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理想のヒーラー

 足元に崩れ落ちていくトカゲには目もくれない。室長は視界正面で起きていた変化に目を見開いた。



「ほおー……この短時間でよくぞ……」



 視界に入ってきたのは綺麗サッパリ片付いたE滑走路。気絶して地面に蹲っていた警察官の身体は一人も見当たらず、だだっ広い滑走路の中心には顔のよく知れた少女が1人残っていた。



「どうやってあの数の身体をここから運び出したんだい? 教えてくれよ? 【スキル】? それとも『ドロップアイテム』の類かな? 」



 心に芽生えた興味に従い、親しげに話しかける室長。



「……」



 しかし、やはりと言ったらいいのか。少女は敵対者と口を利こうとはしない。


 その整った顔を一切曇らせることなく、じっと正面の男を見つめていた。



「ふーん……敵の言うことは無視しようってわけだ? 」


「……」


「けれどこのままずっとしのげるかな? 君はわかってるのかい? 現在の状況を? 」


「……」


「【雷撃の魔女】はまだ空の上で戦っている。気づいていたかはわからないけど、あの4人には外からの視線を遮る『氷の結界』も創り出してもらっている。いくら時間を稼いでも応援はずっとやって来ない」


「……」


「だから今からしばらくはここで俺と二人っきり。つまり君を助けてくれる人は……誰もいない(・・・・・)ってわけだよ」



 最終通告と言わんばかりな室長は背中に隠した銃を突きつけた。



「さあケガしたくなかったら大人しく投降し――――」



 しかし継いで言おうとした脅し文句は……



「――――【古代神聖文字エンシェント・グラマトン】『(あつ)』」



 ……木ノ本絵里の発動した【スキル】の音声に掻き消された。



「ぐおおおおお……これは!? 」



 室長の身を襲ったのは二本の足で立てないほどの『超重量』。まるで頭の上から巨大な手で押さえつけられているかのように跪かされた。



(なんだ? あのスキルは? 【重力魔法】か? いや、恐らく違う。アレは……)



「【古代神聖文字エンシェント・グラマトン】――『()』」



 自分の身にふりかかった能力を分析しようした室長に矢継ぎ早に放たれた第二の矢が襲いかかる。



「うお!? 」



 押しつぶされそうになったところから一転。今度は吹き飛ばされ後方へ。



「【古代神聖文字エンシェント・グラマトン】『(しょう)』」


「高っ! 」



 次は空に向かって上()



「【古代神聖文字エンシェント・グラマトン】『(こう)』」


「……ぐッ!! 」



 下()



「『(かい)』」


「……! ……!」



 ()転。



「『(しょう)』」


「がはっ! 」



 そして()突。


 上下左右に振り回された室長の身体はくの字に折れ曲がることで受け身をとりつつも滑走路に強く打ち付けられた。



「…………はぁー……はぁー、はあー! 」



 背中を強打されたことによって肺の中の空気が全て弾き出されたことで室長の呼吸は一瞬の間、完全に止まる。鋭く長い痛みを残った胸部を上下させる室長の息は荒れに荒れまくっていた。


 そのように年端も行かない女子高生から、まるでラジコンのように自由自在、好き勝手に操られ、叩きのめされたのにも関わらず。彼の日焼けした顔には満面の笑みが漏れ出ていた。



「あははは! こんな隠し玉を持っていたなんて! ますます君が欲しくなった(・・・・・・)! 」


「……っ! 」



 その笑顔は決して負け惜しみではない。


 戦いを優位に進める木ノ本絵里さえも気圧させる心の底からの笑みだった。



「……【古代神聖文字エンシェント・グラマトン】! 」


「さあ、もっと! もっとだ! 出し惜しみせずに見せてくれ! 君の『性能』を! 『能力』を! 」


「『(てん)』」



 といっても室長と木ノ本絵里の戦闘はその後も一方的だった。


 意のままに身体を操る方と操られる方。


 攻撃をしかける側とひたすら耐え忍ぶ側。


 この構図は固く、依然として崩れなかった。



「喰らえ! 」



 宙に吹き飛ばされた途中、何度か狙いを付けて引き金を引くが



「【威光(オーラ)】」



 銃弾は少女の放った光の幕に阻まれる。



「【岩石魔術】『ロックバレット』! 」



 男がヤケクソ気味に放った【魔法】は



「【魔力吸収】」



 少女の体に近づいた瞬間、魔力ごと霧散した。



「驚いたよ! これほどまでとはね! 」



 本日。羽田に『組織』の最上級部隊を引き連れて乗り込んできた室長。彼は決してお飾りのリーダーではなく真の強者と言っていい実力を持っていた。


 元々備わっていた『射撃の腕』と『生来の空間把握能力への高い素養』を利用した3次元的【遠距離魔法攻撃】を得意とするホルダーの室長のレベルは現在94。[魔力][敏捷力][持久力]の3項目は数十万。日本人のホルダーとしては上から数えて100人以内には確実に入る数字である。


 だがそんな室長は赤子のように捻られた。それも……戦闘が主な仕事ではなヒーラー(・・・・)にだ。


『ヒーラー』。


 それは何らかの【回復魔法】を使えるホルダーのことを指す俗称である。特にスキルや称号でその名が言及されたことは無い。だが貴重で希少な【回復魔法】の使い手をヒーラーと呼ぶ風潮は世界全土でなぜか自然と広まった。


 ヒーラーは常に求められ、どこからも引っ張りだこ

 の存在だ。特にダンジョン探索では攻略するか、入り口から脱出するかの二種類でしか脱出することしか出来ないので【回復薬】に限りがあることを考えると、[魔力]の時間回復のペースさえ把握すれば『半永久的に怪我を治療することのできる』ヒーラーがどれほど有り難い存在かはよく分かる。


 しかしその分、ヒーラーは回復以外の仕事をやりたがらない人間が殆どだ。モンスターとの戦う術を持たないと言い換えることもできる。


 パーティーを組んでいた場合ヒーラーは最優先で守られる存在であるため、モンスターとの戦闘が殆ど起きず、戦闘用の【スキル】や【魔法】が発現しにくい傾向にあるからだ。


 しかし『最高』のヒーラーである木ノ本絵里は違う。


 レベル90台のホルダーを遠距離から一方的に嬲れるスキル。


 そして銃弾や威力の低い魔法くらいなら無傷で対処できる能力。


 戦闘に参加しつつも自分は余計な傷は追わない。


 まさに理想の『バトルヒーラー』の姿がここにあった。


 だがここに1人。



「ああ、なんてもったいないんだ」



 そんな驚異的なヒーラーを敵に回したうえで笑っている男が一人いた。



「……? 」


「惜し過ぎる。どうにかならないもんか? いやしかし……」


「……」


「まあ仕方がない。認めよう我々の実力不足を」


「……」


「だからもう諦めるよ。君を『そのまま生け捕り』にするのはね? 」


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