再来?
本物の銃の音なんて生まれてこの方一度も聞いたことがない。そのはずなのに身体は思ったよりも速く反応してくれた。
もはや無意識の動きでバットをケースから取り出し、呼吸をするように【疾走】スキルを発動。既に倍率強化された[敏捷力]を瞬発的にできる限界まで強化した。
脳の加速は既に終了している。時の止まったような世界の中で腰の刀に手をかけようとしているマサヒラと何らかのスキルの準備を始めている蕪木を置いて俺は音の発生源まで急行した。
そして見つけ出す。
今いるところから100mも離れていない場所で。いかにもテロリスト然とした物騒な集団がターミナルの中央に出現した瞬間を。さきほどの銃声は先頭にいるリーダーらしき男が天井に高々と掲げた拳銃から鳴らしたものなのだろう。
全員でワープして来たのかと思ったけどもしかして……こいつらホルダーじゃないのか?
一瞬そんな余計なことを考えたけどすぐに頭を切り替える。
「【念動魔術】」
この人達は全員、武器を持っている。この場にいる民間人に明らかに敵意があるためさっきは威嚇射撃をした。
理由はそれだけで十分だ。
テロリスト達を床面に魔力で荒々しく叩きつけ、一瞬で意識を刈り取った。
「さすがの手際だな。もう制圧したのか? 」
気づけばすぐ後ろには蕪木が立っていた。
「はっ……やすぎだろ! お前ら! 俺何もしなかったぞ!」
そう不満を言うマサヒラも、息を切らせながらちゃんと着いてきている。
蕪木はサムライの抗議の声もどこ吹く風で、床にへばりついた身体を吟味し始めていた。
「この赤い鷲の腕章は……【迷宮解放軍】のものだな」
「迷宮開放……軍?」
「『反ホルダー』『モンスターの保護』『迷宮技術の使用反対』を至上命題に掲げている大陸由来のテロ組織だ」
「じゃあ……【鑑定】!」
蕪木の言葉を受けて使用した【鑑定】スキルは何の反応も示さない。
思った通り。コイツ等みんなホルダーじゃない。
「けど妙じゃないか? 俺の勘違いかもしれねーがコイツ等いきなり現れたようにみえたぜ?」
「マサヒラ、その認識は正しいです。【索敵】スキルでこの場にいる全員の位置と数を俺は把握していました。間違いなくこの連中は突然、現れました」
「ってことは……?」
「この連中を手引したホルダーが最低でも一人まだ……」
「動くな!」
俺たちの推理が一つの答えを導き出そうとしたその寸前、『答え』は向こうからやってきた。
声の主を刺激しないようにゆっくりと振り返る。そこには俺のほぼ予想通りの光景が広がっていた。
テロリスト達とは違いその男は一般人とほぼ変わらない格好をしていた。唯一、右手にもつ銃を除き。
「もう一度言うぞ! 動くな! そこの3人組! 少しでも変な真似をしてみろよ? この女の命は無い!」
そして左手には人質のOLらしき女性を抱え、頭に銃口を突きつけているのだった。
「基山顕造……蕪木さん。知ってますか? 」
「そのような名前の【転送魔法】に長けたホルダーが第三次迷宮進攻の混乱に乗じて地下収容所から脱獄したという話を聞いている」
「お前ら、落ち着きすぎだろっ! どうすんだッ!?」
後ろで心配そうな声を上げるマサヒラには
「そこは大丈夫です。【石化】させましたから」
基山から視線を外さずに俺が応えた。
テロリスト達を空港内にワープさせた男は自分が引き金にかかった指の一本すら動かせないことにようやく気づいたようで、反狂乱になったように目を血走らせている。
「お膳立てご苦労。後は俺がやる」
『蕪木さんのためにやったわけじゃないです』俺がそう呟く前に事態は全て収集していた。
人知れず足元に出現していた悪魔の意匠が散りばめられた『巨大な門の絵』の中に銃を持つ男と、ついでに20人近くいた迷宮解放軍を吸い込むことによって。
「あれが蕪木さんの【地獄門】ですか? 」
「『召喚した門』の範囲内にいる俺よりもレベルが低い全ての人間から任意の対象を選んで異空間に送れる能力だ」
「いいんですか? 自分のスキルのこと、そんなにベラベラ話しちゃって」
「我々GCAは君たちの敵ではないということを再度示したかったまでのこと。たとえ【鑑定】スキルがあったとしても実際に見るのとではまた違うだろう? 」
「まあ、そう言われたらそうですね」
「他にも気になったことは何でも答えよう」
「なら一つ。ホルダーじゃない人もいましたけど彼らをどうやって吸い込んだんですか? 」
「レベルを持たないのならレベル0扱いだ。もちろん私よりも低いので問題なく吸える」
「『異空間』ってなんですか?」
「さあ? 興味を持ったことすらないから知らん。殺してはないはずだ」
「なあ、いつからそんなに仲良くなったんだ? お前ら……」
「そんなことないっすよ?」
「そうかなぁ……?」
まあ、そんな冗談みたいなやり取りはさて置いてこれでテロ行為は終わったのか?
「【索敵】!」
もう今日だけで6度目かになる【索敵】スキルを発動。人数が急に増えたりしていないことを確認した。
「大丈夫そうです」
「よし。とりあえず一旦落ち着けそうだな」
「はい。ですが木ノ本が帰国するこのタイミング、この場所っていうのは引っかかります。日本では今のようなテロが普通に行われてるんですか? 」
「そんなことは無い。羽田空港を武装集団が制圧なんて言ったら超が付く大事件だ。引き続き警戒の必要はある。だがありがとう、城本くん。その歳でよく冷静に対処して……」
「な、なあ」
「……なんだ?」
「お、おかしくねーか?」
「何がですか?」
顔を突き合わせて相談をしていた俺たち3人。その途中、自身の不安感を急に吐露し始めるサムライに俺と蕪木は交互に問いただした。
確かにさっきのいきなりの銃声には面食らった。それにテロリストなんて余り縁のない連中に出会ったのも始めてで銃をもった人間を相手にするのはやはり少し怖かったし、人質を取られたのもそのような状況に強制的に慣れさせられて来たとはいえ内心かなり焦っていた。
でも今は落ち着いている。落ち着けている。絶えず動き続ける状況にいちいち驚いて、その感情を引きずり続けると碌なことにはならないことをダンジョンに散々教えてもらったからだ。そんなことマサヒラはとっくに知っていると思ったのに。
「いや、お前ら嘘だろっ?」
「だから……何がです?」
「本当に気づかないのかっ?」
「何のことだ? はっきり言え!」
小声で叫ぶという器用な真似をして見せるマサヒラに、蕪木は逆に大声で追求した。
そしてマサヒラもとうとう叫び出す。
「静かすぎるだろ! どう考えても!」
自らが気づいた『違和感の正体』を。
「「……ッ!!」」
ゾッとした。言われてから俺も気づいた。
テロリストを発見し、制圧し、人質を取ったホルダーの生き残りもまとめて排除するまで1分も経っていない。第三者が起こった出来事を正しく認識するには余りにも短すぎる時間であることは間違いない。
だけど……でも……果たしてありえるのか?
確実に鳴った一発の銃声。
床で延びている見知らぬ軍人の山。
女性が人質に取られている状況。
それらを目にして耳にして。人質になった女性を含め、悲鳴の一つ、騒ぎの一つや二つ。全く起こらないなんてありえるというのか。
「……」
「……」
「……」
そうだ。
ここにいる人達はマサヒラとも話した通り一般利用客が多かったはずだ。
ダンジョンに潜り日々が危険と隣合わせのホルダーの常識は通じないはずだ。
俺たちと違って危ない事に慣れてなんてないはずだ!
無言で見つめあっていた俺たち3人は意を決したように同時に振り向いた。
「「「!?」」」
そして恐らく全く同じ感情を共有した。
『数百人以上の人間に無言で見つめ続けられる』生理的嫌悪感を。
「おい……こりゃあ……」
「……マズイな」
武器を構え、魔力を昂らせる二人を置いて俺は一人この状況からある人物を思い出していた。
戦った中で唯一逃したホルダー。
『人形使い』のことを。




