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遅れてやって来た声

「おらァ! 」


「キシャアァァァア! 」


「ふんっ! 」


「グギャギャァァ! 」



 絶え間なく木霊する怪物の断末魔。広い広い滑走路の至るところでモンスターの死を象徴する黒い煙が吹き荒れている。



「はぁ……はぁ……【刀剣術】……『大烈斬(だいれつざん)』! 」


「……【地獄門(ヘルズゲート)】! 」



 その中心にいるのはもちろん江野田マサヒラと蕪木礼一の両名だ。こうしてモンスターの大軍と彼らの戦闘が始まってから既に1時間を大きく上回る時間が経過している。肩で息をする二人の身体は傷が付いていない箇所が見当たらないほどにボロボロだった。



「おじさんたち中々粘るねぇ? 」



 そんな様を飛行系モンスターの背中の上から見下ろすのは小学生高学年くらいに見える一人の少年。一回りも二回りも上の年長者たちの奮闘を嘲笑いながら、小さな指を指揮者の様に振るって怪物の軍勢を操り隙間なく攻撃を仕掛けるづけていた。



「……クッソォ! 言われっぱなしだぜ! 」


「口より……手を動かせ……! 」



 頭上から降ってくる嘲りに不満を示すマサヒラを蕪木は一喝する。だが直後、身体に限界が来たように膝から崩れ落ちた。



「蕪木! 」



 そして限界が来たのは



「うっ! 」



 六大クランのリーダーだけでは無い。


 何千体ものモンスターを撫で斬りにしてきたサムライも疲労と急制動によって降りかかる全身の負担に耐えかねてつんのめってしまった。



(やはり……足りないのは[持久力]か……! )


(チクショゥ! 動けよ! 足! 動けってんだ! )



 神経を使う『人形』の無力化を数千人分やってのけ、モンスターの大軍に突っ込まれてから実に90分以上戦い続けた結果……。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


「…………」



 ……二人の身体はとっくの昔に『閾値』を超えていた。


 いつ倒れても、いつ気力の琴線が途切れてもおかしくなかったのだ。



「さすがにもう立ち上がれないかな? 」



 極限状態のその『向こう側』に到達した二人には、目の前に降り立った『人形使い』に襲いかかる力も抗戦する力も無い。



「じゃあ、終わらせようか」



 少年が指を鳴らしモンスターをこちらに向かって前進させている間、侍たちは見ることしか出来ない。


 レベル1からレベル99まで。幅広い実力帯を持つ怪物たちの足音は倒れ伏す二人に明確な『死の予感』を認識させた。



(まさか……最後に見るモンスターがレベル1のブラッドハウンドなんてな……)



 目の前に現れた頭が4つに割れた野犬の群れを見て、マサヒラは自嘲する。自らの不甲斐なさ、実力不足、そして力になると約束した剣太郎のことを殆んど助けられなかったことへの後悔に耐えかねて。



「二人は本当に頑張ったよ。お疲れ様。割りと楽しかったよ? 」


(クソっ! こんなところで……! )


「本当に楽しかったからさ……今度は僕が(・・)その身体を使ってあげるよ! 」


(こんな末路……! )


「こんなこと言いたか無いけどさあ。もしかしたら僕のほうが上手く使ってあげられるかもしれないね? 」


(スマン! 剣太郎! )



 侍が目を強く瞑った瞬間。



 GCAのリーダーが最後の力を振り絞り【スキル】を発動しようとした瞬間。



 人形使いが片手に魔力の針を顕現させ、目の前の男の真っ赤な頭の中心へ突き刺そうとした瞬間。



 ――どこからか。『何か(・・)』が破裂する音がした。


 一瞬の静寂の後、最初に反応したのは



「……ッ!! ガントの奴(・・・・・)……! しくじりやがった! 」



『針』を片手に構えた少年だった。



「いけ! お前ら! 一秒でもいいから足止めしろ! 」



 啞然とする大人二人には目もくれず即座に音のする方……羽田のターミナルに向かってモンスターを差し向ける『人形使い』の表情にはさきほどまではあった余裕が一切ない。


 命令を発する唇はたわみ、


 怪物たちを指揮する指先は小刻みに震え、


 見開かれた目にははっきりと『畏れ』の感情が宿っていた。


――まるで『封印されていた邪神』が解き放たれたのを察知したかのように。



「一週間は余裕なんてほざきやがって……クソ! これじゃあプランが目茶苦茶だ! 」



 そんな戦々恐々とする少年の隙をつき、背後に回ったものがいた。



「ッ! 離れろよ! 赤いの! 」



 必死に滑走路を這いずっていたマサヒラだった。



「今だ! 俺ごとやれぇ! 蕪木ィィィ! 」



 捨て身の覚悟で人形使いを羽交い締めにした侍に対し



「【餓鬼門(スターブゲート)】オォォッ! 」



 蕪木も生命力すらも削った【スキル】の発動で応える。



「いけぇえええ! 」



 餓鬼が散りばめられた門は少年が拘束を解く前に無事展開された。



「後は……頼むぞ! 」



 蕪木のレベル以下のホルダーなら問答無用で昏倒させられる絵図はマサヒラの意識を一秒も経たずに奪い去る。


 だが……



「こんな子供だましが効くわけねぇだろ! 僕のレベルは120あるんだぞ! 」



 ……『人形使い』にはそうもいかなかった。



(……最後の悪足掻きではここが……限界か……)


「気が変わった……お前等は殺す。何度も殺す。絶対に殺す。グチャグチャにして殺す。土下座されたって、泣き喚こうたって許さない。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! 」



 壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す少年は間違いなく怒り狂っていた。


 思い通りにいかない現実に。


 何度心を折ろうとしても折れない大人たちに。


 大口を叩いておいて無惨に敗走する無能な味方に。


『組織』の最上級部隊にいながら『足止め役』しか任せられない自分自身に。


 足元に倒れ伏す侍を蹴り上げると、人形使いは最初の目標を蕪木に設定した。



「まずは……お前からだ」



 殺人鬼の常套句を口にしながら一歩また一歩と近づいてくる少年を無視して蕪木は天を仰いだ。自らの天命を悟ったように。



(城本剣太郎……そして江野田マサヒラ。君たちに俺は入れ込みすぎたか? 君たちの青い正義感に柄にもなく看過されたのか? )



 視界の端にはこちらにゆっくりと向かってくる少年の姿をした死神が映っている。片手には蠢く糸と針の集合させた殺意を顕現させていた。



(思えば激動の半年だった。ここまでよく大きく転ばずに走り抜けられたもんだ。最後に特大のミスをしてはしまったが……不思議と後悔はないな)



 そして蕪木は、


 立ち上げたクランを六大クランにまで押し上げた男は、


 目を閉じた。




「【棍棒術】『乱打』」



 数千以上(・・・・)のモンスターが同時に死亡した時に発生する『黒煙の爆風』を肌で感じ


 どこかで聞き覚えのある(・・・・・・・)少年から青年になろうとしている、随分と遅れてやって来た声を耳にしながら。


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