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最後の一撃

 小さな空間の中で木霊する粉砕音と風切り音。音の発生源は城本剣太郎。バットを片手に文字通り目にも止まらぬ速さで動き回り、赤い人型を復活しかける端から叩き潰していく。


 一方マサヒラは鬼川の奴隷の女性と作戦を立てていた。



「音の反響? 」


「はい……。エコロケーションって知ってますか? 」


「たしか、コウモリが使うやつだよな? 」


「大体同じ原理で……私の【音響操作】を使えば10体目の位置も分かる……と思います」


「いいじゃねぇか! なら今すぐ使ってくれ! 」



 希望を見出だし表情を明るくする侍。他方、奴隷の女性は暗くうつむいた。



「でも無理なんです。私ダメなんです。人が多くて、沢山動き回っている場所だと……役立たずで……知ってます? 人ってすごく『音』を吸うんですよ! 」



「あー……そうなのか……? 」



(なるほどな。だからそこまで自信なさげだったのか……奴隷落ちしちまったってこともあるんだろうが……)



【奴隷作成】スキルと【奴隷】。21世紀の日本には余りにも似つかわしくない概念と名前である。だがしかし、現代の倫理観としては一般的な拒否反応と嫌悪感を露骨に示した剣太郎と違つて、マサヒラはそれがさほど珍しい存在ではないということを知っていた。


 ダンジョンによる一攫千金が可能になった現代社会。ますます貧富の差が広がった日本では幸運と実力と才能があった一晩で財を成す一部のホルダーたちに憧れる者は少なくない。


 そこで横行したのが、法外な値段を貸すホルダー向けの消費者金融と耳に聞こえのいい情報商材の数々だ。反社会的勢力がバックについた、その類の悪徳ビジネスは大量の儲けと引き換えに債務者という名の被害者を山ほど生み出した。


 名前を奪われ、主人に使役される【奴隷】はそんなホルダー達の末路の一形態。もちろん違法ではあるが。



(なんとかしてやりてぇな……自信を取り戻させてやりてぇ……)



 そしてかくいうマサヒラも悪意ある人間に金を騙し取られたホルダーの一人。鬼川の奴隷達に共感と同情を覚えられずにはいられないのだった。



「なあ? それ以外の条件は問題ないんだよな? 大きさとか、材質とか」


「はい! それは、もう完璧です! この空間は限りなく拡散音場に近いので! 室の大きさも今なら」



 サムライの言葉に彼女は一転、表情を明るいものにした。そして今度は反対にマサヒラの顔が曇り出す。



「問題は人型を倒すために動き回っている……剣太郎自身なのか……」



(赤い9体の復活阻止を取るか。リスクを冒してでも復活する連中を放置し音場を安定させて、透明な1体を確実に倒すか)



「ええっと……はい」


「そうか……」



 押し黙るサムライに名を奪われた女性は思わずといったそぶりで質問した。声を『畏れ』で震わせながら。



「あ、あの……何者なんですか? し、城本くんって……。何で魔力無しであんなに強いんですか? 速さも。やってることも。レベルも。全部ヤバ過ぎないですか? 」



 それは『順位持ち(ランカー)』と呼ばれるホルダー達を見た時の一般的な反応の一つ。自分では理知が一切追いつかない理外の強さに人は安心よりも先に恐怖してしまうのだ。


 特に剣太郎はランカーの中でも最強と目される存在。少年の性根を知らない人間が彼の戦いぶりを見て恐怖するのも当たり前の話。だからマサヒラは彼女を安心させるために話を変えた。



「……確かにやべー。だけど今は考えなくていい。んなことよりも剣太郎が動きを抑えられれば。アイツの負担が減れば……見つけ出せるってことだよな? 」


「は、はい! ……多分……ですけど」



(第三の選択肢をとるためには……ここだな。俺の勝負所は)



「オッケー。じゃあ使う準備をしておいてくれ! 」



(分からねえ。本当に俺にやれんのか)



「剣太郎!? 」


「なんですか!? 」



(でも……俺がやるしかねぇ……!! )



「『3体』、俺に預けてけれ(・・・・・)


「……え? 」



 何を言っているのか分からないという剣太郎の声をマサヒラは半ば無視しつつ、腰から刀を抜き放つ。



「刃よ我が血を吸え! 【切腹剣(せっぷくけん)】! 」



 さらにサムライは意味不明な口上を大きく叫びながら何を思ったのか、マサヒラは紫の刃を自分の腹に突き刺した。


 腹から血をゴポゴポと垂れ流すマサヒラを視界の端に捉えていた剣太郎は言うまでもなく驚いた。



「……ッ!? 」



 それをサムライは息も絶え絶えに制する。



「大……丈夫、だ! 剣太郎は敵に集中しろ! 」



 もちろんマサヒラの頭が狂ってしまったわけじゃない。この唐突な切腹はサムライの持つ『刀』に隠されている。


【切腹剣】。彼がホルダーを狙った詐欺グループにまんまと騙されて購入した一振り。製造日も作成者も不明の謎だらけの代物だが唯一わかっている性質がある。


 それは使用者自身を蝕む、『呪い』の武器であること。


切腹(・・)剣】は名前の通り、自らの腹を切り裂き、血を吸わせることで絶大なステータス倍率補正を発揮するというもの。



「行くぞ! 赤いの!! 」



 腹部から血を垂れ流しつつ、マサヒラは刀を低く構えて突進した。


 実現したのは魔力を封じられた本気の剣太郎の半分に勝るとも劣らないという、凄まじい速さ。


 音速を軽く突破したマサヒラの刃は一撃で復活間近の3体の人型を解体した。



「マサヒラ! 」


「へっ……騒ぐなって……こんくらい……当たり前だ……」



 マサヒラの言葉は決して強がりではない。本心からの発言だ。それもそのはずで切腹剣の使用時の効果は【刀剣術】のスキルレベルが30を超えていさえすれば魔力以外の全ステータスを『9.99倍』するという、切腹しなければならないという点に目を瞑れば破格すぎるもの。


 呪剣を使う前と使う後ではマサヒラは文字通り別人であった。



「っし……今だ!」


「……【音波検知(シーク・ソナー)】」



 そんな侍の力強い声に後押しされた名無しの女性はスキルを使用。水面に小石を落としたときのような女はある一点を指さした。



「あそこです! 」



 最初に反応したのは剣太郎だった。すぐさま指し示された場所まで飛び、一切ためらわずフルスイング。



「ギ! 」



 少年の即断即決の行動は見事大当たりを手繰り寄せる。



「やったか!? 」



 赤い着物をさらに赤く染め上げながら喜びの声を上げるマサヒラ。しかし剣太郎は先ほどよりもより一層顔をしかめた。



「まだです! 予想通り、透明なやつには反撃能力は無いが想像の何倍も硬い! あと何発か……もしくは芯で捉えないと……! 」



 つらく過酷な挑戦は始まった。6体を剣太郎が、3体をマサヒラが担当し最低限の動きで復活を阻止。


 直後にソナーで位置を判定、攻撃。この繰り返し。



「くっそ! 透明な奴、速くなってんぞ! 」



 10体目は透明化した上で重力を完全に無視した動きで四方八方を飛び回っている。


 壁の四隅。


 誰かの頭上。


 床の中心。


 姿が見えないということを最大限活かした大胆な戦略で常に、迷い込んだホルダーたちの思考をかき乱し続けていた。


 そして10体目に攻撃をし始めてから5分が経過する。



「右上! 」


「頼む! これで……! 」



 しかしマサヒラの願いはいつまでたっても届かない。無常にも刀は10体目を空振りする。



「だぁーくそっ! すまねえ。また最初からだ……! あと15分……気張るぜ剣太郎! 今度は…………剣太郎? 」



 声をかけても反応がない。そのことにサムライはさっと青ざめた。これまで渾身の力で戦い続けていた剣太郎にもついに限界が訪れたのかと思ったからだ。


 しかし



「まさか……」



 現実は侍の予想を上回る最悪なものだった。



「どうしたんだ? 」


「マサヒラ……俺たちは勘違いしてました。1時間が制限時間だと」


「いや……そうじゃねーのか? 」


「違います。1時間で終わるのはこのダンジョンそのもの(・・・・)だけ」


「だから……それは! 」


「つまり1時間はこの部屋に『一部の隙間』もなくなる時間なんです! 収縮する速度から見ても間違いないです! 」


「それが……なにか……ッ!! 」



 出血する腹を抑え、怒りを我慢していたマサヒラは何かを察したようにハッとする。剣太郎は言葉を失うサムライの言葉を引き継ぐように説明しきった。



「そうです。僕らに残された時間はもっと少ない……『俺達自身の大きさ(・・・・・・・・)』をダンジョンは考慮していなかったんですよ! 」


「じゃ、じゃあ最期は……」


「寿司詰めになったお互いの身体で『圧死』……ってところだと思います」



 赤い人型の定期的な復活の直前にたどり着いた限定ダンジョンに隠された罠。


 思考は停止しかけ、絶望が脳裏をよぎる。


 今や限定ダンジョンの大きさは少人数用の教室ほど。かなり手狭になったこの真っ白な空間が10数人ですし詰めになった時が本当のタイムリミット。


 大きさが小さくなればなるほど10体目の隠れ場所は少なくなっていく利点もあるが、反面、剣太郎たちは周囲を気にせず自由に動けなくなることも事実。


 とどのつまり。



「時間はもうありません。次の一回が勝負です」



 この瞬間は間違いなく誰もが膝から崩れ落ちる状況だ。しかし剣太郎まだ希望も勝機も諦めてはいない。マサヒラは少年の力強い目つきを見て声には出さず、1人得心していた。



(そうか……剣太郎は……俺が感謝し、憧れていた『金属バット』は……ずっとこんなギリギリの状況で戦っていたんだ)



「そろそろ復活の時間です。マサヒラは右の3体をお願いします」



(そりゃあこんだけ強くなるわけだ……伝説って呼ばれるわけだ……そんな奴が……そんな人が……俺達のために戦ってくれている)



「ならよぉ……全部捧げねえと……俺も全てを賭けねぇと割が合わねぇよな……? 」


「マサヒラ? 」


「剣太郎」


「はい」


「これで決めるぞ」



 侍が力強い決意の言葉と共に、懐から取り出したのは一本の小瓶。



「……それはッ! だめだ! マサヒラ! 」



 剣太郎は鑑定せずともビンに入った液体の正体(・・)を知っていた。



「うおおおおおおおおおおおお!! 」



 侍は全身の『高揚』と腹部の『激痛』に耐えかねて吠える。



(【切腹剣】で約10倍……そしてコイツでさらに倍!! )



 能力増幅剤。剣太郎も以前使ったことのある服用したものの基礎能力を5分間の間倍化する最強のドーピング薬。しかし5分が経過するとその後10時間の間一切ステータス補正がなくなってしまう。


 さらにこの劇薬はレベルが高い人間が服用すると深刻な副作用を誘発するリスクがある。基準は成長限界であるレベル50。50以上の人間が飲むと上手く効能が作用しないばかりか、後遺症、歩行障害、脳への治癒不可能なダメージ、最悪……『死』に至る。



「俺が6体だ、剣太郎! だから残り3体と10体目はお前に!! 」



 だがそのことを知っていながらマサヒラは飲み、侍の覚悟の深さを剣太郎も感じ取る。



「【刀剣術】……『深紅閃刃(しんくせんじん)』!! 」



 マサヒラは床面が爆発したように飛び出す。素早さだけは現在の剣太郎にも匹敵するステータス。暴れ馬と化した自分の身体を必死に操作し、マサヒラは腰だめに引き絞った刀を斜め上に振り上げた。



『――――――――!! 』



 迸る鮮血のような赤い斬撃。音速を遥かに超過した素早さで切り裂かれた人型はバラバラと崩れ落ちる。


 同時に剣太郎も3体の復活を阻止した。




「そこ! 」



 音使いが最後に指さした方向はまさかのマサヒラのすぐ近く。さらに侍は無茶な強化をしたせいでうずくまってもいる。反撃を一切せずに逃げ続けた10体目がとうとう攻撃に転じた瞬間だった。


 マズイ。


 そう、その場にいる誰もが思った。



「【仮面変化(マスクチェンジ)】」



 ただ1人、城本剣太郎を除いて。



「キシャァァアア――――!!! 」



 機敏。


 迅速。


 速攻。


 瞬殺。


 神速。


 この世にあるありとあらゆる速さの表現を超え、光の速さにすらにも肉薄した剣太郎の一撃は『Lv.149 レッド・アペリオリストス・レギオン』の小さな身体を粉々に粉砕する。


 その瞬間の残り時間は10分。空間のサイズは大きめのエレベーターほど。


 間違いない。薄氷の上の勝利だった。


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