レベル差
訳がわからない。このトンネル跡地で一体今何が起こってるのか? 唐突に発生しているこの現象はなんなのか? 限定ダンジョンとは何なのか? 俺は知る由もないし、見当もつかない。
でも結局はダンジョンだ。人を死に追いやる『何か』であることは間違いない。まずはダンジョンの中に取り込んでくることは明らかだ。沢山の罠とモンスターが待ち受けているに決まっている。証拠に視界の歪みも、地面の揺れも転送の予兆そのままだった。
なら、まずやるべきことは決まっている。
――できるだけ多くの人を逃がすことだ。
ダンジョンの転送時間は速い。文字を触って大体1〜2秒。【魔王の鍵】の操作が必要な上級ダンジョンへの道を開くときでさえも合計時間は5秒もかからない。
今でも忘れない。忘れるわけがない。あの日の後悔。あの日の決意。あの日に抱いた感謝を。木ノ本を上級ダンジョン攻略に巻き込み、責任を取ると断言し、結果俺のほうが救われ、無事脱出することが出来た日のことを。
でも勘違いしてはいけない。うぬぼれてはいけない。
あの上級ダンジョンから二人で脱出できたのは、蛇の女王が油断していたから。ホルダーですらなかった木ノ本が信じられないほど頑張ってくれたから。木ノ本の精神力が俺の想定の何倍も、何十倍も強かったから。
決して俺だけの力ではない。ありとあらゆる幸運が重なり、奇跡的に生き延びることが出来たんだ。俺には悪意渦まくダンジョン内で誰かを守りながら戦う自信は今も全く無い。
だからこそすぐに動いた。判断の時間は一瞬にも満たない時間。迷っている余裕も考えている暇も一切無い。目についた二人を両脇に抱えてひた走り続けた。
あまり効率的ではない方法だが仕方がない。加速した世界の中、自動回復でいくらでも傷つけても良い自分の体ではなく、[耐久力]100か200程の他人の身体を壊さずに【魔法】で扱う自信が俺には無かったのだから。
こうして転送までの時間ギリギリまで人を運び出し続けた結果、40人近くを逃がすことに成功する。他方、俺を含めた12人は予想通り迷宮の中へ引きずり込まれてしまったが。
そして今。
「……【大車輪】」
最初の一体である『カニバルデーモン』を【スキル】と【魔法】無しに打ちのめすことに成功する。
[魔力]は本当に使えない。使えないというよりも感知して、操作することが、この真っ白な空間内ではできなくなっているらしい。【自動回復】が使えないことは少し怖いが無傷で乗り切る他ない。
現状の詳細確認と、今後の方針を決めた俺はこの場にいる全員に釘を差す。
「これから、俺が良いって言うまで絶対に動かないでください」
でないと……動けない。素早く動き回りたい俺自身が。
背後を一瞬だけ確認する。集まった12人の内訳は俺、マサヒラ、鬼川を含んだGCAの6人、最後に鬼川の連れてきた奴隷の男女4人。上はレベル65から下はレベル36まで幅広く、【スキル】も存外に豊富だ。
でも一体目がレベル100であることを考えると、最高レベル70にも満たない彼らに戦闘参加を要請するのはさすがに酷だ。
もちろんホルダーの価値はレベルが全てではない。だけれどもレベルは強さの評価において重要な因子であることも間違いない。
ホルダーに付与されるLv.はそれぞれの現状を表す一番単純で使いやすい『物差し』だからだ。
ステータスの『合計値』と【スキル】や【魔法】の『数』とその『熟練度』に至るまで、どれだけの経験値を要したのか? その合算で評価される数値であるレベルは『大雑把な自分の実力』を示すのに最適な指標。
例えば、合算100ポイントを超えるとレベル5。それが1000ポイントならばレベル10以上といった具合。
さらに忘れていけないのはレベルは上がれは上がるほどに上がりづらくなるということ。
Lv.1からLv.2。Lv.199からLv.200の同じ『一つレベルを上げるだけの作業』でも必要ポイントの倍率は数十万近くの差異がある。
そういうわけでレベルは1つ違うだけで大きな差を生む。特に50以上にもなってくるとその差は顕著に表れる。だからこそ単純比較で30の差がある彼らを戦わせるわけにはいかない。
やるしかない。【魔法】も、ほとんどの【スキル】も封じられようと。俺がやるしかないんだ。
気合は十分。体力も満ち溢れている。俺の一時間の戦いの本当の始まりは
「さあ、来いよ!! 」
この瞬間から始まる。
「オラァ! 」
「ギャッッッ! 」
もはや懐かしいどころか、覚えてすらいない。手に持ったバットだけが頼りの戦いを。
ステータスのぶつけ合い。残されているのは身体と武器。それ以外は存在しない純粋な戦闘。思えば最初は下山トンネルでハウンドドッグを打倒したのが俺のホルダー人生の始まりだった。
「うおおおおおおお!! 」
「愚巍ャァ饜!! 」
あれから随分と色々あったがまだ半年も経っていない。その事実に俺はいつも自分で驚かされる。本当にこの数か月は一日一にが濃密だ。
「逃がすか! 」
「ゴォォオオオ―――――! 」
そして現在の俺はレベル3桁を超えるモンスター相手にステータスのみで渡り合えるまでに至っている。
「食らえ! 」
「ア”ァァア”ア”ァァア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”! 」
[力]が高いモンスターには押し合い。
[敏捷力]が際立ったモンスターとは競争。
[耐久力]が強みのモンスターとは正面からぶつかりあう。
「コレが……剣太郎の戦い……」
「『金属バット』……か」
爺ちゃんがくれたバットを一度振るえば、モンスター達は端から掻き消えていく。全身の筋肉を連動させ、回転し、絶えず動きながらリズムをつくっていく。
「これじゃあ切りがねえ! あと何体なんだ!? 」
けれども俺の体力は無限じゃない。何十、何百と連続して戦ったせいか、息は明らかに上がっていた。どうやら最近は【魔法】に頼り過ぎていたらしい。
「既に……20分も経ったのか? 」
この限定ダンジョンは一時間以内に全てのモンスターを倒し切ることを侵入者に求めている。但しその数は指定されていない。ただ『全て』とだけ表示されている。
終わりの見えない作業程辛いものは無い。押しつぶされない様に俺は無心でバットを振るい続けた。だがこの限定ダンジョンの悪辣さはここからが本番だった。
「5体同時……? 」
出し惜しむように一体ずつ出し続けてからの、不意打ちの複数投入。
「もう次が……出てくるのか? 」
明らかに速くなっていくモンスターの生成ペース。
「レベルもだんだん上がっていくのか……」
当然のごとく敵の強さも比例して上昇した。
そのような追い打ちが適切に一番嫌なタイミングで襲来する。限定ダンジョンは間違いなく迷い込んで来た者の身体だけでなく精神も追い詰めようとしていた。
そんなこんなで制限時間が半分を経過したその時、とある違和感に気付く。
「……この部屋……こんなに…………狭かったか? 」
「え? 」
その日俺は知ることになる。
人間を『壊す』ことだけに特化した史上最低最悪の迷宮の存在を。