衝動
「【迷宮侵攻】全部って……3回ともってことか? 」
「そっ」
「初耳だぞ? それ」
「掘れば今でも記事がいくつも出てくるわよ。事務所も最初はそういう路線で売り出そうとしてたみたいだし」
「日本で初めて魔王が観測された第一次侵攻も、世界最強のモンスターと人間が衝突した第二次侵攻も、日本全国のホットスポットが同時に侵略された第三次侵攻も全部経験しているホルダーなんて言ったら……話題性はこと欠かないな」
「そうでしょうね。でも、すぐに取りやめになったわ。本人の希望でね」
「まあ、だよな。しかし、そんな事情があったな…………ん? ってことは木ノ本絵里はそこらへんに住んでたってことか? 」
「そうみたいよ。それもあの台倭区の大和町に住んでたみたい」
「大和町って、あの大和町か!? 」
「そう。もう日本に存在しないことになっている、ダンジョンに飲み込まれてしまった街。もちろんそのまま住めないから都内の芸能コースのある高校に通ってるんですって」
「大変だな……。有名人って言っても、まだ剣太郎と同じ16だもんなー」
「あの……? 」
「城本くん? どうしたの? 何か引っかかった? 」
「木ノ本は……木ノ本絵里さんはどうしてそういう道を選んだんでしょうか? 」
「そういう道って……芸能界ってこと? 」
「はい」
「うーん。そこらへんの経緯はよくわからないのよね」
「いつの間にかいたっていうか……最初から迷宮庁とツーカーだったってうか……まあどちらにせよ有名になるのは時間の問題だったと思うぜ? 」
「時間の問題っすか? 」
「どんな形でも、いつかは世間に見つかったでしょうね。あの子は世界で唯一の【全状態回復魔法】と【蘇生魔法】を持った言葉通り世界最高のヒーラーだもの」
「『最強のヒーラー』は迷宮庁の生命線の和田総二郎なんだろうけど……『最高』ってなると【万能薬】の異名を持つ木ノ本絵里に軍配が上がるだろうな」
「何よりあの子には自分の力を役立てたいという意思があった。名誉欲や自己顕示欲ではなく」
「珍しいな? お前が他人を素直に褒めるなんて? 」
「合わないことして悪かったわね……。でもこれは私の本心。驚いたわ。まだあれだけ心が綺麗な人間があの世界に入って来るなんてね」
「最近も確か、迷宮紛争が起こっている国に応援に行ってるんだったよな? 」
「昨日のニュースでは東欧の【極北戦線】にいるって見たわ。アメリカの順位持ちと協力して作戦にあたってるそうよ」
「どこの国も大変だな? 全く……ん? どうした? 剣太郎? 」
「私何かマズいこと言ったかしら……ごめんなさいね? 」
「いやっ……気にしないでください……大丈夫っす……マジで何でもないです……」
この瞬間はうつむくしかなかった。どんな顔を二人に向ければいいのか分からなかった。俺がどんな顔をしているのか二人に見せるのが少しだけ怖かった。
俺は理性で必死に抑えようとしても、溢れ出す感情は抑えられないということを知っている。だけど、心臓を大きく脈打たせ、頬を紅潮させるこの気持ちの大きさはそのことを分かっていても耐え難いほどに膨らんでいた。
頬と口の端がピクピクと痙攣し始めている。
握りしめられた拳はブルブルと震えている。
目の奥もチカチカする。
頭もガンガン響いている。
歓喜の声は腹の奥底から飛び出でようとしている。
「ああ……やっぱりだ」
俺は思い出せていた。
あの祭の日のこと。
あの上級ダンジョンで共に戦った時のこと。
いくら付き合いが薄かろうと。
一緒にいた時間が短くても。
俺がその記憶を忘れるわけがない。
彼女は見知らぬ子供を助けるために自分の身を投げ出せるような人だった。
彼女は理解が及ばない程の危険な状況の中で俺を信じて、ついてきてくれた。
最後は俺の危機を、その得た力で救ってくれた……。
「変わってねぇ……変わってねえよ」
今この時、確信できた。
あの木ノ本絵里はやっぱり俺が知っている木ノ本だ。
そして激変した世界の中でも木ノ本の本質は何も変わっちゃいない。
優しく、
よく周りに気づき、
意外にも芯が強く
勇敢な女の子。
想像するだけでも目に浮かぶ、彼女が負傷者を治すために必死に駆けている様子が。
でも……そんな木ノ本もまた、俺が意図的に突き放した人間の一人だ。
迷宮課に、公安に、警察に、国に、俺が果たすべき責任を押し付けてしまった。
その時の俺は恐怖していたから。
また自分が他人に関わることで不幸を、歪みをつくってしまうことから逃げようとしていたから。
思えば父親の死に何も出来なかったことも関与しているのかもしれない。
「……ッ! 」
だけど今は違う。もう俺は全てから逃げないと決めている。
だから――
海斗。
村本。
そして、木ノ本。
皆に会いたい。
会って話がしたい。
これまでなにがあったのか。
俺が何を隠していたのか。
お互いにどんな風に思っていたのか。
全て吐き出してしまいたい。
そして向こうが何を考えていたのか聞いてみたい。
家族のことはもちろん最優先だ。こうしている時も家族の誰かに危機が及んでいることを想像すると耐えられないから。
けど新たに生まれた衝動を抑えきることだって、俺には到底不可能だった。