一触即発?
サムライは心の中で大きく舌打ちした。
(厄介なやつらに見つかっちまった……それに……)
「お前ら、まさか剣太郎にも用があるのか? 」
「昨日の黒木場のシマでの大立ち回りの噂は既に広まっている。もちろん我々の耳にも届いてるってわけさ」
「だから……なんだ? 」
「とぼけないでよ? マサヒラ。僕らGCAが強者を常に求めていることを君が一番良く知ってるじゃァないか? 」
(クソッ……この可能性だけを危惧してたってのに……最悪の事態だ。ある程度の実力者や捜索系のスキルさえ持っていれば、この人数からも特定の誰かを見つけるぐらいわけないってことを剣太郎にも伝えるべきだった……! )
苦虫を噛み潰したような表情で6人組を見つめるマサヒラ。剣太郎はそんな彼の着物の袖を引く。
「マサヒラ……あの人とはどういう知り合いなんですか? 」
「前、話しただろ? 都内のダンジョンは今『たった一つのクラン』に牛耳られているってさ。それがあいつら……GCAだ」
マサヒラは渋い顔で吐き捨てるように呟いた。リーダー格の男は見計らったように言葉を継ぐ。
「はい。今ご紹介に預かりました【六大クラン】の一つにも数えられるギフテッドコープスアソシエーション、第24戦闘班班長の鬼川です。どうぞよろしく? 城本剣太郎くん」
自己紹介をしながらも、慇懃無礼に礼をして見せる鬼川に深紅のサムライはますます苦い顔をする。
(GiftedCorpsAssociation……『才ある兵団組合』なんてカッコつけた、キザったらしい名前つけやがって! 似合ってねえんだよ、お前らに! )
「はあ。どうも……はじめまして? 」
頭を下げられた当の本人は困惑しながらも律儀に応答した。
(マズい。このままじゃ鬼川のペース……俺がなんとかしないと……)
「こんな奴に構う必要ねぇって! いくぞ! 」
「まあ待てって。今日は君に用があるわけじゃあないんだよ。話したいのはこちらの城本くんさ」
「あいにく俺が先約だ。ここらのガイドをするっていう大事な大事な用事があんだよ。また出直してこい」
「途中キャンセルは? 」
「受け付けられないね! 」
「それを決めるのは君じゃないよね? 」
「んだと!? 」
両者は態度の違いはあれど、真正面から睨み合った。黒髪の優男と赤髪の獣。二人の間で膨れ上がった魔力が衝突し、火花を生み、通行人は蜘蛛の子を散らすように離れていった。
「まあまあ。マサヒラ。落ち着いて」
剣太郎は間に入ってとりなそうとした。それでもマサヒラの興奮は収まらない。
「なんだよ、剣太郎? こいつをかばうのかよ? 」
彼はよく知っていた。品行方正、清廉潔白、公平平等、迷宮庁に並ぶ第二の治安維持組織を謳うこのGCAが裏ではどのような汚い事案に手を染めているのかを。
「いや俺、この鬼川って人のことも、GCAってクランのこともまだ何も知らないんだぜ? 」
「だかな――」
「――言っただろ? 一旦。『落ち着け』って」
「ッ……!? 」
全身が凍りつく。
(なんだ? )
寝ている時にのみ起きるはずの金縛り。
(手も、足も……! 一ミリも動かせねぇ! )
生まれてこの方一度も体験したことのない現象が自分の身に起きていることをマサヒラは事態に少し遅れて認識する。
(俺の体にいったい何が? いや……そんなことより……)
「鬼川さん。聞いてもいいですか? 」
「なんでしょう城本くん」
「誰に頼まれて俺に会いに来たんですか? 」
「……は? 」
常に造り笑いを顔に張り付けている鬼川の『素の表情』をマサヒラが初めて目撃したのはその時が初めてだった。
「君の言っている意味が……僕らは何がなんだか……」
「『アメリカ』からですか? 『組織』からですか? 『迷宮庁』からですか? それとも『迷宮課』の方ですか? 」
「いやっ……え? 」
「今あげた候補の『いくつかに覚えはあるけれど、心当たりがない名前もあった』って顔ですね? 」
「……ッ! 」
(おいおい剣太郎。あの鬼川を完全に呑み込んじまってるじゃあねぇか。それに……なんだこの……寒気は……? )
「なんなんだ!? 何が言いたいんだ君は! 」
「回りくどい真似はよしてくださいよ? 中間業者なんて雇わずに直接俺のところへ来ればいい」
「だから何のことを!? 」
「伝えておいてください。俺は、城本剣太郎は『逃げも隠れもしない』って」
マサヒラはその瞬間の剣太郎の顔を見ていない。彼はこちらに背を向けて鬼川と対峙していたからだ。
だが逆に鬼川の表情は後ろからよく見えた。恐怖と不安で引き攣り、言葉を禄に発することも出来ず、膝の震えが止められずに地面に尻から倒れ込む一部始終が克明に。
「き、き、き今日の……と、ところはっ……帰ります! 」
「そうですか? じゃあ、また」
6人は逃げるように去っていく。剣太郎の返事も聞かずに。
「剣太郎? いま、何を? 」
「少し試したんです。GCAの鬼川さんたちに何か『裏』がないか。多分、あの調子だと大丈夫そうです」
「そ、そうか? 」
「はい。なんで行きましょう。ラーメン屋」
表面上二人はすっかり気を取り直していた。店までの道中は『何味のラーメンが好みか? 』などの他愛もない話をするほどに。
しかしその道中、マサヒラは脳裏についさっき見た光景をどうしても思い出してしまう。
(剣太郎。少し行動を共にしてみれば分かるよ。お前が『悪い奴じゃない』ってこと。タクマがお前のことを助けたがるのもよく分かるさ。けれど……さっきので……お前のことがまたよく分からなくなった。剣太郎……お前、何を隠してるんだ? そしてお前は本当に……あの『金属バット』……なのか? )
もちろんマサヒラの心中での質問に剣太郎は返答することはない。ただ『ラーメン食うのすげー久しぶりなんですよ』と無邪気にはしゃぐ彼の顔は年相応の少年のように侍の目からは見えた。
(やっぱりだめだ。これ以上はビビりの俺には踏み込めねえ)
そんな素朴な表情を見るとますます、自分の中で膨らんだ疑問を投げかけることにマサヒラは躊躇してしまうのだった。