得難い情報と……
「ダメですか……? やっぱり? 」
「いやあ高校生を泊めるわけにはねえ……。それにさ、君が泊まるわけじゃないんでしょ?」
ここは鬼怒笠村の近隣、奥前市唯一のホテルの受付の前。そこで俺はさきほどから辛抱強い交渉を続けていた。見ての通り結果は芳しくなく、大難航してはいるが。
「まあ~そうなんですけど……今ここにいないだけで後から来るんですよ友達が。そこで代わりに俺がホテル事前にとっとくことになっていて……ですね……」
「いやあ~だったらねえ、その本人が来てからにしてくれる? あと、その知り合いの人も高校生なら親の同意書を持ってくるように言っておいてね」
「あ~そうですよね~ハハハ……。出直してきます……」
結果は受付の人にド正論をかまされて終了。
まあ、分かってたよ。そう上手くいくわけないって。
「どうだった? ケンタロー」
外に待たせておいたリューノが聞いてくる。ついさっきあげたトレーニングウェアとキャップという恰好だ。こんだけ目立つ人がこんな無防備な格好をしていたら本来ならそれなりの通行人が反応するはずだ。けれど今リューノを認識できてるのも俺だけ。
そして彼女の手助けが出来るのもまた――俺だけだった。
「いーやダメだった。今日はしょうがないからウチで一泊だな。スマン」
「全然。むしろゴメン。いろいろ迷惑かけちゃってさ」
丁度その時。誰かの腹が音を立てた。隣を見ると、顔を赤くした騎士団長さんが立っていた。今の時間は12時だ。丁度いいな。
俺は隣でうつむくリューノに、口を開く。
「ちょっとどっかで昼飯買ってこようか」
「"はんばーがー"って言う食べ物なんだっけ? こんなの食べたの初めて! すごく美味しいよ! 」
異世界の食べ物を前にしてリューノは子供の様にはしゃいでいた。そんな様子を横目で見つつ俺も包みに齧り付く。相変わらず久しぶりに食うと上手いな。ここの店は。
現在地は奥前市にある公園のベンチ。はたから見たらテイクアウトして一人寂しくわざわざ外で食べる人だが……まあ周りから視線はどうでもいい。
「なあ……聞きたかったんだけどさ……よくモノ壊さないな? 」
「え? なんのこと? 」
しみじみと呟く俺とキョトンとした表情を向けてくるリューノ。
その『何のことだからわからない』といった反応に微妙な違和感を覚えつつも再び口を開いた。
「いやステータスで強くなってるじゃん俺達。初めて使う風呂もさ、その絶妙な力加減がいるはずのハンバーガーも壊さずに持って、使って、食べれてるのが凄いなって思ったんだよ。さっきは一瞬ヤバイって思ったもん。シャワーは力入れすぎると壊れるって言い忘れたって。何か"壊さないコツ"とかあるのか? 」
ずっと思っていた疑問。リューノはステータスが無いこの日本での生活に余りにも適応でき過ぎている。俺があんなにも力加減で苦労しているというのに。そこには何か秘密があるような気がした。
「ステータス……? ああ、それなら勿論切ってるよ。『迷宮』の中じゃないからね」
「え? "切る"? 」
オウム返しする俺にリューノは自分のステータスを表示した。俺の目にリューノの情報が映る。そういえば他人のステータスって見れるんだなあ。頭の中で別なことを考えていた俺をたしなめるように騎士団長は説明を始めた。
「ここの[力]とか[敏捷]の横に+数値がついてるよね? 」
「うん」
「これに視線を合わせて『決定』を押すと……出たでしょ『0』にしますかって」
「うわ本当だ! 」
言われた通りに全ステータスのプラス値を0にしてみる。すると戻って来ていた。通常の感覚が。ダンジョンを見つける前の。あのころの一般人の身体が。
「お……おお! すげぇ! 」
「ね? 簡単でしょ? 」
「……よし。よしよしよし! これなら何も気にせずに[力]と[敏捷]にポイント振れる。スゲーな。ありがとう。リューノ! マジで助かった! 」
まるでスマホの操作を覚えて喜ぶ爺ちゃんのように。少し引くぐらいの興奮のしかたをした俺はリューノに過剰なぐらいの感謝をした。
だからか。そんな風に手足の感覚を再確認することに夢中になっていたからか。
俺は気づくことができなかった。
隣の銀髪の騎士が小声で『全然凄くないよボクなんて……』と呟いたことに。
あれから俺はリューノにいろんなことを質問した。
「『迷宮』はどんな場所にどんな頻度で現れて、どんな種類があるのか?」
「スキルはどれぐらい種類があって、どんな手段で新しいスキルを獲得できるのが普通なのか?」
「≪称号≫の意味とは? どんな効果があるのか」
「『装備』と『状態』はいつ使うのか? 」などなど色々。
それに対して異界の騎士団長は的確に、自信たっぷりに、丁寧に一から教えてくれた。そこで分かったのはどうやら【鑑定】スキルはとんでもなく有用で貴重なスキルで、俺が持つ二つの称号はかなり珍しいものだということだった。
『≪異世界人≫:モンスターを倒すときに得られるポイントを1.2倍にする。この倍率は重複する。』
『≪最初の討伐者≫:モンスター倒したときに得られる経験値を2.0倍にする。この倍率は重複する。』
この二つの≪称号≫を指して、騎士団長は言っていた。
『自分はこの≪称号≫を見たことも聞いたことも無く、ケンタローのステータスは一般的な同レベルの人と比べると2倍以上ある』のだと。
「いやーそれを聞けたら、今まで頑張った意味あったな……」
真っ暗な中、リビングのソファの上で寝ころんで、さっきまで質問しまくった情報を頭の中で振り返る。聞いたところによると俺の成長は順調そのもの。この調子で頑張りましょうといったところだった。
あとは新しい『迷宮』の入口の文字をトンネルの中から探し出すことと、騎士団長を元居た世界に返すことが現在の懸案事項。この二つに関しては手がかりが全く無いから俺もどこから手をつけて良いか分からない。はっきり言ってお手上げだった。
けれど救いなのは騎士団長がそのことを余り気にして無さそうなこと。自分のことをほとんどの人が認知してくれない全く知らない世界にいきなり放り込まれても取り乱すことなく受け入れ、明るく振舞ってくれていたし、『迷路の迷宮』での出来事もあまり引きづってなさそうに見える。
もしかして向こうの世界では『迷宮』での仲間を失うことは珍しくなく、その死を受け入れることが当たり前なのかもしれない。
まあ、ひとまず焦って考えても何かが出来るわけでもない。12時も回ったしもう寝ようとしたその矢先。誰かがゆっくりと玄関ドアを開ける音が聞こえた。
「……誰だ? 」
眠りかけていた目をこすりながら玄関へ。
どうやらこんな時間に外出した人がいるらしい。振り返ると爺ちゃんは一回の奥の畳の間で寝てるし、一度寝たら朝6時になるまで絶対に起きてこない。となると考えられる可能性は一つ。外に出たのは2階の俺の部屋で寝てるはずの騎士団長だ。
最初は子供って歳でもなさそうだし放っておこうと思ったが騎士団長のことは俺しか見えないことを思い出す。山の中で遭難したりされても困るので心の中で謝ってから後をつけた。
行先は俺もよく知っている場所。今日の昼間も奥前市への往復で2度通った下山トンネルだ。間違いなくストーカー行為だが今だけは許して欲しい。一定の距離を保ちつつ何をしてるのか遠目から様子を伺う。
騎士は昼間の様子とは打って変わってぼーっとした様子でトンネルの一点を見つめていた。さっき俺が教えた『五色の迷宮』へ行く時に使った『開』の文字の場所。何かそんなに気になることでもあったのか?
しばらくそのままだった団長はトンネルを無言で後にする。そこまで見た俺はほっと息をつく。この程度の夜の散歩なら安心だ。着いてくる意味なかったな。
やれやれと首を振って立ち上がろうとしたその時、騎士団長は何故か爺ちゃん家には直接戻らなかった。
その後リューノが向かったのはまたもや俺になじみ深い場所。懐かしの裏山の広場だった。そこで何をするかと思ったら置いていった鎧の兜の部分を手に取って頭に装着し、体育座りの姿勢でうずくまってしまった。
え~もしかして朝までこのままとか言わないよな? 俺もう帰った方がよさそうだな……。そう思って足を一歩引く。余りにも不用意に動きだった。俺は背後にあった太い木の枝を盛大に折ってしまった。
パキッ――――。やばいと思った瞬間、兜をかぶった騎士は立ち上がった。
「だ、誰ですか!? 」
恐怖でどもった声。さすがに怖がらせてしまったようだ。申し訳ない事をした。観念して俺は茂みから立ち上がる。
「あ~ごめん。驚かせて。俺だよ。剣太郎。夜遅くに出ていくから迷子になるんじゃないかって心配だったんだ。本当にごめん今すぐに帰るよ」
頭を掻きながら謝る。しかしいくら待っても一向に反応が返ってこ無い。表情を見ようとしても兜をかぶっているので不可能。もしかして目茶苦茶怒らせてしまったのかな? しばらく向こうから言うのを待っていると、やっと一言言ってくれた。
「……な」
「な? 」
「なっ」
「……な?? 」
「なっなっ何でぇ……けっ剣太郎さんが……い、いるんですかぁ~」
なんと……なんとだった。
頭だけ武装した騎士団長は目の前で唐突に泣き出してしまう。『何か言わないと』とか『とりあえずもう一回謝ろう』とか、そのような思考に至る前に俺はどうしても考えてしまった。
アンタ、なんか昼間の時とキャラ違くない? と。




