揺らぐ暗躍者
今日は短いです
ほんの短い間、剣太郎の意識の外へ消えていた『悪意の権化』。『組織』と呼ばれる人間たちは剣太郎がマサヒラと交流を深め、限定ダンジョンでの死闘に挑んでいた間も絶えず表舞台からは遠い位置での暗躍を続けている。
そんな『悪意』は当然のごとく木ノ本絵里の帰国を把握していた。
『室長……ついに迷宮庁が動き出しましたね』
「ああ。そっちの首尾はどうだ? トカゲ? 」
『ほぼ完璧です。【万能薬】の空港からの護送経路も導入される人員も全てわかっています』
「後はプラン通りってわけか」
『はい』
「その様子だと私に報告すべき問題は特になさそうだね」
『いえ。ただ……一つ……懸念点が……』
「どうした? 何があった? 」
『さきほど言った通り潜入ルートも急襲ポイントも特に問題はありません。迷宮庁側の欺瞞工作の線は捨てきれませんが、当日に問題なく対応できる程度だと判断しました。未だに解決できずに残っている特記事項はターゲットの傍につきっきりの『護衛』のことです。室長はもちろんご存知ですよね? 』
「迷宮庁が誇る稲妻の矛……【雷撃の魔女】か」
『戦闘の素人のヒーラーの女子高生1人とその他大勢の有象無象相手なら簡単だったんですけどね。さすがは迷宮庁。守るべきポイントはちゃんと抑えてますよ。あのA級ホルダーの攻性魔術師を木ノ本絵里から引きはがせない限り移動中の襲撃はほぼ不可能かと』
「なるほどな……」
『そこで室長にはぜひ応援を頼みたいんです』
「必要な人員は? 」
『【中級】……いや【上級】一部隊で十分です。お願いします』
「【上級】部隊か……」
『今は彼らの手が空いてませんかね? 』
「いやその心配はない。この作戦の成功させることは組織の上層部からも大きく期待されている。『人員を惜しむ必要はない』とね。こちらで必ず用意しておこう」
『ご理解ありがとうございます。それでは――』
「だけど私からも一つ進言しよう。トカゲ、今回は【最上級】部隊を連れていけ」
『え? 』
「聞こえなかったか? もう一度言うぞ。今回は最上級部隊を……」
『いやいや聞こえてますって室長。その上で聞きます。冗談ですよね? 』
「なぜこの規模の作戦に【最上級】部隊が出張って来るというのか……とでも言いたげな声だね? 」
『わ、分かってるんなら説明してください! なぜですか!? 』
「勘だな」
『勘……ですか』
「ああそうだ。それ以外に言いようがない」
『そ、そんな理由で最上級部隊を動かせるものなんですか? 』
「問題ないよ。勘は勘でも私の勘だ」
『はぁ……流石ですね』
「これ以上は聞かないのかい? 」
『室長のことですから聞いてもどうせ教えてくれないんでしょう? 』
「いや是非聞いて欲しいね……君には現場を統括する人間として『ファーストブラッド』の襲来には最大限、警戒してもらう必要があるんだから」
『は? 彼も来るんですか? 』
「だから言っただろう? 勘だって」
『肝心のそこが勘なんですか……』
「杞憂ならそれで構わないんだ。ただ剣太郎のことだ。個人的には来る可能性は大きいと思っている」
『……え? 』
「どうした? 」
『今、室長……随分と最初の一人に気安くありませんでした? 』
「……気のせいじゃないか? 」
『そうですか? まあいいや』
居所も時間も定かではない男二人の会話はこの直後に終了する。
ほんのわずかな『違和感』を最後に残したまま。