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持つ者と持たざる者

 時は少しだけ遡る。


 剣太郎たち3人が丁度、『人形の軍勢』と接敵していた頃。



「キリがねぇぞ! どうなってやがんだ! 」


「金堂さん! 残りは!? 」


「丁度……今……弾倉一つ! 」



 羽田空港の滑走路では激しい銃撃戦(・・・)が繰り広げられていた。



「山元! 味方は何人残っている!? 」


「わかりません! 」


「無線はまだ繋がらないか!? 」


電波妨害(ジャミング)されてます! 応援を呼ぶのは無理です! 」



 AからDまでのアルファベットを冠した4本の滑走路が存在する羽田空港の中で警察官達がいる場所はそのどれにも該当しない。


 存在するはずのない5本目の滑走路の名は『E滑走路』。公に運用されるようになる10年後に先立って、この大空間は国同士の秘密裏に行われる取引で用いられてきた。


 例えば他国官房長官の非公開訪日の中継地点に。


 例えば衝突しかけた大国同士の緊急会合場所に。



 そして『日本の至宝』を乗せた政府専用機の着陸予定場所にも。



 けれども。


 この日本で行われた極秘事項の数々を隠匿してきた国の重要拠点でさえも、羽田空港全体を襲った脅威からは逃れることは出来なかった。


 今現在この時刻、E滑走路は『戦場』だった。


 それも……



「あぶねぇ! 」


「え? うわぁ! 」


「バカ! 不用意に顔を出すな! 相手は特殊急襲部隊(S A T)だぞ!? 」



 ……警察同士(・・・・・)の戦いの。


 相棒でもある金堂と山元の二人はそんな修羅場で生き残るため、乗り捨てられたタラップバスの影にかくれながら周囲を伺っていたのだった。



「す、すみません! 金堂さん……」


「チッ! もういい。謝られたところで状況が好転するわけじゃねぇ」


「は、はい」


「これでよく分かっただろ? 奴らは操られているが射撃の腕は全く落ちてねぇ。分かったなら反省はしろ。だが引きずるな」


「はい……」


「それに……お前が『向こう側』についちまったほうがあっちの指揮系統がかき乱されて返っていいかもな! 」


「そ、そんなこと言わないでくださいよぉ……」



 二人は少し、いやかなり(・・・)おかしくなり始めていた。現在の自分たちが置かれている異様な状況に呑まれてしまったのだ。


 それもそのはず。彼らが撃ち合っているのはさきほどまではこのE滑走路を守る同じ『仲間』であったはずなのだから。



(ダメだ。やめろ。深く考えるんじゃねぇ。今は目の前のことに集中しろ)


(なんで? どうして? 俺たちは……裏切られたのか? いやアイツ等……誰かに操られている(・・・・・・)? わかんねぇ……わっかんないっすよ! 金堂さんでも……安芸山先輩でも……本部長でもいいからっ! 誰か俺に教えてくれよぉ……)



 から元気と冗談で自らの正気を無理矢理に保たせていることをベテランの金堂はおろか、新米の山元でさえ自覚している。


 何の前触れもなく始まった同士討ち。滑走路に広く展開して警戒していた仲間の半分が、まるで意思をもたない『人形』のように勝手きままに動き出し発砲し始めた時は、さすがの場馴れした金堂も肝をつぶした。


 だがすぐに現在の状況を理解した。これがホルダーによる攻撃であることを。



「護衛に来てた管制官と迷宮庁の保持者(ホルダー)は……!? 」


「わかんねぇっす……さっき誰かと戦い始めてから……見えなくなりました」


「あてにできるのは……もう自分たちだけってわけか……」



 二人が視線を足元に落とすと、そこには頭が内部から弾けたようにパックリと割れた『かつての同僚たちの残骸(・・)』がいくつも転がっている。


 かつての表情を思い出せないほどに『破壊された顔面の総覧』に、山元は吐き気をこらえるように生唾を飲み込んだ。



「こんなにひでぇ死体を見たのも始めてだろ。吐きたいなら吐いてもいいんだぞ」


「い、いえ……! だ、大丈夫……です。……そ、そんなことよりもどうします? 」


「どうって……? 」


「このまま睨み合っててもジリ貧です。消耗戦になると人数の少ないこちらが確実に不利です」


「かもな……? 」


「滑走路は遮蔽物も少ないです。このまま日が落ちるまで待つのは危険だと……思います」



 覚悟を決めたような相棒の提案に対して金堂は思案する。

 

 このような絶望的な状況の中で残された選択肢を。



(SATが使ってる狙撃銃は連射ができないボルトアクション式。同士討ちのせいか生き残っている狙撃手もどうやら一人だけ。なら……二手に別れるか? 一か八か。比較的安全そうな空港に向かって別方向から突っ込む。そうすりゃあ片方(・・)は……生き残れるかもしれねぇ。ほんの少しだけだがチャンスはある……)



「山元、今は一人暮らしだって前に言ってたよな? 」


「はい」


「地元は東京じゃないんだっけか」


「はい。西の方の、小さな田舎町です」


「実家に置いてきて1人になった母親が心配だって度々言ってたもんな」


「はい。でも、ことあるごとに顔は見せに行くんですよ? そんなに何度も帰ってこなくていいって言われちゃうんですけどね……」


「そうか……そうか……」


(わかった。ならお前は――)




 その時




「金堂さん!! 」




 相棒の呼ぶ声に重なった一発の銃声(・・・・・)が広い滑走路に響く。



「んぁ? なんだぁ? ……痛っ……」


「あ、あ……あああ! 金堂さん! 」


「…………」



 黙りこくっていた金堂はこの刹那、どこかで見た『言葉』を思い出していた。



――人は信じられない光景を見たとき一瞬だけ静かになる。自分が見たものが現実だと確かめる時間が必要になるから。――



(……腹に付いてる赤い汚れ……これ……血だ……)



 負った傷の深さを認識した瞬間、彼の身体は滑るように崩れ落ちた。



「金堂さん!! 」


「あぁ畜生……天下の保持者(ホルダー)様は……頭が潰れた……死体(・・)も……動かせんのかよ……先に言っておいて……くれよ……」


「しゃべらないで下さい! 血が……出血が! 」



 口の端から血をたれながしながら途切れ途切れに話す金堂を山元は必死で介抱した。のそりのそりと近づいてくる仲間の姿をした人形の群れには目もくれず。


 だがしかし流れ出る血は止まらない。


 比例して意識もどんどんと薄れていく。



(ろくな死に方は出来ねーと覚悟はしてたが……まさか死んだ警察官の撃った弾でくたばるとはな……。これも因果って奴かな? )



「金堂さん! 諦めないでくださいよ! まだ……手立ては……」



(いや、もう無理だ……。完全にお手上げだ……。俺のチンケな脳みそじゃ敵さんの……ホルダー様の……規格外な力の想像すら出来なかった。まさか……人間をこれほど正確に操れるなんてよ……)



「金堂さん! 」



(なあ山元……こっから奇跡的に生き延びられたら……警察なんかやめちまえよ)



「金堂さん! 眠っちゃだめだ! 」



(生きてりゃあ必ず運が回ってくる。そしたらいつかお前にも『チャンネルが合う』ようになるさ)



「俺は……また! 」



(そして……警察官から……高級取の【管制官】に――)



「金堂……さん? 」



 金堂はピクリとも動かなくなった。



 山元が眠るように目をつぶる相棒に恐る恐る問いかけた。



 距離を十分に詰めた人形たちが手に持った銃の照準を二人の顔面にあわせた。



 それらと時を同じくして





「【雷撃魔法】――『双天跋折羅(クロス・ヴァジュラ)』!! 」





 力強い『女性の声』が羽田空港、E滑走路に強く大きく轟いた。


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