迷宮横丁と買取屋と……
雲一つない良い天気。冬の到来を思わせるような乾いた空気が漂う中で、俺たちはとある場所の入口に立っていた。
「着いたぞ。迷宮横丁だ」
「ここが……」
眼の前に広がる光景のパッと見た印象は『巨大商店街』だ。
終端を見通せないほどに果てしなく続く道。
幅広い年齢層でごった返す混雑。
両脇に並んだ露天や出店。
流石は東京。全てのスケールが大きい。
「よし! 行くか! 」
「はい」
とまあここまでは恐らく以前にも見ることができる景色。だがしかし、よくよく見るとこの空間の異様さがよくわかる。
「おっミスリル製のナイフじゃねーか! 結構やすいなぁ! 」
当たり前のように並ぶ、剣、槍、盾。名前も知らない武器、防具。
「な、なあ剣太郎? ちょっとだけ寄って良いか? 実は最近【下級回復薬】を切らしちまって……」
怪しげな煙を立ち昇らせる小瓶が山のように陳列された移動販売車。
「魔導書だってよー、剣太郎。ちょっと見ていこうぜ。おばちゃんいくら? ……はぁー!? うっそだろ!! 」
右を見れば古い革で出来た怪しげな本の山積み。
左を見れば身の丈をゆうに超える爪を肩に載せて軽々と運ぶ迷彩服の一団が通り過ぎていく。
「……カオスだ」
「お? 剣太郎? なんかいったか? 」
「すごい活気ですね。いつもこうなんですか? 」
「そんなことないぜ。今は特別混んでる」
「そうなんすね」
「まあ考えれば単純な話だ。なんせ今日は祝日の金曜日の昼時だからな。明日からの週末にダンジョン攻略を予定してるホルダーが買い出しにでも来てんだろ」
「なるほど」
それにしても凄まじい熱気だ。先程ざっと索敵スキルを使用したところ、ここにはホルダーが一万人近く集まっている。さすがにイヒト帝国で見たパレードには全く及ばない数ではあるが、その殆どが日本人であることを考えると『場』としての異質さはこちらの方がグンと上回る。
帝国は貴族に弾圧されていたせいでこれほど大っぴらに店を開けていなかった部分ももちろんあるが、溢れ出る『異世界感』は何故かダンジョンロードがホンモノを上回っていた。
「剣太郎、もしかして不安なのか? 」
「? なんのことっすか? 」
「ああいや、こんだけホルダーが集まってるとよ。『自分が悪目たちするかも』って心配してるんじゃねーかって……」
「ああ。そのことですか」
「なんだ? 別に気にしてねーのか」
「はい。これだけホルダーがいることが逆にいいんですよ。通行人の頭上に着いた小さな数字をイチイチお互いに確認しあっていたらすぐに脳がパンクしちゃうんですよね? 」
もちろん、そういう側面もある。
「なーんだ。その辺もちゃんとわかってんじゃねーか」
但し俺にはマサヒラには隠している理由がもう一つある。
「生意気に知ったような口きいちゃってすいません」
それは俺が複数の団体から秘密裏に狙われているということ。
そいつらから自己防衛するため、敵にも味方にも俺が生きてることを大々的に公開したこと。
「なーに湿気たこと言ってんだ。イチイチ気にすんな。俺と剣太郎の仲だろ? 」
この程度の人数の中で一人でも不審な動きをすればすぐに分かる。
そこら中についている監視カメラの位置も察知できている。
「ありがとう。マサヒラ」
今度は誰一人、巻き込ませない。
レベルが高いだけで何でも許されると思ってる連中に二度と好き勝手させるか。
「おう! なんかあればすぐに言ってくれよ? 」
例えどんな手を使ってでも。
マサヒラは言っていた。
『あの地下室で行われていた取引の違法性は"迷宮庁を通さない"という一点のみ』である、と。つまり何が言いたいのかと言うと、迷宮庁に金が集まりさえすれば大概のことは許されるということ。そんな一発で『黒』とはならないものの『グレー』寄りな阿漕な商売が迷宮庁に利益があるか、無いかの一点で半ば黙認されているのだと言う。
「さあやっと本来の目的地だ。ここが……【買取屋】だ」
「イザナ商店……? 」
「名前はテキトーらしいぜ? さあ入ろうぜ」
そして買取屋もそういう場所だった。
「いらっしゃい、マサヒラさん。今日はどういうご用件で? 」
「今日用があんのは俺じゃねえ。コイツだ」
「初めまして、城本剣太郎です」
「どうもどうも、初めまして。店長の桂木と申します」
掴みどころのない雰囲気を漂わせる飄々とした前髪の長い細身の男。【偽装】を行ってなければ現在マサヒラよりも一つ年上の28歳のようだ。
「ここの店のルールはマサヒラさんから聞いてますか? 」
「はい」
「なら結構です。ご用件をお聞きしても? 」
「『ジェムスポーンイーグル』のドロップアイテムを買い取って欲しいんです。11個あります」
「宝石鷲の卵ですね。拝見します。これは……ダメだな……D級。おっと……こいつは……まずまずだ。C級。……そして……おお……これはこれはなかなか」
袋の中を吟味する桂木を俺とマサヒラは無言でひたすら待つ。
「お待たせしました城本さん。買い取り額は合計で20万円になります。一つは状態が非常に悪かったため買い取り額がかなり低くなってしまうのですが…… 」
「大丈夫です」
「それではこちらの紙の上に手を置いてください」
「はい」
「……もう大丈夫です。『魔力の波長』登録が完了しました」
「サインとかは? 」
「結構です。それではこちらお渡しの20万円になります。またのご利用をお待ちしております」
店を出た後、俺達2人はしばらく無言だった。
「あんなんで本当にいいんですかね? 簡単に20万円もらえちゃいましたけど」
たまらず口を割ったのは俺の方。余りにも容易く、何の障害も無く終わったやり取りに釈然としない思いがあった。
「全く問題ねえぞ剣太郎。何の心配もいらねえ。だから胸張って歩けっ」
他方、マサヒラは鼻息荒く足早に歩いていた。
「いやぁ……でも……」
「今朝にも説明したろ? あれが【買取屋】のやり方だ。諸事情があって迷宮庁を使えない輩や今すぐにまとまった金がいる奴があそこへ泣く泣くドロップアイテムを持って行く」
「買い叩かれたんですよね? 」
「ああ。宝石鷲の卵が二桁で20万だと……通常取引価格の5分の一? いやもっと酷いかもな? 」
「でも『買い取り額に文句を言わない』こと……それがルール」
「そういうことだ。替わりに魔力波長を写し取られるだけで済んでいるとも言える」
「あの後ドロップアイテムはどこへ? 」
「もちろん行先は迷宮庁だ。正規のルートでな」
いい加減俺にも日本のホルダー事情が分かって来た。迷宮庁の存在が他の何よりも果てしなく、途方もなく『強い』ってことだ。
赤岩信二。やっぱりアンタを敵に回すのはゾッとしないな。
「なあ今日の用事は大体おわったからよ、そろそろ昼飯にしようぜ? 」
「いいですよ」
一転して明るいマサヒラの声に俺も思考を打ち切って賛同した。たしかに、ほんの少し腹が減ったような気もする。
「これからここに何度もくるであろう剣太郎には特別に俺の行きつけの店を教えておいてやるよ。このダンジョンロードの近くに実は上手いラーメン屋が――――」
「――――やあマサヒラこんなとこで会うなんて奇遇だね? 」
唐突だった。彼らが正面に現れたのも。声をかけて来たタイミングも。
一つの妙な集団がこちらに向かってゆっくりと近づいていたことは俺も把握していた。けれど驚かされた。まさか『この人たち』がマサヒラの知り合いだったなんて。俺にはとてもそうは見えなかったから。
「あぁ? 誰だ? テメエら? 」
もしかして俺の早とちりだったかも。
「とぼけることないだろ? 僕らは何回も君のことを仲間に勧誘してきた仲じゃないか? 」
「そんぐらいの仲で馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃねえよ」
マサヒラに声をかけてきたのは6人の若い男達。髭は無く、髪は全員染めておらず、サッパリと短く切りそろえられた様はまさにマサヒラとは正反対の『優等生』と言った印象。
「たまたま道で見かけたから礼儀として挨拶をと思っただけだよ。それに……お連れさんにも少し興味があったからね? 」
直後、こちらに突き刺さる6組の視線。6人に共通していたのは通行人の誰よりもレベルが高いこと。そして揃いの漆黒のツナギに真っ白な字で『GCA』と背中にデカデカと刻印されていたことだった。