イカレた選択
声の主が言うラビリンス。恐らくは【スキル】か【魔法】の名前に違いない。
最初は時間や空間に作用したダンジョンのような別世界を作り出しループさせる能力だと思っていた。だがどうやら違うらしく俺がこのループにハマっている間に俺以外の世界は正常な時の流れに沿っているらしい。
俺以外……果たして本当にそうだろうか?
「ターゲット接近! 距離…………――――50!? 」
「懸賞金10億! 生け捕りなら20億だぁ! 」
「弾丸の出し惜しみはいらん! 殺す気で行け! 」
ほら、居るじゃねーか。
俺の他にも。
この瞬間が繰り返されていることも知らずに律儀に何度も俺を攻撃する【迷宮開放軍】達が。奴らも俺と同じようにこの世界の中に取り込まれてしまったのだろうか?
いや……違う。
なら認識できるはずだ。さすがに違和感に気づくはずだ。何度も何度も同じ行動は取らないはずだ。何度も、何度も一言も違わないセリフを……。
「あ」
『? 』
そうだ。おかしいんだ。
俺は今、一歩も動いてない。それなのに『ターゲットが接近』したという言い回しは絶対におかしい。
固定されたセリフしか言えず、何度も繰り返す様子はまさに……
『どうしたんです? 今も刻一刻と時間は過ぎているのですよ? 』
……ああ。もう一人だけいた。
この繰り返される時間に俺と一緒に閉じ込められた奴が。
『黙ったって状況は改善しませんよ? さあさあ。もっと足掻いてください』
さらに、『そいつ』はテロリストとは違って会話をすることだって出来る。
そう俺の頭の中だけに響く『声』だけは!
俺の頭の中……。
頭の中……。
俺の頭……。
「まさか……そうなのか? 」
『おい』
時間の流れがおかしいのは俺だけ。
正確には俺の身体だけ。
俺の体の内部だけ。
だから持っているだけのスマートフォンは正常な時間を刻めるんだ。
「はぁ……」
『何を考えている? 』
ならなぜ『声』は届く?
なぜ俺は奴に『声』を届かせられる?
この空間の影響を受けない外から、果たして俺に声を届けられるのか?
「【念動魔術】――――」
『よせ……やめろ……』
……届けられないはずだ。届かないはずだ。届いてもまともな会話にはならないはずだ。2時間という長大な時間が外と中ではズレてしまっているのだから!
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 』
「――――『ショックウェーブ』!! 」
世界そのものでもない。
この【スキル】でもない。
ましてやそこらにいるテロリストでもない。
俺が本当に攻撃すべきだったのは……
破壊すべきだったのは……
自分自身。
それも頭の中。
「ぐあああ!! 」
「ぎゃあああああああああああああ!! 」
痛い。
痛すぎる。
人生で感じたどんな頭痛を遥かに凌駕する痛み。
頭の中が心臓になってしまったようにドクドク脈打ってるし、顔に付いた穴という穴から血が吹き出している感覚だってある。
死んだとさえ思った。
この【スキル】が無かったことを考えると本当にゾッとする。
「【自動回復】」
真っ赤に染まった視界の正常化には5秒……いや1秒もあればいい。
周りを見渡すとそこには見慣れた147番ゲート付近の景色。
そして目の前にはテロリスト……ではなく一人の見慣れない血塗れの男が立っている。
名はイル・ガント。Lv.98。【幻惑魔術】と【体内侵入】スキルの使い手だ。
『【幻惑魔法】:触れている対象の五感全てに作用し、現実と見分けがつかない幻を見せる』
『【体内侵入】:スキルの使用者は任意の人間の体内に入り込むことが出来る。ただしスキルの使用中は全ての攻撃行動ができなくなる』
考えれば考えるほどに恐ろしい組み合わせだ。
攻撃ではない幻を、体内から直接触れることで見させるなんて。
「テメェェエ……イカレてんのか!? 自分の頭を吹き飛ばす奴があるか!! 」
全身を複雑骨折した様子のイル・ガントは血反吐を吐きながら絶叫した。
俺はまだ本調子じゃない脳神経を回復しながら務めて冷静な声を出す。
「仕方ないだろ? 俺の頭の中に入って、『幻覚』を見せてくるアンタを倒すにはコレしか方法が無かったんだ」
つまりだ。
テロリストも。
時間が巻き戻ったように見えたのも。
破壊した建物が全て元通りに直ったのも。
すべてコイツが見せた幻。
時間や空間を操作する魔法なんてものは最初からない。
ラビリンスなんてものはまやかしだ。
ループから脱出しようと激しく抵抗していた俺も実際はこうして2時間以上ここに立ち続けていただけなんだ。
「……!! クソォ! クソがァ!! 」
「……ッ!? 」
まさに脱兎の如く。
捨て台詞を吐く幻惑魔法の使い手は、一瞬で足止めから逃走に切り替えた。
「逃がすか! 」
唐突に開始された第2ラウンドの『鬼ごっこ』はこのようにして始まった。
全身の骨を砕かれたイル・ガントと脳髄を【念力】で吹き飛ばした俺。
この瞬間の2人の走力は互角だった。
一方は脳をぶっ壊したせいで魔力が上手く運用できない。
一方は血まみれでボロボロの上半身に比して軽傷な足回りを生かしている。加えてイル・ガントはかなりの割合で[敏捷力]に経験値を振っている。
「はぁ……はぁ……はぁ! 」
だが[持久力]はそれほど高く振ってないのが見て取れる。俺に【自動回復】がある限り俺が追い付くのは時間の問題のはずだ。
「もうすぐだ……! あと少し逃げきれれば……! 」
なんだ? 何かを狙っている?
「時間はしっかり稼いだんだ! 後は頼んだぞ! 」
全身から血を噴き出しているのに。加速度的に俺との距離が狭まっているのに。なぜか。【幻惑魔法】の使い手の表情は明るかった。
「あ」
疑問を抱いた直後、俺はある二つの事実に気付く。
前を走るイル・ガントの耳が常人ではありえないほどに尖っていること。
そしてコイツの走るルートが蕪木に教えられたE滑走路に続いた道であるということ。
「まさか……」
もう何もかも遅かった……ってことなのか?
俺は出遅れ過ぎてしまったってことなのか?
「……」
隙と言うほど大げさなものじゃないが、この一瞬ほんの少し雑念が混じる。
「来てくれたか! 『人形使い』! 」
瞬きを一回。
それだけの合間に俺の視界は悍ましい数のモンスターに埋め尽くされていた。




