表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/558

院内交渉

「案外元気そうですね? 」


「バカいうな。ボロボロだっつーの! 」



 マサヒラは自分の大声が傷に響いたのか、痛そうに腹をさする。



 ここは【野良犬同盟】からほど近い大学病院の個室。


 あの限定ダンジョンからの戦いが終わってから丸一日がたった今も侍はこうしてベットに横たわり入院しているのだった。



「でもやっぱり無茶ですよ。あの刀でできる大怪我を『下級回復薬』だけで乗り切ろうなんて」


「そんなもん俺だってわかってるさ。本当のところ上級回復薬……いやせめて中級は持っておきたい! でも懐事情的に手が出なくてだな……」


「それで病院送りになるんだったら意味なくないですか? 」


「フッフッフッ……聞いて驚け、剣太郎。なんと公認ホルダーなら迷宮内で負った傷の治療の全てに健康保険が適用されるんだなぁーこれが! 」



 そう得意げに笑うマサヒラに心配していた俺の方は深いため息をつく。



「呆れました。アンタ……その口ぶりだと安上がりだからって何度も何度も病院頼りに迷宮で無茶してきたでしょ? 」


「……うっ」



 微かに聴こえた誰かさんのうめき声。案の定だった。



「マサヒラのことを心配してくれている人はちゃんといるんですから……あまり命知らずなことは辞めておいた方がいいですよ? 」



 我ながら会って一週間も経っていないこの人に随分遠慮が無くなってきてる。どこか他人のようには思えないからだろうか? 誰かに雰囲気が似てるんだよなぁ。



「いやいや……俺にそんな人はいねーよ! ……そうだ! 剣太郎が心配してる人第一号になってくれても……」


「馬鹿みたいな冗談で誤魔化したって無駄ですよ。じゃあ……そこにある『小綺麗なお花』はなんなんですか? 」



 俺の指差す先、ベットの脇の机の上には派手すぎず病室の色にもマッチしたプリザードフラワーが飾られている。



「ああ……コイツは咲良が――」


「へぇー? 咲良さんが? 」



 これは驚いた。あんなにいがみ合っておいて結局仲は良いのか。大人同士の関係性って奴は俺にはよくわからん。



「か、勘違いすんなよ! マスターの見舞いをアイツが替わりに持ってきてくれただけだ! 」



 まるでツンデレのようなセリフを吐くマサヒラ。少し楽しくなってきた俺はついつい彼をイジってしまう。



「案外隅に置けないんすね? マサヒラさんも? 」


「違う! それだけは勘違いだ! 」


「あははっ! 」



 包帯で巻かれた腹部を抑えながら必死に釈明しようとする侍の苦渋に満ちた顔はとてもおかしくて、ついつい声を上げて笑ってしまった。


 そんな俺を見てすっかり不貞腐れてしまった侍は口を尖らせてしまう。



「それで!? 今日はなんだ? まさか俺を茶化しに来たとか言うつもりじゃあ無いだろうな? 」



 マサヒラの仏頂面での指摘に俺も声のトーンを真面目なものに切り替えて、今朝あったことを報告した。



「……ハイ。GCAの鬼川がついさっき、【管制官】に連行されていきました」



 その知らせを聞くと侍は静かに深く頷いた。



「そうか……まあそうなるよな。さすがに」


「あともう一つ伝えないといけないことがあります」


「ん? まだ何かあるのか? 」


「それは――」



 俺が『もう一つの事情』を言いかけたその時、扉を叩く音が言葉を遮る。



「すいませーん。ちょっと今は知り合いが来てるんで後にしてもらえますか? 」



 マサヒラはノックしたのは病院に務める看護師だと思ったようで、入ってくるのをやんわりと断ろうとした。


 だがしかし



「すまない。このまま失礼する」



 横開きのドアを叩いた人物はそれでも入ってきた。


 入口に立っていたのは黒いシャツに黒いスラックスという出で立ちの少し威圧感のある男だった。歳は30後半から40代といったところだろうか。筋肉のついたすらりとした身体は一目で鍛えていることがわかる。ただ堅物そうなその顔も名前も俺は知らなかった。


 ただ



「アンタは……! 」



 どうやらマサヒラはこの人のことを知っているようだった。



「訪問するということは事前に連絡をしていたはずなんだが……もしかして聞いていなかったか? 」


「な、え? わっかんね……どういうことだ? 」



 マサヒラは混乱を隠せないといった様子で後頭部をかいている。


 あれ? もしかしてこの人……マサヒラに伝えようとしたもう一つの……。



「あの……すいません? 」


「なんだ? 」


「貴方が俺たちに謝りに来るって言っていた『GCAのリーダー』ですか? 」


「そうだ」



 ようやく納得できた。道理でこの人……レベルが97もあるわけだ。



「俺の名前は蕪木礼一(かぶらぎれいいち)。GCAというクランの代表を務めさせてもらっている。今日は君達二人に部下の不始末を謝りに来た」



 口ではそう言う男の目には明らかに謝意以外の何かがあった……気がした。



「蕪木さん……急にここまで押し込んで来て、謝りたいって言われてもなぁ。こっちもハイそうですかって首を縦にはふりずれーよ」



 マサヒラもそのことを感じ取ったのか敬語は使いつつも刺々しい態度を取る。


 一方のGCA代表は侍の剣幕に一切怯むことはなかった。



「言い訳はしない。いや、出来ないと思っている。完全に俺の管理不行き届きが招いた結果だ。賠償金も払おう」



 男はあくまで冷静に理性的に謝罪をして、さっさとこの件を終わらせたがっているようだ。



「端金で適当に示談にしようって魂胆何でしょうがそうも行かせませんよ! 」



 他方、マサヒラはそう簡単にいかせるかと言った様子で唾を飛ばす。



「こちらは君達の希望額を払おうと思っている」



 それでも蕪木は折れない。



「なら5000兆だ! 5000兆円もってこい! 」



 マサヒラも負けじと吹っ掛ける。


 にらみ合う両者の議論は平行線を辿っていた。



「まあまあ、マサヒラ……少し落ち着いて」



 仕方がない。俺が間に入ろう。



「なんだよ剣太郎! こんな連中を庇うってのかよ! 」


「まさか! 俺だってこの人達に良い印象は全くないですよ? 」


「ならよ! 」


「でもマサヒラ……本当にこの人からお金をもらいたいんですか? 」


「んなんけあるか! コイツらの汚い手段で稼いだ金を恵んでもらうなんて死んでもゴメンだね! ……………あ」



 語るに落ちたな。まあ、そんなところだろうとは思っていた。恐らくマサヒラはこのGCAってクランを可能な限り困らせてやろうとしただけなんだろう。


 この連中から金を受け取って謝罪と口封じを受け入れることなんてこの侍が一番嫌う類の所業であることは、付き合いの短い俺からしても明白過ぎた。



「それで、マサヒラ……どうします? 」


「もういい! 俺はもう二度と! そのクランと関わらないって決めた! あとは剣太郎の好きにしてくれ! 」



 再びした質問に対して、そう宣言したマサヒラはふて寝をするように掛け布団を頭から覆いかぶさってしまう。


 これは当分起き上がる気は無さそうだ。



「これは……出直したほうがいいか? 」


「かもしれませんね……。それにしてもよくこの病室まで来れましたね? 」


「そこはGCAの力だ。俺の人脈と名前で無理矢理面会をねじ込んだ」



 俺の軽めの皮肉はこの男には通じないみたいで、逆に開き直られてしまう。



「さすが都内随一のクランのトップですね……ああ随一じゃなくて『唯一』でしたっけ? 」


「ああ。迷宮庁から信を置かれたクランは都内だと我々だけだな」



 この人……厄介だな。わかりやすく、扱いやすかった鬼川とは大違い。そう簡単には隙も見せてくれない様子だ。



「へぇーそうなんですか。凄いなぁ。じゃあそんな凄いクランに一つ頼みたいことがあるんですよ。聞いてくれますか? 」


「なんだ? 君達への謝罪の意思を示すためなら我々にできることは何でも(・・・)するつもりだ」



 ただこの蕪木って人、この事件をどうしても穏便に済ませたいのは確からしい。


 ならそこに隙はある。



「お? 今、『何でも』って言いましたね? じゃあ【迷宮庁】と懇意にしているというGCAの代表である蕪木さんに一つ頼みがあります。【迷宮庁】に大きな動きがあったら俺に全部教えてください」



 俺がそう言い放った瞬間の蕪木の百面相はとても見応えがあった。


 困惑。驚愕。苦悶。苦痛。反省。後悔。


 GCAリーダーは様々な感情を去来させた後、確かに首を縦に振ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ