限定ダンジョン:最終処刑室
マサヒラは俺のつぶやきを聞いて青ざめる。『何を言っているのかわからない』と言いたげにかぶりを振りながら。
「剣太郎? それって……? 」
「絶対におかしいです! さっきはこんなに天井が低くなかった! 」
「……ッ! マジか!? 」
「マジです! 壁もちょっとずつ動いてます! 」
【鑑定】スキルの技の一つ。『迷宮鑑定』も使った結果その確信を得た。
動く壁。落ちる天井とくれば末路の大体の予想は嫌でもつく。
「このダンジョン……俺たちを押し潰す気だ! 」
考えうる上で最悪のシナリオ。
経験したどのダンジョンをも軽く超える悪意の集合。
魔力が封じられている今の俺ではダンジョンそのものを破壊するのはさすがに不可能だ。
「倒し切るしかない! 」
制限時間は丁度、あと半分。殺るか、殺られるか。勝負だ! 限定ダンジョン!
「殺ス……皆……殺ス……」
サイズか変化し始めて最初に出てきたの紫の甲冑をまとった重騎士。レベルは126。
身の丈は人間サイズ。武器も取り回しが効きそうな片手剣。なんとも嫌らしいやり方だ。部屋が小さくなることをダンジョンも完璧に把握している。
「勝負だ! 」
「死ネェェ! 」
金属バットと豪奢な剣が正面からぶつかる。
鍔迫り合いからの後退。
即座に突進。
まるで鏡で写したように同じ動き。たまたまか? 思考が同じ……?
「いや……違うな……」
こいつ俺の動きを真似してやがる……!
「時間稼ぎってわけか? 口ではそんなに……好戦的なのによぉ! 」
「殺ス殺ス殺ス殺ス!! 」
回転斬りと思わせてからの、突き。
それを互いに首の動きだけで回避。
空いた手で拳を叩き込もうとすれば、拳同士が衝突した。
「いってえな……耐久力もほぼ同じか」
「死ネ! 」
騎士が持つのは【剣術】スキルのみ。レベル126なのにも関わらずこれほどのステータスを誇るのはポイントをステとそのスキルに全て継ぎ込んでいるからだろう。もちろん魔力は0だ。
「厄介だな」
「斬ル」
「お前は今の俺自身なのか? 」
「斬リ殺ス……」
「だけど武器は……俺のが上だ」
「殺……ス!? 」
驚いたか? そりゃあ驚くよな。いきなりバットを投げつけられたんだから。それに避けられるタイミングでもない。【投擲術】を使っているから威力も十分。
「ギャ! 」
狙い通り甲冑を砕き、顔面にめり込む俺のバット。即死だ。
そして奴はもちろん消える前に俺を真似ている。
「剣太郎!? 」
マサヒラの心配する声が聞こえた。まあそうか。投げつけられた剣を避けずに顔面で食らったんだもんな。心配もするか。
「大丈夫。こっちは無傷だ」
丁度、そう返答したタイミングで俺の額に突き刺さろうとして逆にへし折られた片手剣が黒い煙へと変わっていく。鍔迫り合いの時に根本を集中してぶつけた成果だ。手段は分からないが完璧に同じ動きをしてくれるのが逆に助かった。
「間に合うか? 」
騎士との戦いでの経過時間は一分。『奥の手』を使えば、あと50体は倒せそうだが不安なものは不安だ。
さっきよりも一回りも小さくなったように見える部屋の中心に立ち、拾ったバットを構える……のと同時
「え? 」
「お? 」
「あ? 」
眼前に表示される。『残り10体』の文字列。
恐らくは限定ダンジョンからのメッセージだ。
「マサヒラ? 」
「俺も見た。鬼川、テメェは? 」
「……僕もだ」
俺も。私も。アタシも。僕も。
肯定の声が重なる。どうやら12人全員が目撃しているようだ。
「なにかの罠かもしれない……マサヒラ! 『刀剣結界』を! 」
「オッケー……でも持つのは――」
「――1分ですよね? 」
こっちがスキルを勝手に盗み見たのにも関わらず、マサヒラはなんの疑問もなく俺の指示に従ってくれる。
ありがたい。
でも恐らくはここだ。残り10体だと俺たちに油断させたこの瞬間が……
「あ」
それは誰の声だったか。
マサヒラか。鬼川か。鬼川の仲間か。はたまた鬼川の奴隷か。
分からない。もしかしたら俺自身かもしれない。
ただ声は出た。恐らくこの場にいるに全員の心の中でも。なぜなら見てしまったから。
白一色の空間の四方を埋め尽くすように現れた赤一色の人型を。
「【仮面変化】!! 」
ここだ。ここしかない。奥の手を使うなら!
[魔力]を[力]と[敏捷力]に振り分け。
左手で顔を覆い、バットを担ぐように構える。
倒れるような前傾姿勢から一気に加速。
すれ違いざまにバットを袈裟に振り下ろす。
「1体目」
勢いそのまま壁を蹴る。
硬い壁は俺の体を逆向きに跳ね返す。
着地するのは反対の壁。
赤い人型ごと踏みつけた。
「2体目」
すぐ側にはこちらに背を向けているのが一体。
「3体目」
一体はこちらに気づいて突っ込んでくる。
リーチはバットを持つ俺のほうが上。
「4体目」
ちょうどそのころ。刀を構えて静止するマサヒラに赤い4本の手が伸びている。
「……させない」
マサヒラと俺の間に立つ、10人を回り込む暇はない。
低くなった天井を使い距離を短縮。
頭上からの奇襲に人形は無力だった。
「5体目……6体目」
最後は一気に攻めてきた。
四方八方から伸びる赤く鋭い指。
手刀の形。
俺に突き刺すつもりなんだろう。
「【投擲術】」
だから虚を突く。
多勢に無勢、一対多は各個撃破が基本。
「7体目」
作戦はまんまと成功する。
まあ当たり前だ。
向こうもまさかこの状況で俺が武器を手放すなんて欠片も思っちゃいない。
「「……!! 」」
目の前で一体を潰された人型は挟撃することを選択する。
【棍棒術】が消えステータスが落ちた俺を今度こそ潰そうとしてきたんだ。
さらに俺はスキル維持のため片手を使えない。
「想定通りだ」
両手を広げ、左右の手を掴む。
のっぺら坊の人型が目を見開いた感覚を察知。
一方の俺はスキルが切れ、身体が一気に重くなる。
「……ぐッ! 」
今の俺が頼れるのはステータスだけ。2体の人型をこのまま振り回し、叩きつけられるような出力は無い。
「……ふっ」
だから婆ちゃんの教えを思い出す。
息を短く吐き、脱力。
大車輪の回転の要領で体を捻りあげる。
両手は人型の手を握りながら。
「「!? 」」
2体の突進の勢いはそのまま俺は回転。
その流れに逆らわず、さらに回転。
人型は俺を軸にしてすれ違い、左右が入れ替わる。
「はぁ! 」
そして手放す。
硬い白い壁に向かって。
加速した人型は止まれない。
自らの速さでそれぞれ自滅した。
「8体目……9体目……最後は!? 」
マサヒラの方を振り返り、位置を把握できなかった10体目の場所を聞く。
「わからん。気づいたら剣太郎が皆倒していた」
「そんな……9体……だけ? 」
何か違和感がある。ダンジョンがあえて一体を残す意味がわからない。
「【索敵】は使えないんだよな……」
「なあ俺達も……」
「ダメです。まだ、動かないで」
何度も首を振って純白の部屋の中を確認するが、11人のホルダーと真っ赤な人型以外は何もない。
ただダンジョンは先程よりも確実に狭くなっていた。
「あと25分あるな。どうする? 剣太郎」
「待ってくれ。もう少し俺に時間を――……!! 」
その時、気づいた。
大きな大きな見落としに。
「オラァ! 」
驚いている暇は無い。行動は即断即決。
床を蹴り上げ、落ちたバットを拾い上げ、渾身の一撃を打ち込む。
『真っ赤な残骸』に。
「け、剣太郎? 」
困惑するマサヒラの声を今は無視して二撃目を加える。さらに3撃目。4撃目と繰り返し上げては振り下ろす。
「なあ剣太郎! 俺にも教えてくれ! 一体お前は……」
「おかしい! 絶対におかしい! 俺はこいつらを倒したはずなんです! なのになんで黒い煙にならないんだ! 」
「あ! 」
「考えられる可能性は2つです! こいつらが未だに生きているのか……もしくは……ッ! 」
その時、俺は確かに感じた。
10体目の気配を。
だけどどこにいるのかはわからない。まさか透明なのか!?
「マサヒラ! それとGCAの人! 今から……」
俺が指示を出そうとした矢先
「「「「「「「「「ギ」」」」」」」」」
9つの軋みが重なった。
「おいおいおいおいおい! 」
「まさか……」
当たってほしくは無かった最悪の想像は的中した。
それは可能性の2つ目。この一体一体がレベル130にもなる赤い人型が姿を表さない10体目のただの『操り人形』だった場合。
つまりは『操り手』を倒さなければ無限に9体の人型が復活してくるケース。
「……やられた」
認めるしかない。
この限定ダンジョンの厄介さ。
この場で俺たちが本当に処刑されかけていることも。