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その晩、二人は……

 すっかり日は落ちきっている。夜はとっくの昔に更けている。


 眠らない東京の街といえど開いている店は限られてくる時間帯の中、雑居ビルの裏に隠されたその場所には活気があった。


 暇を持て余して来る者。


 日々の疲れを癒やす者。


 脛に疵持ち、表の世界では休めない者。


 過酷な地底世界からの生還を喜ぶ者。


 目的は様々。酒の好みも様々。性別も年齢も様々。


 そんな彼らに共通している部分があると言えばそれは頭上に数字が表示され、左腕に奇妙な黒い印が浮かび上がっていること……そして孤独であるということ。


 ここは【野良犬同盟】。誰もが一人で来店しては、一人以上六人以下で卓を囲み、一人で帰っていく。そんな場所で、賑わいを見せるテーブル席から少し離れたカウンターでは3人の男女が固まって座っていた。


 全身真っ赤なサムライと、華やかな女と……そして壁に持たれかかるようにして座るバットを持った少年だ。



「眠っちゃったわ」


「随分、疲れていたみたいだからな……」


「年相応のかわいい寝顔ね。起きていた時の張り詰めた表情とは大違い」


「おい、絶対に手出すんじゃねーぞ? 」



 サムライは番犬のような唸り声を上げて、女を牽制した。


 女は男の顔を見てクスリといたずらっぽく笑うと、小首を傾げてみせる。



「ねえ、そろそろ私にも教えてくれてもいいんじゃない? 」


「何をだ? 」



 問を問で返してはぐらかす侍。



「このボーヤ……何者(・・)なの? 」



 対して女は鋭い質問の針を突き刺した。



「……」


「レベル209……観測史上最高記録を40近く更新する驚異的な値ね。冗談でも、偽装でも、怪しいクスリでもやっていて正気じゃなかったにしても、こんなイカれた数字は掲げないわ? 」


「……かもな? 」


「あと絵里ちゃんへの距離感も少し違和感があったわね。まるで知り合いみたい(・・・・・・・)な口調だった。いったい城本剣太郎くんとあの子は何時どこでの知り合ったのかしら? 」


「……」



 男はその問いに答えることができない。本人が眠りこけている間に自分がベラベラと事情を話すのは筋違いだと思ったからだ。


 女はサムライの頑として動かない様子を見て、自らの魔力の栓を抜く。



「おい、やめとけ」


【愚者の愛撫】(ゴースト・タッチ)



 男の静止の声虚しく、女はスキルを発動させる。


 彼女の背中から伸び生えたのは実体のない幽体の手。呪いや状態異常(デバフ)、あらゆる悪意の詰まった漆黒の腕はソファに座ったまま眠る少年の鼻先に触れそうになった瞬間、霧散した。



「この強度の魔力防御を無意識で展開させるなんて……聞いたことがないわ。睡眠時には持ちいる魔力の半分の出力も出せないってデータだってあるのよ? 」


「……」


「もう一度聞くわ。この子、何者なの? 」


「知り合いの知り合いだ」


「それはもう聞いたわ。どういう知り合いなの? 」



 しつこく詰問してくる女に男は大きく舌打ちをした。



「お前、元は名家のお嬢様なんだろ? 人のことを不用意に詮索するのはマナー違反なんじゃねーか? 」


「あら? 今そんなこと関係あるかしら? 」



 男も重々分かっていた。お互いの過去のことに言及するのはルール違反であることを。けれど手段は選べなかった。



「必死に口調を変えようとしてるけど直ってねえんだよ。いや直ってないっていうか……半端に変えたせいで芝居がかってるっていうか……はっきり言って変だ」


「ごめんあそばせ? 貴方みたいな下賤の人とは生まれも育ちも違うためかしら。無意識にその違いが漏れ出ちゃってるみたいね? 」


「はっ! 何をほざくかと思えば! 高貴な身分のご令嬢がこんなところに一人で飲みになんて来ねえーし、俺みてーなもんに絡んでくるはずがねーし、家も飛び出して一人でホルダーなんてやるわけがねーんだよ! 」



 立ち上がり、叫んだあとサムライは我に返る。



(でもコイツがいなけりゃ木ノ本絵里の情報はよく分かんねーままだったんだよな……クソっ! 何を考えていやがる! 完全に酔いすぎだ……俺……)



 心に芽生えた反省。


 いくら嫌いな女だと言っても、知る権利はあるんじゃないかという自問。


 そしてこの女を相手に隠し事をするのは絶対に不可能だという確信。


 複合的な思考が入り乱れた後、男は諦めたようにため息を吐いた。



「『金属バット』……って知ってるか? 」


「ええもちろん。グリーンバット……戦隊グリーンの呪い……大和町の伝説……消えた世界最強。呼び名は様々。だけど国籍、年齢、他、性別と日本で発見されたこと以外の個人を特定するありとあらゆる情報が謎の存在よね? 」


「詳しいな? 」


「当たり前じゃない。ホルダーをやっていて知らない人がいればそれは潜……り…………え? 」



 女は言葉に詰まった。彼女は男の話す文脈から『ある一つの可能性』に気づいたのだ。



「ああ、お前の予想通りだ」


「まさか……! 」


「そのまさかだ」


「嘘でしょ! そんな! 」 



 女は思わずと言った様子で立ち上がった。唇はワナワナと震え、瞳は潤み始めている。


 対して男は冷静なまま。傾けたグラスを見つめながらポツリと呟いた。



「俺のダチはそうだと言っている」



 それを見て女はドッと力が抜けたように乱雑に座り込んだ。



「なーんだ。じゃあアンタは信じてないの? 」


「分からねえ」


「え? 」


「分からねえんだ。いくら考えても。【鑑定】スキルの無い俺には判断のつけようがねぇ。でもな……しかし……」



 男は目を瞑る。答えの出ない疑問に蓋をするように。



「なるほど……ね」



 その時、サムライの心中を完璧に理解した女は一つ咳払いをすると、真剣な声音をつくりだす。



「本物じゃなかったら? 」


「んあ? 」


「城本くんが本物じゃなかったら……マサヒラはどうするの? 」


「……」



 サムライは、その瞬間の女の口調が、他人を茶化す意思が一切ない自然なもので、本心からの心配と疑問が入り混じっていることを感じ取る。


 だから男も応えた。真剣な返答を……



「何を言ってやがんだ? 咲良? 飲みすぎたんじゃねーの? 決まってるだろ。助けるさ。この命に代えても俺は剣太郎の力になる。剣太郎は俺の親友の命を助けてくれたんだからな! 」



 ……冗談も交えながら。



「そうよね。アンタならそう言うと思ったわ」



 最後に漏れ出た女の笑い声には、確かに安堵の息が混じっていた。



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