4種類のホルダー
「おいおいつれねえこと言うなよ〜剣太郎。忘れちまったのか? 俺だよ! 俺! 江野田マサヒラだよ! 」
いや……本当に誰だよ?
顔はもちろん、名字も名前のどちらも微塵も覚えがない。格好は馴染みがないどころか、初めて見る服装だ。鮮血のような真っ赤な着物を着た人なんて一度見たら忘れるわけがない。
俺が『誰ですか』と再び問おうと口を開こうとしたその時、急に近づいてきた真っ赤なサムライは耳元で小さく囁いた。
「俺はタクマの知り合いだ」
「え? 」
聞き返そうとした俺。サムライは手の僅かな動きで俺の発言を静止する。
「これだけで信用しろってのは無理があるよな? でもここはどうか俺に任せちゃくれねーか? 今かなり『面倒な事』になってるからよ」
「……」
聞き取りやすい小さな早口でなされた説得と鋭い剣幕に俺は黙って首を縦に振るしかなかった。
「マサヒラ……なんでお前がここに? 」
そんなオレたち二人の会話が終わったことを見越したのか、元締めの非ホルダーの男は声をかけてきた。
俺を詰問してきたコイツはどうやらこのサムライと顔見知りのようだった。
「いやーどうもどうも。黒木場のおっさん。仕事は順調か? 」
「だから、説明してくれ。これはなんのマネだ? 」
「聞いてくれるかい? 黒木場さん。いやね、つい最近俺ァあるブツとの交換で宝石鷲の珠をいくつか手に入れたんだよ。でも困っちまったんだ。コイツの処分をどうつけるかって。【管制支部】に持っていったら換金のために書類を山程書かにゃならんだろ? もしかしたら出処を追求されてパクられるかもしれねー。おっと何と交換したんだ? なんて野暮なことは聞かねーでくれよ? 」
「……それで? 」
「そんな時に、ちょうどコイツを見かけたんだよー! この剣太郎とはちょっとした知り合いでね。ちょうど宝石鷲のドロップアイテムを集めてるって聞いたからよー。おつかいを頼んだってわけだ。その12個のドロップアイテムはそういうこと。わかってくれた? 」
地下室の空気は凍りついていた。誰一人動かないし、誰一人声を発さない。
その中心で余裕そうな表情をしたサムライとさっきの丁寧な雰囲気から一変して荒々しい空気を纏ったスーツの男がにらみ合っていた。
「……つまり、全部お前が悪いってわけか? 」
「まあ……そういうことになるかな? 」
サムライは尚も挑発するようなことを言った。するとスーツの男は堪忍袋の尾が切れたように、俺が持ってきた12個の球が入った袋を赤色のチョンマゲに向かって投げつけた。
「帰れ! これを持ってさっさと帰れ!! 」
「ハイハイ帰りますよー。……行くぞ剣太郎」
最後に呟かれた小さな声に引かれて俺は地下室をあとにした。
道を出て、暫くサムライの後ろを歩く。そのまま一分ほど経った頃だろうか。サムライは道の中心から外れるとくるりと後ろを振りかえった。
「改めて、俺の名前は江野田マサヒラだ。マサヒラって呼んでくれ」
「城本剣太郎です。あの……ありがとうございました……? 」
「ワハハ……何が何だかよくわかんねぇよな! だから礼はいらねーぞ」
「でも……」
「それに剣太郎はタクマの命の恩人だからな。アイツから頼まれたんだ。もし東京で会ったら力になってやってくれってな……」
「え」
「あいつも予想外のことがあると弱いからな。剣太郎に助けられてすぐは気が動転してて、もっと大切なことを教える前に一人で行かせちまったって後悔してたぜ。俺の方からも謝るからどうか許してくれよ」
「そうだ。タクマさんとは……どういう関係なんですか? 」
「関係って言ったって大したもんじゃねーよ。ただ小学校から続く腐れ縁って奴だ。……そんなことよりホレっ」
胸元に放り投げられた袋を片手でキャッチする。俺がドロップアイテムを無事に受け取った様子を見て、マサヒラさんは人好きそうな笑みを浮かべた。
「無くすなよ? 折角手に入れたドロップアイテムなんだから」
俺たちは再び歩き始めた。マサヒラさんを俺が追う形だ。どこかへ案内してくれている様子で、足取りは確かで軽やか。特に悪意は感じない。
さっきの状況は未だによく分かってないが恐らくこの人に助けられたんだと思う。だからこれが罠で、ここから追い詰められるって展開はない気はする。
――まあ最悪、『実力行使』をすればいい。
真っ赤な髪の頭上にあるLv.67の表示を見て俺はそんなことを考えていた。
視線を着物を纏う背中から外し、周囲を見ると割と多くの頻度でホルダーが見つかる。あの地下室にいたような変わった服装の人だけでなく、スーツを着た壮年から俺より歳下に見える制服姿の男女まで。今までは人の多さだけに圧倒されて細かい部分には気が付いていなかったみたいだ。
10人に2,3人の割合でかなり幅広い年齢層がいる。こんな景色、俺が黒騎士と戦う前は全く想像もできなかった。
ホルダーは今や完全に町の一部になっているようだ。
「ホルダーが堂々と歩いてるのが珍しいか?」
マサヒラさんは俺の考えていたことを見通していたようだった。
「ああ、いや……普通に受け入れられてるんだなーって思ったんで」
「ハハハ。そう見えるか? ならここらは都内でも比較的に平和ってことだな」
「え? 」
何か意味深なことを言ったマサヒラさんはそれから押し黙ってしまう。何か深い事情がありそうだ。けれど今一番気になるのはやはり、ついさっきの地下室でのことだった。
「一つ聞いてもいいですか? 」
「なんでも答えるぜ? 」
「あの地下室って一体なんだったんですか? 」
マサヒラさんはしばらく黙った後、逆に質問してきた。
「タクマから基礎的な話は色々聞いたんだよな? そこで迷宮庁がダンジョンからの富の殆どを独占してるって話もあったか? 」
「はい」
「そうか。ならよ……こうも考えなかったか? 独占なんて『くそ喰らえっ』て反発する奴らが出てこなかったのかって」
「あ」
「そうだ、いたんだよ。この日本にも。そういう無法な連中が独自にダンジョンメタルやドロップアイテムを売り捌く経路を何本もつくりだした。そしてそのルートはそのままヤクザの仕事の一つになった」
「『ヤクザ』……」
もちろんその存在は知っている。ドラマやニュースの中でだけ。でも聞きなじみは無いし、細かい知識も無いし、いい印象も無い。そこで俺はようやくあの地下室で行われていたことの正体に気が付いた。
「もしかして。あの黒木場って人もそうなんですか? 」
「そうだ。言っただろ? 面倒なことになってるって。あそこで悪目立ちするとヤクザに目をつけられる危険性があるからな。アイツ等を一度敵に回すと……めんどくせーぞ? 」
「そんな……ヤクザが……」
「まあ仕方がない部分もあるぜ。ホルダーもモンスターと戦うっていう、暴力を生業にする仕事。暴力団と関係付けられるのは当然の帰結ってやつかもしれねぇ」
「あの地下室での取引は『違法』なんですよね?」
「もちろんだ」
「じゃあなんであんなにあそこには人が……」
「簡単な話だ。迷宮庁と比べ物にならねーくらい『換金レート』がたけーんだ。あの手の反社会的なのが掴んでる大陸経由のルートでは非合法な分、右から左に流すだけで莫大な利益を産むからな」
「……」
「とまあそういう理由もあってよ。ホルダーは非ホルダーから見たら余り良い風に見られてねーんだ。特に東京では」
「大変なんですね」
「いーやそんな悪い話ばかりでもねーぞ。ホルダーは短時間の労力で爆発的に稼げるのは間違いねーし、ヤクザとつるまずにやってける奴のほうがむしろ多いしな」
「マサヒラさんもそうなんですか? 」
「マサヒラでいいって! まあな! 俺もなんとか法令遵守でやっていけてる……そうだ! 剣太郎! ホルダーが今4種類にタイプ別されてるって話タクマから聞いたか? 」
「4種類? 」
「その様子じゃ聞いたことねーな? なら教えといてやる。これを知ってるのと知らないとじゃ大分ちげーからな」
マサヒラは指を折りながら説明を始めた。
「まずはレベルとステータスは持っているけど戦わないやつ、命がけのシゴトは割に合わないって思っている奴。仕事は普通のことをしてる。実はコイツ等が最大大手。特に名前は決まってないな」
「最大手は……名前が無い」
「次に『パーティー』。タクマ達がここに該当する。2人以上、最大6人の仲間でモンスターを狩る連中だ」
「パーティー……」
「そしてそんなパーティーがいくつか集まって出来るのが『クラン』だ。今の東京のダンジョンは『とある一つのクラン』がほぼ取り仕切っていてな。独占状態なんだよ」
「それは……大変そうですね」
「だろ? んで俺みたいなクランに入るのも嫌で、常にパーティーと一緒にいるのはめんどくせーって奴は『ソロ』で活動する」
「ソロ……ですか」
「ああソロだ。どこのダンジョンに潜るのも自由。いつ仕事するのかも自由。働かないのも自由! 一番気楽な立ち位置さ。でも、やはり一人だと限界がある! 助け合いたい場面はダンジョンでも、地上でも何回もやってくる! そんな時に頼りにするのがここだ! 」
マサヒラが指さす先には何の変哲もない4階建ての雑居ビルがあった。どちらかというとボロめの。
「ここ……が? 」
「ただの小汚ぇビルじゃねーぞ? ほら入ってみろ! 」
背中を押された俺が一歩入り口をまたぐと
「うわ! 」
もはや粗末なエントランスはそこには無い。視界に入ってるのは間違いなく、落ち着いた雰囲気のバーの入り口だった。
「強力な【認識阻害魔法】が常に付与されてるんだ。ホルダーも、ホルダーじゃない奴も初見じゃここには絶対にたどりつけねー」
「へぇ……! 」
始めて見る魔法の使用方法に思わず感嘆の声が出る。そんな俺に微笑みかけたマサヒラはガラスの扉を開け放ちながら、叫んだ。
「ようこそ! 【野良犬同盟】へ! 」