騎士団長の事情
顔だけを覆い隠した人物と真夜中に対面しているという明らかに異様な状況の中で、異世界から来た少女はどもりつつも俺に頭を下げてきた。
「す、すみません……取り乱してしまって……」
まるで今日の昼間の焼き直し。初対面の時にしたようなことを言う騎士団長。だけど彼女の口調は前とは全く違う。まるっきり別人がしゃべってるみたいだ。
流石に突っ込まざるを得ない。俺は慎重に口を開く。
「一体どういうことなんだ? 」
「ど、どういうって言うのは……わ、私の性別のことですか? せ、性格のことですか? それとも私のな、名前のこと……ですか? 」
おどおどとした口調で逆に質問してくる騎士団長。しばらく間をおいて考えた後に俺は応えた。
「うーん……じゃあ全部で。あーそれと俺はアンタが本当は『リューノ』って名前じゃないことをもう知ってる」
すると騎士はビクリと背中をはねさせた。
「いつ……わかったんですか……? 」
「さっきだ。アンタが俺にステータスを見せてくれた時、目に入っちゃったんだ。本当の名前が」
素直に答えると反応は露骨だった。一瞬天を仰いだかと思うと、すぐに首が折れてしまいそうなほどうなだれる。しまいには兜越しに顔を両手で覆い、顔を伏せてしまった。
「私って……本当に……詰めが甘い……」
「あーでも、さっきのは本当に事故だと思うぞ? 見えたのもたまたまだし」
「私って本来こういう感じなんです。引っ込み思案で、ドジで、緊張しいで。両親も私のことは諦めていて……子供のころは本当に泣いてばっかりでした」
そんな俺のフォローをものともせず異世界から来た騎士は流れるように"彼女の事情"を吐露した。恐らくは誰かに言うつもりの無かった心の内を。
「でもそんな時にいつも助けてくれて、励ましてくれたんです。リューノ兄さんだけは……」
目を見開く。
リューノ? ここでその名前が出てくるのか。
「そうかリューノっていうのは兄貴の名前だったんだな」
「リューノ兄さんは私と違って完璧で、強くて、社交的ですぐに誰とでも仲良くなれて、父と母の期待にも応えて……そしてこんな不出来な私『泣き虫リューカ』にも優しくしてくれたんです。妹だから仕方なく……表面上かもしれませんが……」
騎士団長改め――リューカが兄のことを語る口ぶりは幸せそうだった。顔が見えなくても今の彼女の表情は手に取るように分かった。
しかし直後から、リューカの顔は徐々に曇り始めていた。
「で、でもあの日、に、兄さんは『迷宮』に、の……飲み込まれてしまいました。わ、私をかばって」
「飲み込まれたって……さっき言ってた『突発型』のことか? 」
リューカによると。『迷宮』には大きく2種類あるという。
『常在型』と『突発型』だ。
『常在型迷宮』はあまりにも大昔に出来て未だ攻略されてないか、攻略されて消えても何度も何度もまた同じ場所に同じものが出現する『迷宮』のことを言う。
対して『突発型迷宮』は世界のある場所にある範囲の空間を巻き込んでいきなり出現する迷宮のことを指す。『突発型』の恐ろしいところは迷宮の中にいきなり取り込まれるだけでなく、取り込まれた者は世界のどこかの迷宮に飛ばされることがあるということ。
「もしかして……今も見つかってないのか? 兄貴は」
「…………はい。父は慌てました。兄さんは家督を継ぎ、騎士団の長になる予定でしたから……。それが急にできないとなるとラインハルト家の貴族社会での立場はおしまいです。だから私は求められました。この『鎧を付けている間以外は兄のフリをする』ことを……」
「だから……名前も、性別も、偽る必要があった」
「でもダメでした。私はうまくやれませんでした……。初めて入った『迷宮』でもダメダメでしたし、功を焦って入った『迷路の迷宮』では取り返しのつかない失敗をしました……。皆思ってるでしょうね。私じゃなくて兄さんがいればって。"こんなところ"を兄さんに見られたら私を助けたこときっと後悔します……」
そこまでで言い切ると座り込んでいたリューカは立ち上がる。被っていた兜に手をかけてあっさり取りながら。
「まあ、こんな感じ。ゴメンね? ケンタロー。ボクの身の上話を長長聞いてもらっちゃってさ。でもお陰でちょっとスッキリしたよ! ありがとう! 」
そう言ってリューノ、いやリューカはスッキリしたような表情で礼を言って、そのままさっさと家に戻っていってしまった。一言も発せられない俺を置いていって。
「……」
彼女が無理をしていることはもう十二分に明らかだ。いや、でも俺に何が言えるっていうんだ? 事情があまりにも深刻すぎる……。今まで平和にそれほどの苦労もなく暮らしてきた俺がどんな言葉を……? そのまましばらく考えた。リューカの言葉を頭の中で思い出して。
あ。
だけど、一つあったな。
俺はリューカがした発言に対してたった一つだけは自信をもって断言できる。それは絶対に違うと。
次の日の朝、俺たちは下山トンネルの中で新たな『開』の文字を見つけた。身体の調子は二人とも万全だ。すぐに行動に移す。
そして今、文字の目の前で思い思いに武装して二人並んで立っている。
「さっきも言った通り俺の感覚ではここに繋がる『迷宮』はランダムだ。どんなレベル帯のが来るかは俺にも分からない。それでもいいんだよな? 」
「うん、もちろん。だってここ以外じゃ元の世界には帰れる手段は無さそうでしょ? なら行くしかないよ。大丈夫。絶対なんとななる」
恐らくは兄貴ならそう言うのだろう。自信たっぷりなその宣言に俺は最後の言葉を投げかけた。
「少なくともこっちの世界にはモンスターが出るのはこのトンネルしかない……。安全だ。もしいたいっていうんだったら……もっとこっちの世界にいてもいいんだぞ? 」
「その言葉はうれしいけど、それだとケンタローに迷惑がかかり過ぎだよ。それにボクはあっちに帰ってやらなくちゃいけないことがあるんだ……」
こちらには目もくれず目の前の文字を見るリューカ。昨日の夜から心の距離が離れたことを実感する。まあ気にしてもしょうがない。たった一日一緒に過ごしただけの仲なんだ。それに俺達は文字通り『住む世界』すらも違うのだから。
「分かった。じゃあ行くぞ……」
合図とともに文字に右手を伸ばす。リューカは同時に鎧兜を被った。世界はねじ曲がり出して、視界に映る景色は一瞬で塗り替わっていった。




