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鬼川の裏

 朝。今日も昨日に引き続き曇り一つない日本晴れ。



「驚いたぜ。お前らがここまで執着するなんて」



 そんないい天気だっていうのに、【野良犬同盟】の雑居ビルの入口に漂う空気は最悪だった。



「僕だってこんなところに来たくはなかったさ」



 再び現れたのは昨日と全く同じ服装、髪型をした鬼川率いるGCAの一部隊。



「なら帰れよ」


「僕には引けない理由があるんだ」



 一見、前と全く同じように映る男の顔には疲労の色が濃く浮き上がっている。


 マサヒラはそんな様子にため息を吐きながら、俺に耳打ちをしてきた。



「マジで予想外だぜ。GCAの奴ら、随分と剣太郎にご執心みたいだ」


「どうします? 」


「無視する……ってのはどうだ? 」


「いや、そういうわけにもいかないようですよ? 」



 俺が答えるのとほぼ同時に、空に向かって合図する鬼川。するとゾロゾロと両脇の建物から湧き出でてくる人、人、人、人の群れ。服装も年齢もバラバラな男女が集合し、鬼川の手勢はあっという間に50人を超える大所帯になった。



「どういうつもりだ? ……鬼川! 」



 目を剥いて怒るマサヒラ。



「君達には確実に一緒に来てもらう。これはその意思表明だ! 」



 鬼川は自分の意思の固さを、集めた人数で誇示してみせた。


 マサヒラはそんな必死な男を嘲笑う。



「レベル10から20ってとこか? はっ! 随分と頼りになる味方じゃねーか」


「言ってろ。直に分かる。僕はもう……手段を選んではいられないんだ」



 ほとんど寝ていないように見える鬼川はその程度の口車には乗ってはくれない。二人の衝突はもはや免れえないようにも見えた。



「雑魚を何人集めても同じだ! デカいクランの末端の末端の成長限界でヒーヒー言ってるような野郎が、粋がってんじゃねぇよ。俺が纏めて相手シてやらァ! 」



 ヒートアップした話し合いの末、遂に腰の刀に手をかけ始めた侍に俺は小声で静止した。



「ちょっと待ってください! マサヒラ」


「剣太郎、なんだ!? 」



 俺はマサヒラの問いをよそに、集められた人たちの顔をじっと見つめる。彼らの表情は一様に意思というものが感じられず、かといって人形のようでもない。


 覇気がない。生気が無い。虚ろ。無気力。色々な方法で形容できるその顔に実は見覚えがあった。



「あの集まってきた人達。どうやら少し『特殊な事情』があるみたいです」


「事情……? 」



 小首をかしげる侍を一旦脇に置いておいて、俺は鬼川に提案した。



「少し場所を変えませんか? 」


「城本君。話が早くて助かるよ」



 GCAのリーダーは冷や汗を流しながらも、確かに笑っていた。





 そこ(・・)は朽ち果てていた。古ぼけて、苔むしていて、干からびていた。


 日当たりの悪い開けた場所に横たわっているのは確かにトンネル……その残骸(・・)


 まるで戦火に焼かれ、崩落したかのような風化の度合いでこの手のものには慣れていると思っていた俺でも少しだけギョッとしてしまう。


『近くの人気がない場所は? 』と聞かれて、ここに案内をしてくれたマサヒラはそんな俺に向かって簡単な説明もつけ足してくれた。



「ここは旧見附(きゅうみつけ)トンネル跡地。ダンジョンがいくつも発生し、モンスターがわんさか湧いたたせいで人っ子一人寄り付かなくなった場所だ」


「ダンジョンが? 」


「まあ『色々(・・)』あったんだ。でも全部昔の話。気にしなくていい。そんで? なんだよ? ここでしたい話ってのは? 」



 俺は鬼川たちがしっかりと後をついてきたことを確認してから、ゆっくりと口を開く。



「鬼川さんのとある【スキル】のことです」


「【スキル】? 」


「はい。説明する前にマサヒラに聞きたいんですけど、日本では使用が禁止されている【スキル】や【魔法】が多分ありますよね? 」


「ああ、あるぜ。細かいところまで吟味するとキリがないがな」



 それだけ確認できれば十分だ。


 俺たちのやり取りを黙って見ていた鬼川は諦めたように頭を振った。



「何もかもお見通しってわけか。君が【鑑定】スキルを持っているという噂は本当だったんだな」


「その分だとやはり違法なんですか? ――――【奴隷作成】の使用は? 」


「なに!? 」



 最初に反応をしたのはマサヒラだった。真っ赤な髪を振り乱し、鋭い目つきで鬼川を睨みつける様は今にも飛びかかってしまいそうだ。



「俺にはこの鬼川さんが隠し事が得意な人間のようにはとてもとても見えませんでした。だから『何らかの大きな力を持った集団』によって差し向けられた刺客(・・)とは思えなかったんです。……ただこの人はステータス偽装用の装備を使い、そして【奴隷作成】を持っていました」



 そして俺は集められた虚無感が顔に張り付いた彼らを見つめた。つられて凝視したサムライは全てに得心がいったように叫ぶ。



「ってことはつまり……こいつ等は! 」


「鬼川さんの奴隷です」


「ご明察。彼らは僕を助けてくれるんだ。僕の替わりに苦労し、僕の替わりに働き、僕の替わりに苦しんで、そして僕を楽しませてくれる。もちろんGSAの上層部には内緒でね? 」


「鬼川! どこまでも堕ちたか!? 」


「罵詈雑言暴言結構! いくらでも言えばいい! 城本くん! 君は知らないかもしれないけどね! 君の首には高い懸賞金がかかっている! 情報だけでも纏まった金が手に入るって話だ! 」


「……? 」



 ……? 急になんだ?



「ここからは僕の個人的な事情になるけどねぇ。先日、黒木場のところの賭場で少し羽目を外しすぎたんだよ。人形遊びをしていたら一転、一気に借金地獄さ。そんなときに見つけたのが君だ」



 そこでようやく鬼川の言いたいことが理解できた。



「なるほど……そういうことですか……」



 昨日の優等生の雰囲気はどこにいったか。はたまた俺の目が節穴すぎたのか。鬼川の纏う空気は投げやりで、荒々しいものへと変じていた。



「その時、神様はいると思ったね。君をある場所に連れてくるだけでキャッシュで一発1億だ。これを使わない手はない! 」


「こんの、どクズが! 」



 大悪人の余りにも見苦しい開き直りにマサヒラはブチ切れた番犬のような唸り声を上げる。一方の鬼川は授業を終えた教師のような仕草でヤレヤレと首を振った。



「というわけだ。噂通りなら(・・・・・)君は正義感が強い人物であるはずだし、マサヒラは言わずもがな、甘い奴だ。僕を攻撃するとこの何の罪も謂れもない人間に危害が及ぶことになるのは避けるはずだし、放っておくことも出来ないはずだ」


「……」



 朗々と語られた自分勝手な理論にマサヒラは閉口した。



「だから君たちには大人しく――――」


「嘘だ」



 けれど俺には勿論、大人しくしてやる気は無い。



「……え? 」



 鬼川には今の一言が誰から発せられたものがわからないようだった。


 だからもう一回丁寧に、最初から言ってやる。



「それは大嘘だ、鬼川。【奴隷作成】はそれほど術者に都合良く出来た【スキル】じゃァない。大多数の【スキル】や【魔法】と同じく術者を叩きさえすればそれで終わり。そうだろ? 」



 何があってもいいように魔力は起こしている。徐々に、次第に俺の体温が上がり、周囲の空気が冷えていく。



「随分と詳しいな? 君も持っているのかい? この【スキル】を? 」



 その気配を察知したか、鬼川はとある作戦を実行する。



「なんのマネだ? 」



 それは自分の身体を人質(・・)の奴隷達で囲わせるという姑息すぎるもの。鬼川はそれだけで少し余裕が出てきたのか、急に饒舌になった。



肉の壁(・・・)さ。こうして僕をこの距離で囲んだら君にはもう攻撃手段は――――」


「……無いとでも? 」


「……!! 」



 【石化の魔眼】で身体を固めてやると、鬼川は面白いように動揺し始める。


 そうだ。あの時(・・・)も俺はまずこうするべきだった。



「奴隷に一言も喋らせずに支配する行為は俺の記憶の中の後悔をチクチク刺激してくる。はっきり言って……………………不快(・・)だ」


「ひっ! 」



 鬼川の声にならない小さな悲鳴。隣に立つマサヒラの視線。


 鋭敏になった感覚はそれら全てを感知する。



「昨日は『嫌な【スキル】』を持っているだけだ(・・・・・・・)と見逃した。けれど使っているとなると話は別だ。ましてや違法なんだってな? 」



 魔力を昂らせながら一歩足を踏み出す。



「くっ来るな! コイツ等がどうなってもいいのか!? 」



 人形使いに比べたら、コイツの作戦のなんとお粗末なことか。だけど不愉快さの一点で比べたら鬼川(コイツ)人形使い(アイツ)を遥かに上回る。



「――――【念動魔術】」


「ぐが! がっ! 」


「はっきりした以上、お前の罪は償われるべきだ。だけどその前に」


「が! ぐっ! ァっ! 」


「とりあえず俺の懸賞をどこで見たか。それだけは教えてもらおうか? 」



 全て期待通り。俺が目立った動きをすれば情報は向こうから集まる。だがこの方法は手段を選ばない奴が周囲の関係の無い人を巻き込む危険性もはらんでいた。


 ごめんマサヒラ。そして奴隷の人たち。


 もうすぐだ。もうすぐ全部終わる。



「さあ言え! 」


「言うから! 言うから降ろしてくれえええええええ! 」

 


 鬼川の情けない絶叫が広く、大きく響いた。

 

 空の太陽の光がわずかに陰った。


 ゴーストタウン化した周囲の廃ビルの窓が一枚割れた。


 ちょうどその時。



「――――!! 」


「剣太郎!? 」


「あ? 」



 俺も。


 マサヒラも。


 奴隷の人たちも。


 宙に浮かしている鬼川さえも感じ取った。



「この歪み(・・)は……この揺れ(・・)は……! 」



 直後、余りにも強烈過ぎる魔力がトンネルの残骸(・・・・・・・)から噴き出した。

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