【野良犬同盟】
薄暗い店内。ほどよい大きさで流れる知らない洋楽。まばらに並んだテーブルと思いの外広いカウンター。
そこは明らかに見かけよりも広かった。
「【同盟】に所属してる奴に一人、【空間魔法】の名手がいてな。ここは実際の5倍くらい広いぜ? 」
俺の考えていることを見透かしたようにニヤリと笑うマサヒラ。
咳払いした俺は改めて質問した。
「その【同盟】っていうのなんなんですか? 野良犬とかなんとかって言ってましたけど? 」
「ああそれはだな……」
「【野良犬同盟】……ソロのホルダーが情報交換するためのコミュニティがその前身。いつしかそれがパーティに所属してる人達からは『野良犬』呼ばわりされる流れ者のソロが来たい時に来て、たまに組んで、たまに馴れ合って、傷を舐め合うための場所になったの」
マサヒラの発言を遮る女性の声はカウンターの奥から響いてきた。
説明を邪魔された赤いサムライはというと不機嫌を隠そうともせずにその名前を吐き捨てた。
「咲良……まだくたばってなかったのか」
「はっ! そっちこそ……借金はそろそろ返せたの? 」
いがみ合うその二人を並び称すとするならば確実に『美女と野獣』だろう。
咲良という女性のまとう雰囲気は華やかだった。マサヒラと変わらない女性としてはかなり大きい身長。スラリと伸びた手足を包む派手な服装。頭上に浮かび上がったレベル表記がなければモデルだと勘違いしたことだろう。
「……それで? こちらのかわいいボーヤは? 」
「……知り合いの知り合いだ。会ったのはさっきが初めて。名前は……」
「城本剣太郎です。よろしくお願いします」
全部マサヒラに任せきりではさすがに気が引ける。俺は先んじて頭を下げた。
「礼儀正しい子は好きよ。私は東雲咲良。よろしく城本くん」
俺が噂差し伸べられた手を取ろうとすると、慌てて割って入ったサムライにはたき落とされた。
「剣太郎! この女に近づくな! 何されるのかわかったもんじゃねーぞ! 」
「あら……心外ね? 初対面の歳下の男の子にいきなり変なことしないわ」
険悪な雰囲気を纏う二人をどうしたものかと俺が首を傾げていたところ、今の今まで無言を貫いていた3人目がとうとう口を開いた。
「お前ら……注文もせずに喧しくするだけなら……出てってくれ」
額に青筋を立てた、レベル39、齢50歳のマスターの低い声に二人は大人しく椅子に座るのだった。
「剣太郎は何か頼むか? 」
「水でいいです。俺が飲めそうなのなさそうなんで」
「ああ……そうか。16歳だったな。お前」
「ええーマジ!? 16歳!? わっっっか!! 」
「お前は入ってくるな! そうかーまあ飲める歳じゃァねえよな……でもさ、未成年でもさ。一度くらい飲んだことぐらいあんだろ? 」
「まあ……ハイ……」
「だよな! 俺が内緒にしとくからよ! 1杯付き合ってくれよ! マスター!! 」
そう言ってマサヒラは強引に酒を頼んでしまった。
なんか懐かしいな。この感じ。
しばらく考えた後に俺はこのサムライがあの世界の帝都で出合ったウニロとよく似ていることに気づく。考えてみれば少し強引な部分も、口調も似た部分がある。
今頃、どうしてるかな? 元気だといいな、ウニロ。
「ほらよ! 剣太郎の分」
そんなことを考えているうちに手渡されるビール。気づけばマサヒラの手にもジョッキが握られている。
「それじゃあ俺達が出会えた奇跡に乾杯! 」
そのまま、こちらが何かを言う前に一方的にぶつけられたグラスをマサヒラは勢いよく喉の奥に流し込んだ。
「かーっ! うっめえなぁ! 仕事終わりはコイツに限るぜ! 」
「ソロでダンジョンに潜ってきたんですか? 」
「そうだぜ! 中級ダンジョンの『甲蟲の迷宮』ってとこでな。デケー虫がワンサカ出てくるダンジョンだから虫が得意なやつ以外近寄らないから、結構穴場なんだ。中々、刃が通らなくて苦労したぜー」
「アンタの腕が足りなかったんじゃないのー? 」
「うっせぇ、うっせぇ! 刀剣の練度不足だってことはこっちも重々承知なんだよ! ……でどこまで話したんだっけ? 」
「刃が通らないとかなんとか? 」
「そうそう! それで俺は……」
「ねえ、城本くんはアンタの自慢話を聞かせるためにここに連れてきたの? 」
話の腰を折るように再び突っ込まれた冷ややかな声を聞いた瞬間、今度は言い返せずに『うぐっ』と詰まったマサヒラはバツが悪そうな顔でこっちを見た。
「すまねえ。剣太郎。久しぶりのアルコールでちょっと舞い上がっちまった」
「……いやいや全然。気にしないでください」
「この男を甘やかしてもいいことないぞー? 」
「お前は黙ってろ! それで……なんかないか? 俺に頼みたいこと、聞きたいこと。じゃんじゃん言ってくれ! 」
考えるまでも無い。答えは決まり切っている。金も必要だし、自分の身分を証明するものだってもちろん必要だけど、それよりも何よりもまず『情報を集める手段』が欲しかった。
「自分の携帯がほしいです。ちょっと調べたいことがあって……」
「そういやそうだったな。……ホラよ」
マサヒラは何かを思い出したかのように頷くと、懐からあるものを取り出す。
「これって……! 」
それは紛れもなく、俺も以前に使っていたスマートフォンの最新機種だった。
「やるよ。俺あと5台持ってるからな。丁度1台余ってたんだ」
「いや……でも」
「いいっていいって! 子供が色々気にすんな! ……どうしても気になるってんならドロップアイテム一粒と交換ってことでどうだ? 迷宮庁のレートだと丁度おんなじぐらいだ」
「まあそれなら……はい」
結局俺はマサヒラの善意に押し切られてしまうのだった。
「しっかし今のご時世に携帯も無かったなんて大変だな? タクマから聞いた時は耳を疑ったぜ……」
そんなことまで言っておいてくれたんだな。タクマさんの優しさが身にしみて……あ!
「タクマさんと連絡ついたんですか!? 」
「んぉ! 急にどうしたんだ? 」
なんでだ!? なんで俺はこんな簡単なことに気が付かなかった!?
「連絡ついたんですか? いつですか!? それ! 」
「お、おお、そうだな。ほんのちょっと前だ。一時間も経ってねーぞ」
その報告に一度、胸を撫で下ろす。けれど油断はできない。再度俺は質問した。
「じゃあ無事だったんですね!? タクマさん達はあの『虐殺』に巻き込まれなかったってことですよね!? 」
思い出したのはあの【即死魔法】のこと。俺は【索敵】によってどれだけの被害が出たかの正確な数と被害者のだいたいの年齢層を把握することができていた。
けれどどこの誰が即死したかの完璧な情報を得れたわけじゃない。あの魔法が放たれたのは暮河駅近くの管制支部。タクマさんと別れたカフェからはあまり遠くない。もしかしたらあの被害にタクマさんたちがあっているかもしれない。
これだけはマサヒラに聞かないといけなかった。
「虐殺って……」
「城本くん? 君……なんのこと言ってるの? 」
しかし反応は俺の期待と予想とは全く違うものだった。
「え? 」
「だからよ。虐殺ってなんのことだ? 」
「とぼけないでくださいよ! 昨晩あったじゃないですか! 中部地方の管制支部が襲われて! 1000人以上亡くなったって! 」
「1000人以上!? 大事件じゃねえか!! 」
「マスター聞いた? そんな話」
「…………知らねぇなぁ」
心臓は早鐘を打っていた。呼吸も荒れだしている。
俺は息を整える間もなく、もらったスマホに文字を打ち込み始めた。
ニュース記事。検索サイト。SNS。その他掲示板。ありとあらゆる情報を漁る。
けれど結果はどこでも変わらなかった。
「ダメだ。どこにも無い……」
「剣太郎……顔が真っ青だぞ? 大丈夫か? 」
「はいこれ。新しいお水。むせないように、ゆっくり飲んで? 」
二人の心配する声も禄に耳に入らない。思考が完全に停止したまま動かない。
俺の理性は迷宮庁が信用できるか分からないと考えていた。けれど感情は信じたいとも思っていた。
当たり前だ。何度も共に戦ってきたのだから。
けれど今、この瞬間、俺は迷宮庁が信じられないという証拠を掴んでしまう。
「赤岩……信二……! 」
昨夜の戦いは情報統制され全てが闇の中に葬り去られていたのだった。