圧倒する奇跡
空中で鳴り響き始めた激突音と魔力が弾ける甲高い音。男女3人のレベル3桁の超越者達の超音速戦闘を見上げながら、トカゲは呟く。
「こうして最後の護衛を引きはがせたわけですが……これで用意した『時間稼ぎ役』は全て使い果たしちゃいましたね? 」
「そうだな……『本題』はここからだというのに。まずは『どこに隠れているのか』を見つけるところからだが」
「しかし現れますかね? 以前、潜入中に聞いたことがありますよ。迷宮庁の長官である赤岩が『あらゆる事象よりも自分の命を優先せよ』という命令を『彼女』に下していると」
「真偽は不明だという話だがな」
「本当なら皮肉なもんですよ。あらゆる命を救える力を持っているというのに。当の本人は死の気配がする場所からは真っ先に逃げ隠れしなければならないとは――――」
「……ッ! 待、て! よ! 」
「ん? 」
室長と二人、訳知り顔で話し合っていたトカゲ。だがその途中思いもよらぬ人物の乱入にあう。
「おやおや金堂さん。あの3人が発した魔力を生身で受けてもまーだ意識を保っていたんですか。呆れた耐久力ですね……『丸暴』出身は全員そうなんですか? 」
「アキヤマ……お前は……お前だけは……! 」
「そういう暑苦しいの苦手なんです。勘弁してくださいよ……」
「俺が……この手で……! 」
途切れ途切れに叫びながら、震える手で金堂が腰から取り出したもの。それはトカゲの予想と全く違わない黒光りした物体だった。
「あんたら警察はすぐ銃に頼りますね……パターンってものがないんですか? 」
「ハッハッ。随分と恨まれたなトカゲ。仲間想いの良い上司じゃないか」
「勘弁してくださいよ。彼と安芸山は正確には部署が微妙に違います。俺が認める上司は室長ただ一人だけですって」
しかし二人は銃口を向けられてなお避けるどころか、そちらに目を向けようとすらもしない。
一切あわてることなく立ち、落ち着き払っていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ!! 」
そんな彼らの『余裕の正体』は
「さあ出番だぞ。組織の【最終兵器】たち――――歌え」
登場から今まで一言たりとも喋らずに『とある地点』まで移動していた4人が
『ア――――――――――――――――――――』
所定の位置に到着したことにあった。
「あ、あ? お、え……あ……――――」
拳銃の引き金に手をかけた金堂の耳に入ってきたのは数十年の人生で一度も聞いたことがないメロディーの女声合唱。E滑走路の4方向から聞こえる鼓膜を揺らす4つの音には不可思議な波動を持った4種類の魔力がこめられ、元刑事の身体から『気力』と『闘志』と『思考力』を一瞬で奪い去った。
「あ! ……が! 」
「よく効くでしょう? 彼女らの『滅びの歌』は。今は立ちあがることすらできませんよね? 」
「っ、あ……! ……、……! 」
うずくまったままのたうち回る金堂はパニック状態に陥っている。短く悲鳴を上げながら頭に反響する声から逃れようと、身体をねじり、転がり何度も頭を打ち付けるが音は耳から離れない。
その無様な様子を見てトカゲは口元にますます深い弧を描いた。
「最初は無能で殺す価値すらない警察官の命だけは取るつもりはなかったんですよ? え? 羽田に元々いた戻ってこない【管制官】はどうなったのかって? もちろん跡形もなく消し去りました。彼らは警察組織とは違って我々が『放置してあげる』意味はありませんでしたから。しかしですね……金堂さん。貴方だけは訳が違うんですよ」
「ぅ……ぁ……? 」
「無能の中で貴方はほんの少しだけ『勘』が効き過ぎた。鋭すぎた。今後ホルダーになった暁には我々の障害になりうる『可能性』を秘めていた。喜んでいいですよ金堂さん。未だに『持たざる者』であり、チャンネルすら合っていないにもかかわらず組織の脅威として見なされたのは貴方が始めてです! 」
「ぁ、ぁ……ぃあ……! ぁ! 」
トカゲが金堂に笑いかけている間も、歌声はますます大きく強く響いていく。まるで音だけで男一人を呪い殺そうとしているが如く。金堂のうめき声は歌声と反比例するように次第に小さく、か細くなっていった。
どんどんと土気色に変貌していった元刑事の顔を見て、トカゲは心のなかで一言『さようなら』と呟いた……その時。
「【全状態異常回復魔法】」
聖なる巨大な[魔力]の波動が『歌声』を一秒と経たずに塗りつぶした。
「……」
「……」
ほんの一瞬だけ時が止まったような静寂の時間が流れる。
トカゲと室長の息も。
金堂の苦し気な声も。
四方から届く4人の女たちの歌も。
風の音も。
波のさざめきも。
全てが止まる。
計画の全貌はトカゲが立案していたはずだった。
室長はその計画を正確に把握していたはずだった。
だからこそ2人は木ノ本絵里の人格や行動原理をある程度分析した上で、丁度よく目に付いた金堂を『死の寸前』まで痛めつけた。
そうすれば迷宮庁全体から自分の命を優先するように強く言い含められた『彼女』が現れると想定し、おびき出そうとしていた。
それなのに。だというのに。全て予想通りで、結果はわかっていたというのに。
男二人は見とれて、圧倒されて動けなくなった。
死んだように眠る金堂の傍らに現れた少女。
【日本の至宝】木ノ本絵里が癒しの力を使う姿を一目見るだけで。




