超反応の創る世界
「さぁ獲物はどこかな? 」
ビルの屋上に出て目視で確認するが、さすがに何も見えない。まあここまでは予想通り。
「【索敵】! 」
魔力の網をゆっくりと伸ばしていく。他のホルダーをあまり刺激しないように。着実に、全てを包み込むように、薄く広く。広がっていく魔力は一種のソナーの役割を担い、遥か遠くまで広がっていった。
「そっちか……遠いな……」
モンスターの居場所はすぐにわかった。1キロ近く先のビルよりも高い上空をグルグルと旋回している。
それも同時に4体も。もしかしたら群れで動くモンスターなのかもしれない。
「【鑑定】! 」
戦闘において疑問はすぐに解消することが鉄則。
迷わず【鑑定】スキルを使用。ターゲットの情報を確認する。
『Lv.40 ジェム・スポーン・イーグル
力: 261
敏捷:200705
器用: 23649
持久力: 163
耐久: 60
魔力: 400
体長1.5~2m。最大6羽ほどの小規模のファミリーを構成して人間を狩る。体内に魔力の塊である魔石を有し、その魔力を使った超高速飛行が最大の特徴。目にも止まらぬ速さのこの怪鳥を倒した際には確実に魔石をドロップする』
「本当にドロップアイテムを必ず落とすのか……」
俺は見たことも、聞いたこともないモンスター。ダンジョン関連に関してはまだまだ知らないことが多いことを痛感する。
まあしかし、一言で言ってしまえば、滅茶苦茶素早いだけの大鷲だ。
「【全力疾走】! 」
情報は十分に見た。
後は仕留めるだけ。
風を切って走る。空の上を。念動力で固められた空気の上を。
【火炎魔術】と【念動魔術】は町中だと危なすぎて使えない。だからこんな時はやっぱり……
「オラァ! 」
この金属バットに限る。
こちらに背を向けている一匹の背中に飛び乗り、気づかれる前に頭部を破壊した。
まずは一体。そしてこれが……ドロップアイテム……。
「結構小さいんだな」
いつの間にか、手の中に握られている小さな珠。手を広げるとギラギラと緑色の光を放つさまはまさに宝石のよう。
これ一つで本当に100万なのか……?
嘘だろ? 信じられん……頭がクラクラしそうになる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!! 」
そんな隙を強襲してくる3匹の鷲。
仲間を殺された怒り。
何をされたのかを理解できないという困惑。
俺に対する警戒の心。
この言葉の通じない鳥頭の考えていることが手に取るように分かった。
頭上。右下。左下。3方向から迫ってくるクチバシ。
さすがのスピードだ。敏捷力20万は伊達じゃない。
力が1000に満たなくても、
耐久力が100程度でも、
この速度で直撃すればダメージを追うことは免れない。
『威力』は『速度』の二乗と言う話も聞いたこともある。この速度で飛べる2mの鳥がぶつかってくれば熱いコンクリートの壁くらいなら粉砕できるはずだ。
「『超反応』」
でも、足りない。まだ……遅すぎる。
思考と認識する時間が引き伸ばされていく。自分だけが正常な時間の流れから外れる感覚。
体中の血流が加速し、心臓の鼓動が速くなり、魔力が穴という穴から吹き出す。
そして音は止まり、
風の動きも止まり、
世界そのものが静止する。
「……」
スキルレベル52の【疾走】での『超反応』の継続時間は3秒。
敏捷力と器用の補正倍率は7倍。
加えて、俺の素の[敏捷力]は100万近い。
この条件が重なった時に一体何が起こるのか?
――答えは簡単。俺以外の時が止まる。
もちろん、実際に時を止められるわけじゃない。相対的な速度の差で疑似的にそんな現象が起こるということ。
弾丸のような速度の大鷲が今や、動いているのかも分からない。時が止まったような空間の中で俺だけが自由。
一番近いのは右下。
右足でそのままワシの頭に着地。
そして踏み抜く。
横を見れば左下はすぐそこ。
蹴り上げた反作用を利用。
同じように頭に着地。
最後は斜め上に飛び上がる。
力を貯めたバットが残り一体の胴体を粉々に砕くまでに3秒どころか、1秒すら経過していない。3羽は未だに静止を続け、自分たちが既に死んでいる事すら気づいていない。
まだ時間は余っている。次はどこだ?
頭で色々と考え過ぎだ弊害だろうか。その時、妙にテンションの高かった俺は勢いそのままに12体のジェムイーグルを狩り取る。
まあ調子に乗っていたことは認めざるを得ない。日本に戻ってきてから色々ありすぎて頭もおかしくなっていたのかもしれない。
だけどその後の展開だけは、まったく予想できなかった。
「12個」
「……」
「これ……本当に君が狩ってきたの? 」
「はい」
「一人で全部? 」
「……はい」
俺が最後の肯定を口にした瞬間、地下室は大きな騒めきで包まれた。
『アイツ、誰だ? 』『お前、知ってる? 』『いや……』『209って……』『レベル表記バグってるじゃん』『そんなことあるか? 』『どっかで見た顔だ』『なんだっけ、俺も知ってる気がする』
小さく聞こえるそんな声に肩が竦む。
何かやっちまったのか……俺。
「いやね、城本君……言いにくいんだけど」
「……」
生唾を飲み込んだ。今から何を言われるのか見当もつかなかった。空気は張り詰めて、緊迫し、息をするのすら苦しい。
「おおぅ、剣太郎! 久しぶりだな! 」
そのため、後ろからかけられた声に過剰なまでに反応してしまう。
「ッッ!! 」
その声はっ……………いや……この声……本当に誰だ?
振り向いた先にいたのは
「…………誰? 」
やはり見覚えの無い人。
それも真っ赤な長髪を頭のてっぺんで結いあげた
『ファンキーなサムライ』だった。