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戦闘開始

 室長と呼ばれる男はその時、素直に感嘆していた。


 瞬く間に眼の前に現れた女の神速に。


 耳を塞いでも鼓膜を揺らす轟音に。


 目を瞑っても網膜に突き刺さる閃光に。


 そして何よりも……



「いってぇなァ!? オイ! 」


「……ッ!! これほどとは! 」



 ……組織の最上級部隊の両腕を一瞬で消し炭(・・・)にしたその『火力』に。



「「【自動回復】『超再生』! 」」



 迫る稲妻から室長を守るように立った男二人の身体は【自動回復】の『技』を用いても瞬間的な回復は望めないほどに細胞の核単位で破壊し尽くされていたのだ。




「木ノ本絵里を常に傍らで護衛している【雷撃魔術】の使い手……君が噂の【雷撃の魔女】。名前はたしか……唐本舞(・・・)だったかな? 」


「……」



 小首をかしげる室長に【魔女】は何も応えない。全身に隙なく[魔力]を行き渡らせ油断なく構える様子は、見ているだけで感電しそうなプレッシャーを放っていた。



「やーっと治ったぜ……なあ、室長。この女は俺がヤッちまっていいんだよなァ? 」



 片やスキルで傷を治していた二人の男の若い方……漆黒のミリタリーコートを羽織った新澤凜都(にいざわりんと)は殺気の篭った凄絶な表情を浮かべる。


 室長も今度ばかりは新澤をぞんざいに扱うことなく快く応じた。



「ああ。構わない。好きなようにしてもらっていい」


「よっしゃァっ! 」


「だけど住友(すみとも)と二人で戦うこと。それが条件だ」


「はァー!? この『陰険眼鏡』とぉ!? 」



 ご機嫌だった新澤の表情を一瞬で歪ませた室長の命には、傷をスキルで治していた男の歳上の方……住友瑛太(すみともえいた)もフレームの細いメガネを持ち上げて難色を示す。



「室長……再考してください。この『粗野で、頭の出来が悪い大学生』が近くにいては戦いに集中なんて出来ません」


「んだとォ!? 」


「仲間割れは大いに構わないんだけどさ。ちゃんと仕事はしてくれよ? 」



 このように仲がとてつもなく悪かった新澤と住友。同じ最上級部隊の一員であるというのに所構わず、常にいがみ合う様は上司の呆れる声すらも耳に入らないようだった。


 そんな隙を元は公安(・・)の職員であった【雷撃の魔女】が見逃す訳がない。



「『跋折羅光陰(ヴァジュラズ・レイ)』! 」



 回避不可能な速度とタイミングをもってして再び放たれた雷鎚。高電圧で空気を焼き焦がしながら、小競り合いする二人の元へと突き刺さろうとした。



「そう何度も同じ手を食らうかよ! 」


「『その技』の特性は既に見ました。今後の対処は99%の精度で可能ですよ」



 だがしかし、男二人も負けていない。一直線に突き進んでくる防御不能の雷槍をそれぞれ『独自の方法』で弾き返すと、手に持った『盾』と『本』を誇示して見せた。


 睨み合う女一人と男二人。


 ほんの一瞬だけ続いた無言の膠着状態。


 そのようにして生まれた沈黙の間を破ったのは……



目的は(・・・)? 」



 ……意外にも魔女の方だった。



「あァ!? なんつった、女ァ!? 」


「目的は何か? ……と聞かれた気がしましたが? 」



 けれども女の口から出たのは、主語も術後も無く簡素にたった一言だけ。侮られていると考えた短気な新澤と住友は青筋を額に立てながら詰問した。


 他方、冷静であり続けていた室長は興奮する部下二人を片手で制すと、人好きのする朗らかな表情に反した『悍ましい計画』の一端を口にし始める。



「嘘偽りなくお教えしよう。木ノ本絵里の身柄の確保。拉致と監禁。研究や人体実験。場合によっては『命を頂く』ことなることにかもしれない」


「……」


「これが我々の目的だ。聞けて満足か? 」



 室長が最後に問を返すまでずっと足元をみて俯いていた魔女は顔をさげたまま、大きなため息をついた。



「そう……」



 女は冷静だった。


 静かだった。


 上ずらず、声の調子が一定だった。


 感情を一切動かさないようにしているようだった。



「なら……仕方がない」



 だが魔女の身に流れる莫大な魔力の苛烈なまでの隆起は彼女の本心を雄弁に表している。



「全員ここで……死ね(・・)



 怒り。


 混ざりっ気の無い純粋な激怒。


 敵と認定した者にのみ向ける静かな殺意。


 雷神の如く、『雷を落とした』魔女の迫力に戦闘狂のきらいがある新澤も、感情の力という概念を信じない住友のどちらとも。


 ほんの一瞬だけ恐れ、慄き、怯んだ(・・・)



「……ッ! 上等だ! そのセリフそっくりそのまま返してやる! 」


「……我々の実力をたっぷりとアナタに分からせないといけない様ですねぇ」



 しかしすぐに気炎を吐きだす。


 彼ら二人も【魔女】と同じように、『組織』の中では実力が裏打ちされた頂点に近い一握りのホルダーなのだから。



「【雷撃魔術】――『迅雷怒涛』」


「【矛盾創起(むじゅんそうき)】――『藁の盾』ッ! 」


「【真理読本(アカシックレコード)】――『急襲体制(アサルトモード)』ォ! 」



 3つの巨大な魔力は音速を超えた速さで衝突する。


 3人の『レベル3桁』の激突によって発生した衝撃波は政府専用機を吹き飛ばし、滑走路に巨大なクレーターをつくりだし、状況を把握しきれなかった警察官たちの意識をいともたやすく奪い去った。



「全て……予定通りだ。さあ後は剣太郎。お前が来るだけだぜ? 」



 このようにして、羽田空港攻防戦の最終局面はスタートした。


 この場でただ一人。


 複雑に絡んだ全ての状況を把握する『室長』だけが笑みを浮かべていた。健康的な日焼けした笑みを。



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