った。



(舞……さん……)



 自分を守るように背中に庇いながら両手を広げる女性の名を声にはださずに呟いた瞬間、沢山の思い出があふれた。


 この一か月。ダンジョンに潜っていた時間を含めたら3,4か月以上にもなる時間を共に過ごし、献身的に支えてくれた彼女のこと。



(何が『したいことは何もない』……だ。私は舞さんに何のお礼も言えてない)



 一つ心残りを見つけてしまえば、ダムが決壊するようにあふれ出す。


 喧嘩別れした親友のこと。以前よりもさらに距離が開いてしまった両親のこと。そして姉のこと。


 他にも探そうと思えばいくらでもあった。


 気付くのが遅すぎた。


 なぜ今なのか?


 皮肉にも絵里は死を目前にした瞬間、『あの日』からの時間で一番『生きたい』と願っていた。








「『圧縮念波』」









 だからその聞こえて来た懐かしい声(・・・・・)は最初、幻聴だと思った。



「え」


「ごめん。来るのが遅すぎた(・・・・)


「嘘」


「……久しぶりだな。木ノ本」



 しかしすぐにその考えが間違いだと知る。


 見慣れないバットを片手に構え、見ない間にますます精悍になった『少年』。


 

 ――――城本剣太郎の顔を見て。


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