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騎士団長の正体

 背中に圧し掛かる荷重にため息をつきながら一歩また一歩と進んでいく。


 結構重いなこの人。鎧のせいか? 俺より身長は低いんだけどなあ。


 頭の中でいくらぼやいても背負ったコレ(・・)は軽くならない。愚痴を言っても無駄なことは冷房が壊れた爺ちゃんの家で1週間近く過ごしてもう実証済みだ。



「それにしても……ラウドさん……どんだけ強力な『(ヤツ)』使ったんだよ。……全然起きないじゃん……」



 口に出して文句を言っても背中の騎士団長様は起きる様子もなく、兜越しにスース―寝息を立てていた。さすがにトンネルに放置するのはどうかと思った。なので家まで背負うのはまあいい。しかし、これだけは言わせてもらうと鎧のデザインは少し考えて欲しい。さっきから背中に尖った部分が当たってて痛いし、ガチャガチャと動いて恐ろしく背負いづらい。それでも何とかこの大荷物を運べているのはステータスのお陰か。


 背中の重りに目をつむれば早朝の鬼怒笠村のあぜ道からの景色はとても綺麗だ。空気は澄んでいて静かで蚊も少ない。涼しい気温も丁度いい。はっきり言って俺が一番好きな時間帯。気も緩んでた。だからこんな事態が起きてしまった。



「あら~また会ったわね~剣太郎くん。朝から精が出るわね~」


「お、おはようございます……倉本おばさん……」



 やっべえ。こういう展開は想像してなかった……。この時間は散歩する人も多いんだった! どうする? 背中のこんなモノの説明なんて出来る自信ないぞ! 


 挨拶をした後に急に押し黙った俺のことなんてまったく気にしない語り口で倉本のおばさんはしゃべり出す。



「あれ? それって野球道具よね? もしかして剣太郎くん野球また始めるの? いや~何でやめたこと知ってるかって? 実はね剣太郎君のお母さんとちょくちょく電話でしゃべってるのよお~。怪我したんだって? 大変だったわね~。それで高校受験もあったし野球はパッタリやめちゃったって聞いたからねえ。もしかしてまた始めるのはご家族にも秘密? 」


「あぁー、あ?……いやあー……ま、まあそんなところです……ハハハ……」



 出会い頭のマシンガントーク。一瞬、反応できなかったが何とか話を合わせる。でも、なんでだ? あの(・・)倉本のおばさんが俺の背中にツッコんでこないなんて考えられない。もしかして気を使わせてしまったんだろか。確認するべく意を消して口を開く。



「あ、あの~変なこと聞くようで悪いんですけど……背中のこれ気にならないんスか? 」


「ん? 背中? あぁ~そういうことね……確かに随分曲がってるわねえ~。どこか痛めちゃったの? やっぱりブランクがあると身体が動かないものなのかしら? あんまり無理はしちゃダメよお~」


「え? あ、いや……あの~見えないスか? 背中に。何も」


「恰好のこと~? 確かに結構汚れてるわねえ~ いきなり激しい練習すると折角やる気出したのにまた怪我しちゃうわよお~。剣太郎君はがんばりすぎちゃうところあるんだから……練習はほどほどにね~? 」


「あ、ハイ。ご心配をおかけします……」



 何でだ? 何で俺は今たしなめられてるんだ? 訳が分からん。


 頭の中はこんがらがりそうだが、もう本当は何が起きてるのかは分かっている。


 見えない(・・・・)んだ。この騎士団長は。こっちの世界の人に。いや? どういう理屈だ? もしかして本当に幻覚でも見させられているのか? いや背中の痛さが幻覚だとは思えない。そういえば俺の左手の文字にも爺ちゃんは無反応だった気がする。これはもうこういうものだと受け入れるしかなさそうだ……。




 そんなこんなで俺は爺ちゃんの家の前まで着く。外から様子を伺うとどうやらもう起きているらしい。



「……ただいまー」


「おお剣太郎、おはよう。こんな朝早くから練習か? 精が出るねえ」


「うんまあ、そんなとこ……」



 奇しくも倉本のおばさんと同じことを言われる。もしかして『騎士団長』のこと見えないのも同じなのかな? 俺は背中側を爺ちゃんに向けた。団長は相変わらず呑気に寝息を立てている。



「ね、ね、爺ちゃん。背中に何か付いてない? 」


「んん~? おお結構大きな汚れ付いてるぞ~剣太郎。こりゃあ一回洗濯機に入れる前に水で土を落としてからだな! 」


「あぁーうんそうだね……じゃあ一回着替えてきちゃうね~」



 ため息を誤魔化して適当に話を合わせる。


 どうやら爺ちゃんも見えてないようだ。


 目立たないで済むし、説明をする必要もないのでこの方が助かるという見方も出来るけど、これはちょっと面倒なことになってきたな。そもそもこの『騎士団長』を迷宮のある世界に送り帰す目途すら立ってない。それなのに団長のことを見れるのは俺だけ。どうやらこの人を帰すまでは俺が色々フォローする必要がありそうだ。


 ぐるぐると頭の中で思考を巡らせつつ土間から床へ一歩足を踏み込んだ。


 ギィイイイイ―――――――!!


 築ウン十年の爺ちゃんの木造住宅が盛大な軋み声を上げた。両足を乗せてたら確実に床が抜けていた。やっばー。鎧の重さ考えてなかったー。いやこれどんだけ重いんだよ! 



「剣太郎ぅー。なにか凄い音したけど~大丈夫かあー? 」


「あー爺ちゃん! ええっーと………そう! ちょっと忘れ物しちゃったのを急に思い出して……急に動いたからちょっとデカい音出ちゃった……ゴメンね? 」


「ほぉーまあそうか。朝ごはんはラップしてここに置いておくな? 」


「ありがとうー。それでお願い。じゃあ取りに行ってくるわー」



 そう言って片手でドアを閉めた。


 はあーなんとか誤魔化せたか~。危ないところだった……。


 高鳴る心臓を抑えて呼吸を落ち着かせる。


 それにしてもまさかこんなに重いとは。俺も随分筋力が付いたんだなあーとしみじみ思いつつ頭の奥底では今後の方針を決めていた。


 といってもそれほど大げさなことはしない。家に団長を入れる前にどこかでこの超重量の鎧を引きはがすだけだ。例え見えないと言っても人目を避けれる場所が望ましい。そして鬼怒笠村の中で人が絶対に来ない場所を俺は一か所しか知らない。裏山の広場だ。




 随分昔から敷いてあるブルーシートの上のゴミを払ったあと騎士団長を横たえた。さてどの部位(・・)から取り掛かるか……。スマホで甲冑の脱がせ方なんて調べてみたけど構造から地球のモノとはまるっきり違った。役立ちそうな情報は無い。



「こういう時は頭から外すのかなあ……やっぱ」



 自分の勘に従って純白の兜に両手をかけるが無駄だった。



「かってぇ。ビクともしないな。……あれ『回復薬』飲ませた時ってどうやったんだっけ……確か……ここらへんに……」



 独り言を言いながら記憶を探る。そして思い出す。どこかにスイッチの様な場所があってそこを押すと鎧がバラせることを。一分間ほど格闘した後。



「お……これだ」



 兜の顎の尖った部分の下。手が少し入り込める隙間がある。そこに指を入れると押し込めるような部品がある。一瞬起きるのを待った方がいいんじゃないかという考えが頭をよぎった。


 けれど仕方がない。俺はさっさと家に帰りたい。風呂に入って、朝飯を食べて、今日はゆっくり眠りたい。しかし騎士団長はこの鎧姿のままじゃ連れていけない。騎士団長をここに放置していくわけにもいかない。それにこの息苦しそうな格好のまま放置したらもしかしたら窒息してしまうかもしれない。もうこうする他ない。


 改めて自分を正当化するクソみたいな理屈を立ててからもう一度兜に手をかけた。顎の下の例の部分を押すとはめ込みが緩くなり、立体パズルのようにパーツが浮き上がる。



「男同士だしまあこのくらいは我慢してくれよ……ちょっと失礼……し、ます…………よぉ!? 」



 意図せずして声が上がった。


 後ずさりして、外した兜の一部を取り落とす。


 あーもう勘弁してくれ……。そんなのってありかよ……。どうするんだよ……これ……。


 うめき声をあげつつ足下を見た。


 日焼けしてない色白の肌。小さい顎。すっと伸びた鼻筋。閉じられたまつ毛の長い瞼と形のいい眉。肩口で切られた地球人離れ(・・・・・)な銀色の髪。


 いきなりは受け止めきれないほどの現実。だがコレに対応しなければならない。この人……いやこの子(・・・)は俺しか見えないんだから……。



「どうすりゃあいいんだ……? この子……」



 ついさっきまで『迷路の迷宮』で共闘していた頼れる騎士団長はとびきり綺麗な女の子だった。


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