裏切り
遡ること1時間前。
マサヒラと蕪木がモンスターの軍勢と接敵寸前の頃。
E滑走路にて。
「迎えはまだ来ないんですかね? 」
「まあ気長に待とうぜ。管制官サマもまだ帰って来てないみたいだしよ」
金堂と山元等、警察官はひたすら持ち場で待機をさせられていた。人形たちとの戦いの途中、姿を消した護送役の管制官が未だに現れないからである。
管制官と警察官。現在の日本の治安を守る2つの組織は水と油と言ってもいいほどに仲が悪い。管制官が警察を一方的に待たされているこの状況では不平や不満が飛び交ってもおかくしはなかったはずだ。
それでも警察官たちが海風吹きすさぶ滑走路の上で大人しく待機を受け入れているのは彼らと同じくこの場で迎えを待つことになった彼女等の人徳によるものが大きかった。
【日本の至宝】木ノ本絵里とその護衛の【雷撃の魔女】。政府専用機から降り立ち警察官たちの命を文字通り救った二人が現況に不平不満を漏らすことが無かったため、金堂たちもそれに倣った形だ。
「いや……でも待たせすぎじゃないですか? 」
「山元。そうカリカリすんなって。あの子らを見ろ。苛つきもせず、焦りもせず。ああやって落ち着きを保ってるじゃねーか」
二人にすっかり魅了されて、『怒りの感情を失った』と言い換える事も出来そうだったが。
木ノ本絵里とその護衛をグルリと囲んで強面に笑顔を浮かばせる警察官の一団と同じように表情筋を緩ませる相棒の姿を見て山元は大きなため息を吐く。
「金堂さん。情けないっすよ。いくら命を助けられたからと言って護衛対象の若い女の子にデレデレするアンタは見たくありませんでした」
「ふんっ……うるせぇよ。俺の勝手だろ、そんなの」
対する金堂は何が悪いと言わんばかりに開き直って見せた。
「いやぁでも驚きだな」
「なんだ? 」
「あの泣く子も黙る金堂さんがアイドルにハマるなんて」
「は!? アイドル!? い、いや! ちげーだろ! 」
「いや木ノ本絵里の扱われ方は半分アイドルみたいなもんでしょ」
「俺はアイドルなんて……興味ねーよ! 」
「案外そう言ってた人ほどドハマリしちゃうもんなんですよねー」
「山元……テメェ……」
窮地に追い込まれた金堂を助けたのは
「なかなか面白い話してるな。混ぜてくれよ」
そんな『第三者』の笑い声だった。
「安芸山先輩! 生きてたんすね!! 」
「いや。SATの連中に脳天に風穴開けられたみたいなんだがな……どうやら生き返ったらしい」
「へぇー! でも傷跡全くないですね! 」
「そこは『最高のヒーラー』の為せる業ってことだな。この治療が無料で受けられるなんて一生分の運を使い果たした気がするけど」
苦笑いしながら頭をかく安芸山の視線はこちらをじっと見つめる金堂の顔に注がれていた。
「金堂さん。どうしました? まだ俺の顔に傷でも残ってます? 」
「……」
「金堂さん? 」
安芸山と山元の二人は交互にといかけた。元丸棒の刑事はなぜ急に押し黙ったのかを。
そのまま暫く無言だった金堂が重い口を開けて放った言葉は――
「お前本当に安芸山本人か? 」
――その場の空気を一瞬で凍りつかせた。
「金堂さん!? 先輩にな、何を……? 」
「顔も同じ。声も同じ。利き手も同じ。話す早さも同じ。仕草も同じ。だが妙に違和感があんだよ今のお前には。まるで良く出来た造り物を見てるみてーだ」
「そ、そんな理由で……」
絶句する山元の言葉を継いだのは金堂に疑いをかけられた張本人。見る者をゾッとさせる凄絶な笑みを浮かべながら安芸山は首を傾げた。
「つまりは『刑事の勘』って奴ですか? 」
「元はつくけどな」
安芸山の威圧感のある問かけに一歩も引かずに首肯する金堂。相棒と先輩の間に挟まれてしまった山元は戦々恐々としていた。
痛いほどの沈黙の時間は長く続く。木ノ本絵里を囲う集団。タラップバスの上で寝転ぶ者。あくびをする見張り役。穏やかな弛緩した空気が漂うE滑走路の中でこの一区画だけが張り詰めている。
傍で黙って見ることしか出来ない山元にはホルダーでもないはずの両者の睨み合いで空気の温度がどんどんと冷えていく気さえしていた。
「!? 」
ずっと続くようにすら思えた静寂はしかし、意外な形で破られた。
「今、『凄い音』がしましたよ、金堂さん! 地割れしたみたいな音が! 」
山元が視線を向ける音の発生源。ターミナル脇のE滑走路とは別の滑走路からは、彼の言ったことを裏付けるように土煙が上がっている。
さすがの金堂も安芸山から視線を切って相棒を注視した。
「羽田で……地割れ? 揺れたか? 」
「僕は感じませんでしたけど、金堂さんの方は? 」
「全くだ……何も感じなかった」
「幻聴ってやつですかね? 」
「いくら疲れてるとはいえさすがにそれはねぇだろ」
「何事もなければいいんですけど……」
「また襲撃者か? 冗談じゃねぇぞ! 」
バディの二人は早口で話し合っていた。お互いの心に生まれた不安を紛らわすように。異変から目を背けるように。
他方で脇目も振らずに路面を触る安芸山。熱心に何かを探す彼は懐から『ある物』を取り出しながら脇にいる元刑事に声をかける。
低く、
小さく、
囁くような声で。
「金堂さん。知ってますか? 超長距離をホルダーが瞬時に移動する際に使われる主だった3つの手段を」
「え? 」
あの対組織犯罪の『鬼の金堂』がらしくない気の抜けた声を上げるほどにその質問は脈絡もなく唐突だった。
安芸山の方は会話の受け手が聞く準備を整える時間を待つことなく何らかの作業を行いながら、等々と知識をひけらかしはじめる。
「一つ目は鍛え上げた[敏捷力]で強引に走破する方法です。まあこんなことが可能なのはほんの一部のランカーくらいなもんですがね」
「せ、先輩? 急に何を? 」
尊敬する先輩の急なホルダー解説にさすがの山元も困惑を隠せなかった。だが安芸山の口は止まらない。地面に何かを書く手も忙しなく動いている。
「二つ目は『瞬間移動』が可能な【スキル】や【魔法】の使用です。【疾走】【空間操作】【転送魔法】【ワープゲート】がその代表例ですね。まあこれもホルダーなら誰でも可能な方法ではないですね」
「……! 」
その時、金堂の全身を圧倒的な悪寒が駆け巡った。
「最後の一つは最も一般的な方策です。あまり知られては無いですが場合によっては『ノンホルダー』であっても手引が可能……」
「山元! ソイツを止めろ! 」
元刑事の直感に従い、腰から抜いた拳銃を安芸山の背中に向けながら相棒への指示を叫ぶ。
だが
「このような……『ドロップアイテム』を使う方法です」
全てが遅かった。




