銃声は狼煙
体力とお金を温存するために移動は電車と決めていた。時間にして大体1時間。何本か乗り継ぎながら俺とマサヒラは無事、目的地に到着する。
「ここが……羽田」
「思っていたのと違かったか?」
「え? いや……まあ……ハイ」
「正直でよろしい。剣太郎も思うだろ? 明らかに人が少ないってさ」
言われた俺は改めて周囲を見渡した。
よく見る高い高い天井のターミナル。
充実したレストランやショップなどのテナント。
立ち並ぶ日本各地のお土産。
空港というよりも一つのショッピングモールのようにも見えるこの大空間にはマサヒラが指摘した通り、明らかに人がいない。
そんなちらほら見る空港の利用者も全員が全員手には軽い荷物を持っていて、とても今から海外に行くようにはとても見えない。
「人が少ないのは……剣太郎も想像がついてるだろうけどモンスターのせいだぜ。飛行型が空にわんさか湧いてるせいでほとんど飛行機飛んでないからな」
「やっぱり、そうなんすね」
「ああ。日本では奇跡的に起きなかったんだか、世界ではモンスターとの接触や襲撃で旅客機のいくつかが『墜落 』したんだ」
「……墜落」
墜落。間違いなく空港で最も聞きたくない言葉だ。いくら飛行機が安全な乗り物だと聞かされてもどうしてもこの単語だけは頭の片隅を過ぎってしまう。
「ニュースで見ててどれも痛々しい事故だったし、何よりも気味が悪かった。『墜落の原因は不明』『航空レーダーにも映らない謎の透明な障害物とぶつかった』とか……。色んな噂が流れたからな。まさか透明な障害物の正体が『チャンネルが合う前』のモンスターだったとは思わなかったが」
「そりゃあ、飛行機は飛ばせないですよね」
「そうだな」
「じゃあ……今ここにいる人って」
「アレは単純に買い物客だ。羽田含む日本の空港は本業がしばらく動けなくなった今、あらゆる手段を使って必死に生き残ろうとしてるんだとか」
「なるほど」
俺はさらにもう一度、顔を巡らした。よくよく見たら客層も海外出張のサラリーマンというよりもショッピングに来た主婦層、女性層の姿が確かに目立つ。平日の午前中という時間も関係がある気もするけども。
「しかし『ジリ貧』だよな。いくら待ったところで多分モンスターが居なくなることは今後も無さそうだろ?」
「そうなんですよね……」
俺は短く同意した。ダンジョンを散々攻略し、街中のモンスターともかなりの数戦った身から言わせてもらうと、『空を飛ぶモンスター』ほど見落としがちになる存在は他にない。奴らは普段は雲の上を飛ぶし、大概[敏捷力]が高いからだ。
これだけホルダーが爆増した今の日本でも、討伐が追いついてないのだから明るい未来には期待できない気がする。
「いったいどうするつもりなんですかね?」
「答えは一つ。時代に沿った新たな飛行機をつくり出すことだ」
「お? 」
マサヒラは背後からかけられた声に振り返った。俺もサムライにならって後方を確認する。
「集合時間ちょうどだな……よし」
そこには腕時計を確認しながら満足気に頷くいかにも堅物そうな男……蕪木礼一が立っていた。
「蕪木さん。そろそろ説明してくれ。どうして羽田空港に呼んだんだ?」
質問するマサヒラに合わせて俺も小さく頷く。
そう。今日のこの羽田遠征はこのGCAのリーダーから企画、提案されたもの。
木ノ本が日本に帰って来るとこを知った俺は、いつ帰って来るのかなどの細かい情報を蕪木にせっついた。しかし以降、蕪木は『木ノ本絵里に会いたいのなら羽田に来い』の一点張りで、俺たちはこうして向こうが指定した日時ピッタリに渋々やってきたのだ。
「疑問にはすべて答えよう。だが、まずは場所を移動したい。歩きながら話そう」
蕪木は黒いシャツを着込んだ大きな背中をこちらに向けて、こちらの意思を確認することもなく移動を開始した。
「どうする?」
「【索敵】で周囲は確認してます。今日も本当に一人で来たみたいです。とりあえず追いましょう」
「りょーかい」
マサヒラと短く言葉を交わした俺は堅ぶつそうな男の後ろを歩き始めた。しばらく無言で歩き続けた俺たち3人の中で会話の口火を切ったのはやはり真っ赤なサムライだった。
「それで? どうして羽田なんだ?」
「理由は単純だ。今から30分後。木ノ本絵里がこの羽田に到着するからだ」
「……ッ! 」
予想はしていた。だけど改めて驚かされた。やっぱり今日なんだ。今日会って話せるんだ。
俺が二人の死角でグッと拳を握りしめるのと同時にマサヒラは首を傾げた。
「でも木ノ本絵里は海外からどうやって帰ってくるんだ?」
その問いに心の中で同調した。それは俺も気になっていたポイントだ。
【即死魔法】を使ってきたアイツのような超長距離を瞬時に移動できるスキルや技か。はたまた帝国騎士の首飾りのようなワープが可能なアイテムか。
ほんの少しだけ自信があった俺の予想はしかし
「江野田マサヒラ。お前は何をいっている。ここは空港だ。ならば飛行機以外の選択肢はないだろう」
カスリもしなかった。
「「は?」」
意図せず俺たちの声は重なる。
散々行機は無理だって話をしたばかりだっていうのに……。わからない。この人が何を言っているのか全く理解できない。
「どういうことですか……? 」
自然と口をついて出てきた俺の疑問に対して、蕪木はまるで塾講師のような語り口で説明し始めた。
「城本剣太郎。君は『政府専用機』というものを知っているか?」
「総理大臣とかが外国に行くときに乗る飛行機のことですよね?」
「大体その認識であっている。航空自衛隊が運用している日本の政府専用機は公には2機しか存在しないことになっている……。しかし『幻の3機目』がこの羽田で秘密裏に試験的に運用されていることを君たちは知っていたか?」
「いや……知らないです。2機だけっていうのも、航空自衛隊が運用しているって話も初耳です」
「運用され始めたのは比較的最近だ。一ヶ月も経っていない。その航空機はアルミニウムよりも軽く、はるかに頑丈で強い『とある金属』で作られている」
「とある金属?」
「利点は頑強さだけではない。その金属は魔力耐性すらも有している。その名は迷宮金属」
「それって……ダンジョンで採れるっていう」
「そうだ。この飛行機が製造に至った理由は2つある。一つは世界中の航空会社と空港が存続の危機に立たされているということ。二つ目は貿易などのインフラ面で空路という概念がもはや切り捨てられなかったということ」
「だから『時代に沿った新たな飛行機』が必要だった……」
「そういうことだ。そして木ノ本絵里はそのために海外を飛び回っている。日本が新たに開発したダンジョンメタル製の航空機がいかに安全なのか、その航空機の存在を知る海外の極一部の上流階級にアピールするために。そして世界中の航空会社の悲願のためにな」
「…………」
単純に驚いた。蕪木の話のスケールも。件のダンジョンメタルが登場したのも。木ノ本が俺の想像する何倍も何十倍も大きな『流れ』や『力』というものに巻き込まれているということも。
「木ノ本は……木ノ本絵里は全て了承して広告塔をしているんですか?」
「会ったこともないから知らん」
「蕪木さんでも? 」
「城本剣太郎。君は簡単に彼女に会いたいと言うがね。ここまで連れきて、何もかも教えた俺が言うのも何なんだか……かなり難しいことをやろうとしていることを自覚したほうがいい」
「難しいですか?」
「難しいよ。君の実力のほどを俺は伝聞でしか知らん。だからどこまでの無茶が可能なのか、単純な強さの比較は出来ん。だがこれだけは分かる。六大クランであるGCAがありとあらゆる手練手管を駆使して木ノ本絵里を攫おうとしても返り討ちに合うのは我々だということだ」
「そんなに……大変なんですか」
「大変も何も! そんなことをすればこれは日本国政府への宣戦布告とも取られかねない。それほど木ノ本絵里……【万能薬】の日本での立ち位置は重要なんだ」
「その言い方だと過去にも狙われたことが?」
「あくまで予想だ。本当にあったかどうかは俺は知らん。我がクランは所詮迷宮庁の飼い犬でしかない。そこまでの機密情報を見れる権限は我々にはないのだよ」
「そう……ですか」
「ただ、まだ動かずとも彼女の身柄を狙っている団体は日本国内でも山のように存在しているだろう。そう例えば――」
――『ダンジョンテロリスト』……とか
その瞬間
空港に
一発の銃声が響き渡った。




