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深夜の決意

 深夜。12時を回り、夜もすっかり更けたころ。


 俺は目を覚ます。



「またか……」



 スマホの画面確認すると現在の時刻は1時10分ほど。そこから逆算すると今晩の俺の睡眠時間はなんと驚異の45分。遂に1時間を大幅に下回る新記録達成だ。



「さすがに……短すぎるな」



 愚痴りながら、頭をかきながら、脇にスマホを置きながら目をつぶり、備え付けのベットに倒れ込む。もう一度寝直すために。


 だがしかし



「無理だ。カンペキに冴えてる」



 眠れない。特に眠くない。寝足りないとも思えない。脳も五感もはっきりしてるし、全身をめぐる魔力の行き渡りも十分に多く、活発。まさに健康体そのものだ。



「すっかり癖になっちゃったな」



 いつからだったか? 俺は極度の短眠体質(ショートスリーパー)になっていた。まあ変化が始まった時期の予想は簡単につく。大方、ダンジョンに何時間・何十時間も籠るようになってからだろう。それに乗じてるのかは分からないが飲まず食わずでも平気になったし、排泄の階数も激減した。ホルダーになってからの身体の変化は運動能力の超向上以外のそんな生理現象の領域にまで及んでいる。


 まあ変わったのは俺だけじゃない。皆も。日本も。世界も。何もかも全て変わってしまったんだ。



「……ダメだな」



 深夜に起きるといつもこうだ。妙に感傷的になってしまう。こんな時には『気晴らし』が必要だ。


 ベットから立ち上がり、靴下とスニーカーを履き、バットケースを肩にかける。服装は着の身着のまま、起き上がったまま、ロンTにスウェットというラフすぎる出で立ちだが構わない。ほんの少し(・・・・・)外にでるだけだ。



「よし」



 簡単な準備が終わったことに短く頷くと、部屋の隅にある大きな窓に近づいた。


 現在寝泊まりしている【野良犬同盟】の貸し部屋は道に面している。つまり今いる場所から十分に外の景色をはっきり見ることができてしまうということ。とどのつまりこの手(・・・)が使える。



「『瞬間移動』」



 技の名を呼んだ直後、俺の視界は瞬時に切り替わる。


 古めかしいフローリングの足元からアスファルトへ。


 薄暗い殺風景な部屋から明かりの灯った夜の街へ。


 冬の到来を思わせる夜風を背中に受けながら、俺は静かに背後を振り返る。そこには何度見てもただの雑居ビルにしか見えない【野良犬同盟】の姿がある。たしか今晩は明日のために(・・・・・)マサヒラもここに泊っている筈だ。


 ごめんな、マサヒラ。


『「明日」の朝は早いし、かなり忙しくなりそうなんだから、剣太郎もちゃんと寝ておけよ? 』と言っていた全身真っ赤のサムライに心の中で謝った俺はゆっくりと膝を曲げて踏み込み、路面を破壊しない程度に力を抑えて蹴り上げる。一瞬で加速した身体は一気に宙に躍り出た。


 例のごとく【念動魔術】でつくった足場を踏みしめて上へ上へと昇っていく。こうして空から見下ろすとさすがに道を歩く人の数はまばらだ。ただし建物の明かりはしっかりと灯っている。この一つ一つの光の下に1人以上の人間がいると考えると途方もない気分になる。



「【索敵】」



 だけど俺はやる。丁度眠れなかったのもあるが、常々気になっていたことでもあったからだ。


 俺は東京に来てからずっと調べていることがある。それは『かつてホットスポットと呼ばれていた大和町(おれのまち)を含むいくつかの地域に住んでいた人たちが現在はどのような暮らしをしているのか? 』という疑問の答え。ネットで探せば数限りないニュース記事と情報サイトがヒットするが大体は同じことが書かれていた。


 それは『迷宮庁が都内に仮の住まいを提供している』という事実。


 モンスターが跋扈する魔境と化した故郷に戻れない人達の殆どがこの眼下に広がる東京のどこかに身を寄せているというのだ。



「【鑑定】」



 だから俺は現在、東京の空にいる。


 見晴らしのいい高度まで上がり、【索敵】スキルで魔力が及ぶ範囲の全ての人の位置を割り出し、そして【鑑定】スキルで1人ずつ名前を吟味していく。事前にマサヒラに確認したところ、この行為は違法行為ではないけれど【鑑定】スキルを人に向かってむやみやたらに使うのは間違いなくマナー違反であることは間違いないだろう。


 ただ今は今だけは許して欲しい。


 一瞬だけでいい。


 ほんの数秒しかいらない。


 それだけで十分わかったから。やはりこの方法では『家族どころか、知り合いの一人すらも見つけられない』ということが。




「頭いてぇ……」



 ボヤキながら、ベットに顔から突っ伏す。魔力や魔法と言うよりも頭そのもの(・・・・・)を使い過ぎた。ホルダーの名前をひたすら片っ端から探っていくのはさすがに脳のキャパオーバーだったんだ。


 さっきの方法はよく例えに使われる『砂山の中から一粒の当たりの砂粒』を見つけ出すようなモノ。やる前から無謀であることは分かっていたし、実際考案した俺でも不可能だった。


 だけれでもやらずにはいられなかった。居ても立っても居られなかった。衝動は止められなかった。もしも、もしかしたら、奇跡的に見つかる可能性が僅かでもあったのだから。


 でも実際にやってみてよく分かった。これは無理だ。【索敵】スキルはホルダーじゃない人間の位置どころか動物やモンスターの位置すらも浮かび上がらせてしまうし、かといって【鑑定】スキルはホルダーやモンスターの名前しか判定することが出来ない。


 探し物を見つけるには有用な二つの【スキル】を組み合わせて使った所で限界は元々あった。それでも俺は一縷の望みをかけて捜索した。もしかすればこのまま都内の全域を端から少しずつ探して行けばいずれ誰かしらを見つけられるのかもしれない。


 でも『組織』や『アメリカ』……『迷宮庁』のことを考えるとそう悠長なことは言ってられない。


 明日……いやもう今日か? 


 今日だ。


 今日なんだ。


 今日全てが決まる。


 今日全ての答えを俺は手に入れる。


 ベットの端に座り拳を握りしめる現在の気持ちは『不安』と『高揚』が半々。もしかすれば『彼女』も変容した世界と同様に俺の知らない『女の子』に様変わりしているかもしれない。だけど真実を知る覚悟はとっくの昔に出来ている。



 だからこそ俺は今日、木ノ本絵里に会う。



 たとえ周りの人間全てから邪魔されようと。



 少し荒々しい手を使ってでも……必ずだ。

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