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研究所

 六大クラン:国内に現在、200近く存在するクランの中でも最高級の『規模』と『戦力』を保持した6つのクランの総称である。


 その内の一つ。『戦闘脳力技術研究所せんとうのうりょくぎじゅつけんきゅうじょ』。略称『脳技研』にて。


 中部地方の山林の奥に本拠地を持ち、『ステータスやレベルがホルダーの脳にどのような影響を与えているのかを研究する』そのクランの入り口をとある人物(・・・・・)が叩いていた。丁度、GCAのトップがマサヒラの病室を訪ねているのと同時刻に。



「これはこれは珍しいこともあるもんだ。長官自ら一人でお出でましとは」



 訪問者は何を隠そう、迷宮庁のトップである赤岩信二その人である。くたびれたスーツに、目の下に刻まれたクマと乱れた髪という出で立ち。明らかに疲労を隠しきれていないのだが、赤岩はそれでも構わず問いかけた。



「……桜庭(さくらば)。今は一人か? 」


「ええ。明日の午前中まで本部に詰めているのは私だけです。……ですが5分……いや10分ほど前ですかね。蕪木くんが赤岩長官が今座っている場所に居ましたよ。惜しかったですね? 彼の怒りと屈辱で震える顔は見ものだったのに」



 六大クランの一つでもあるGCAの代表をおちょくっているこの男は桜庭英進(さくらばえいしん)。安物の眼鏡と、シワだらけの白衣を羽織る姿からは想像できないが彼もまた六大クラン『脳技研』の所長(トップ)である。



「蕪木……そうか。あいつの部下の一人が逮捕されたんだったな」


「長官が『今回の事件』について記者会見やら官邸での会議やらで忙殺されている間、彼は自分で作った組織の末端がしでかした犯罪に四苦八苦してたんですよ? 本当に笑っちゃいますよね? 」


「そのことは一旦置いて良い。今は報告が先だ」


「ハイハイ。こちらが……今回の『全国隧道(トンネル)跡発生迷宮・異常活性化現象』の……データです」



 桜庭が懐から取り出したのは一枚のタブレット。受け取った赤岩は着実にかつ素早く資料を読み込んでいく。その脇で白衣の男はポケットに両手を突っ込みながら補足説明を加えていった。



「まあ、ご覧の通りです。北は宮城。南は福岡まで。放置されているトンネル跡地が53箇所、同時に前兆なしにダンジョン化しました。迷宮内に巻き込まれたのは非ホルダーも含む800人を超える日本国民。生還したのは約10人。ダンジョンの攻略が確認されたのも一例だけ。……まあここまでは長官も把握済みなんじゃぁないですか? 」


「……そうだな」



 桜庭の問いに赤岩は禄に寝られていないことも合わさり話半分で答える。すると桜庭はその様子を『落ち込んでいる』と勘違いをしたのか、急に励ましの言葉を並べだす。



「今回は場所がこれだけバラけてしまってるので『暮川の管制支部』のように(・・・)いかないのは仕方がなかったと思います。それでも長官の朝の緊急記者会見は効果的でしたよ。国が最大限努力したことをアピールしつつ国民の不安を煽ったおかげで、ますますホルダーになろうと考える人が増えたはずです。ダンジョンに潜ろうとしない最大多数をレベル上げに向かわせることも可能でしょう。長官が理想とする『1億総ホルダー社会』にまた一歩近づきましたね? 」



 研究者の皮肉交じりのおべっかに赤岩は露骨に呆れた顔を見せる。



「桜庭、余計なことは言わなくて良い。俺が聞きたいことはそんな『薄い労いの言葉』なんかじゃない。それで? どうなんだ? 」


「【魔王軍】の関与ですか? 先日、配備が完了した『感知網』にはそれらしき影は一体も引っかかってないです。まあよほど『隠れんぼ』が上手い個体がいるのかもしれませんが」



 その報を聞いて、ほんの少し表情筋を緩ませた赤岩は深く長く息を吐いた。



「とりあえず。向こうは大っぴらに戦争をしかけるつもりはまだないということだな? 」


「まあ……そうなります……かね? 」


「なんだ? まだ何か引っかかっていることでもあるのか? 」


「とぼけないでくださいよ赤岩長官。わかってるでしょ? 私の言いたい事? 」


「……」


「今回の事件でも大活躍の元『少年C』……城本剣太郎のことですよ」



 桜庭が『少年C』の名を出すと赤岩は沈痛な面持ちで目をつぶる。まるで頭痛のタネが増えたことを嘆くように。



「桜庭……まさか、お前まだ……」


「公安時代を引きずってるか、ですか? そりゃあ引きずってはいますよ。どうして私が迷宮庁職員じゃないのかってね? 」



 実のところ桜庭英進は元『公安部公安迷宮対策課』の一員であった。赤岩とは別部署の研究班でスキルや魔法の解明に勤しんでいた彼は『出向』という形でこの研究系クランのリーダーになっていたのだ。


 元は同じ公安の捜査員でもあった赤岩は、その努めて平坦な口調の奥底に眠る怒りとやるせなさを完璧に洞察する。



「すまない」



 思わず出たようにしか見えない赤岩の自然な謝罪文句に、桜庭は『いやいや』と首を振った。



「いいんです。この気楽な立場も悪くないって最近は思い始めてますからね」


「そう言ってもらえるとこちらも……」


「ただ! 」



 赤岩が下げた頭をあげようとしたその時、白衣の男は見計らったように割り込んだ。



「桜庭?」


「こう時間が有り余ると、ついつい考えてしまうんですよ。一体どこの誰がこのような力を人に与え給うたのか。この力は『福音』なのか。『災い』なのか」


「……一体何を? 」


「知っていますか? ダンジョンに潜り、モンスターを倒し、その能力を黒い煙として摂取、獲得することによってホルダーとなった人間の体は驚異的なスピードで『変質』を始めているということを」


「あ、ああ。確か先週もらった報告書にそのような記載があったな」


「現在はさらに『レベルが高ければ高いほどその傾向が顕著に現れる』という客観的事実もわかっています。検体(・・)は多いですからね。日進月歩の勢いで研究は進んでいますよ。五感のどれにも該当しない『魔力を感知し運用する』ことで脳神経回路の異質な発達があったことも最近分かりましたし、ナイトヘッドと呼ばれている常に眠っていた脳細胞が覚醒したこと、さらには脳が休憩に要する時間は短縮化が可能になるのと同時に必要睡眠時間も大幅に短くもなっていることも科学的に明らかになっています。具体的に例を挙げると思考速度の高速化。超高精度の空間把握能力の獲得。神経伝達速度の異常な上昇。強化されるはずのない視力や聴力の哺乳動物の限界を超えた向上などなどです。それらが無自覚に、無意識のうちにホルダーの脳内では起こっていることは驚愕という他ありません。まあもちろん聡い人間は私達と同じように大なり小なり変化には気づいているでしょうが」



 迷宮庁の長である男は妙に熱が入り始めた研究者を一度落ち着かせるために口を挟もうとした。



「……」



 しかし言葉が出てこない。赤岩はその瞬間、眼の前に座るかつての部下の論説に確かに圧倒されていたのだ。


 そんな周りの様子など露知らず、桜庭は語るのを止めようとはしなかった。



「ホルダーの能力による発達は脳神経系だけには留まりません。身体への影響だってもちろんあります。人間が耐えうる空腹と渇きの限界が取り払われ、それに伴う排泄行為が減少した点が分かりやすい変化でしょう。長官の疲労はほとんどが心労によるものでしょうから参考外ですがね」


「ホルダーになることで歩行が困難であった老人は走り回れる身体と若さを取り戻し、子供の成長曲線はより速く急激になり、果ては重度の後遺症が残るほどの負傷を何度も何度も治すことによって、もとより備わっていた自然治癒力が驚異的なほどに発達したという例もあるんです」


「今やホルダーの一部は核攻撃や生物兵器にすら対応し始めています。これまでに開発されたあらゆる大量破壊兵器よりも殺傷能力があったとされる四番目(フォースブラッド)の【即死魔法】を攻略した少年Cのように。そんなホルダー達は人的資源としてどのように運用が可能なのか、赤岩室長には何か具体的なビジョンがあるんですか? 」



 桜庭はそう最後まで言いたいことをまくし立てた後、イスにどっかりと座り直した。メガネの位置を直しながら。


 すっかりあっけに取られていた赤岩は深く息をついた後に重々しく口を開く。



「つまり……城本剣太郎を研究したいから連れてこいと言いたいわけか? 」


「もうそこまで察してくれましたか! そのとおりです! さすが。長官は話が早くて助かります! 」


「お前……自分が何を言ってるのかわかってるのか? 」


「もちろんです! 物理世界では現状世界最強の力を持ち、どういうわけか(・・・・・・・)迷宮庁に反感を持っているらしき少年Cになんとかして(・・・・・・)協力してもらうんですよね? 」


「……口で言うのはたやすいな」


「いくら六大クランと言っても私たちにさほどの権力(ちから)はありません。そこはやはり赤岩長官の領分でしょう」


「省庁にだって出来ることと出来ないことの差はあるぞ? 」


「何を言ってるんですか? そのための『彼女』なんでしょ? 」



 舌戦をしかけた赤岩はそこでとうとう降参することを表明するように、両手を上げた。



「まいったな。相変わらず耳が早い。捜査班、顔負けだ」


「長官にはとても及びませんよ? 」



 本人のいないところでそんなやり取りがなされていることを、蕪木と対峙していた城本剣太郎はもちろん知る由もない。


 ただ複雑に絡み合った状況は、限定ダンジョンの発生と共に着実に大きく動き始めようとしていた。



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