部屋の鍵
恐らく朝。香ばしい匂いとともに目が覚めた。
「お、起きたか? 剣太郎」
「もしかして俺……このまま寝ちゃったんすか? 」
視線を下げるとカウンター席の高い椅子が映る。どうやら本当に座ったまま眠りこけてしまったようだ。
「本当はソファに運んでやろうと思ったんだがよ。諸事情があってな……」
「なあ」
マサヒラの言葉に半ば被せるようにマスターは声を上げた。視線はこっちに向かないが、多分俺に話しかけている。
「は、はい? 」
少しだけ緊張しながら応える。
「行く宛は無いんだろ? 」
「……はい」
行く宛は本当にない。住む場所も……ない。
「なら……これを渡す」
「え? 」
展開が全く読めない。突如としてプレゼントされたのはアンティーク調の『鍵』。なんの鍵だろう?
「これって? 」
「3階にある貸部屋の鍵だ。丁度一室空いてる」
そこで俺はマスターが何を言わんとしているのかにようやく気づいた。
「え? そんな……! 」
「もちろんタダじゃねえ。それにどこの馬の骨かも分からねえガキを受け入れる気だって今も毛頭無ぇ。だけどな……」
その時、マスターは初めて俺のことを真っ直ぐ見つめると、引き結ばれた唇を緩ませフッと笑う。
「マサヒラのよしみだ」
隣に立っていた赤いサムライはこっちに手をヒラヒラさせてにこやかに笑っている。どうやら事前に口利きしてくれたようだ。
「……ッ! 」
感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。会ってすぐのこんなガキのためにこの人は昨日だけでどれだけ助けてくれたんだろう? 恐らくは俺の知り得ない部分だってたくさんあるはずだ。
俺は心に決めた。家族と会えるまでに、絶対に、絶対にこの人に恩返しをすることを。
「ありが……」
「あーそれとだな、剣太郎。今すぐ二階にあるシャワー浴びてこい。ほんの少し。ほんのちょっとだけど…………クセーぞ」
まあ、いつか。
出来るだけ早く。
多分……やれたらやる。
「浴びて……きました……」
「お、なんかサッパリしたな。それに服のサイズもちょうどじゃんか」
「ありがとうございます。貸してくれて」
「礼を言うならマスターに」
「マサヒラのじゃなかったんすね」
「剣太郎……そこそこタッパと肩幅あるんだな? 俺の私服じゃピチピチぽかったからマスターに頼んだんだ」
「お前の着物貸してやりゃぁよかっただろ」
「それは無理ぃ。俺が持ってる着物は今着てるこれだけなの〜。一張羅ってやつなんです〜」
「……ちゃんと洗濯してんのか? 」
「余計なお世話だ! 」
「城本。今のでよくわかっただろ? コイツの鼻は信用しなくていい」
この場所は夜だけでなく、朝もなかなかに賑やかなのだった。
マスターが作ってくれた朝飯を食べた後、俺達2人は一つのテーブルを囲む。2人だけの作戦会議だ。咲良さんはどうやら始発電車で帰っていったらしい。
「それでな今日は剣太郎に金の稼ぎ方を教えようと思う」
「でも……俺は……」
「分かってる! 身分証もなけりゃ、公認登録証もねーって言いたいんだろ? 」
「うす」
「お、なんかその言い方部活っぽくていいな。……まあいいや。実はだなライセンスを取るのにはそこそこ纏まった金がいる。初めて聞いたか? 」
「初耳っす」
「そうだろ? そういう理由もあってホルダーではあるけどライセンスは取らねぇって奴はそれなりの数いるんだ」
「へぇ〜」
「確かにライセンスと同時に手に入る『討伐権』と『侵入権』が無けりゃぁダンジョンに入れねーし、モンスターを倒せねえ。けどな何事にも『事故』は起こりうる。タクマたちと剣太郎が食らったトラップダンジョンなんてまさにそうだし、街中で歩いていたら突然モンスターに出くわすことだって無いとは言い切れない」
「そうですよね」
「もちろんホ管法はその辺の事情にも対応している。『管理制限』なんてものものしい名前はついちゃいるがよくよく条文を読んでみるとかなり緩いんだぜ? ホルダー自身の裁量がとても広く設定されているんだ」
「……裁量」
「だから全然起こりうることなんだ。ライセンスを持ってないホルダーがたまたまモンスターを倒し、成り行きでダンジョンを攻略することになって結果戦利品を得るってことがな」
「どうすればいいんですかね? その場合」
「1つはそのタイミングでライセンスを取ってしまって迷宮庁に買い取らせること。まあこれが王道だ。2つ目はご存知ヤクザの登場だ。違法なルートで売り捌く。リターンは大きいが色々な意味でリスクがデカ過ぎる方法だな」
「……」
「そしてここからが本題。剣太郎に是非教えたい3つ目。【買取屋】を利用する方法だ」