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緊急依頼(クエスト)

 会ってすぐの人からいきなり金をもらうのは抵抗がある。


 それも札束は大金過ぎて受け取るにはさすがに気が引ける。


 こっちは別に頼まれたから助けたわけじゃない。


 まあ1、2万円くらいならもらってもバチは当たらないのかな……?



 ――なんてクソみたいな綺麗事を真面目に考えていた瞬間も俺にもありました。



 家なしになり、


 戸籍も無くなり、


携帯(スマホ)も持っておらず、


 頼れる人も居なくなってよくわかった。 


 何事も、何をするにしてと先立つものは絶対に必要だってことを。金はいくらあっても良いし、いくらあっても足りないってことを。


 身分証すら持ってない俺は、日本国内のほぼ全ての公共機関を使用することができず、都内をひたすらさまよい歩くことになった。





「人多いんだなー。東京」



 そんないかにも上京したてな人間が言いそうなセリフを吐きながら大通りを歩み続ける。


 何人もの人とすれ違ってはいるが、幸いと言っていいのか、特に騒がれることはない。皆が皆、自分の仕事や用事に集中しているようだ。はたまた他人に興味がないのか。


 上を見上げれば太陽はすっかり上り切っていた。恐らくは死神と戦ってから半日以上経っている。一睡もしてないが眠くはないし、身体は特に疲れておらずピンピンしているのは[持久力]が数十万あるおかげに違いない。


 ただ少し脳だけは休めたかった。落ち着けるところでコーヒーでも飲みたい気分だった。考えたいことが多すぎた。あの『木ノ本絵里』については……特に。



「わっかんねぇな……なにも……」



 あの看板を見たときから既に10時間以上考えてはいるが、未だに結論は出ない。なにしろ情報が少なすぎる。こうして街を歩いているとかなりの頻度で彼女の顔を見かけるが、掲げられた看板には名前と顔以上のことを俺には教えてくれない。



「同姓同名のよく似た別人って線はないと思うんだがなぁ……」



 実際木ノ本とはそれほど長い付き合いがあったわけじゃない。出会ったのはほんの数ヶ月前のこと。だから明確に、克明に彼女の顔を思い出せるわけじゃない俺にはやはりあれが俺の知っている木ノ本であるという確信を得ることは不可能なのだった。



 行くしかないのか……? 迷宮庁に……?



 そう俺に思わせることまでが、赤岩さんの作戦なのかもしれない。そう考えると少し足が竦む。俺が一つでも選択肢を間違えれば、家族にも危険が及ぶかもしれないからだ。


 ただフラストレーションだけが溜まっていく。考えても仕方がないとわかっているのに頭は自然とそのことを考えてしまう。


 唯一はっきりとしているのは、この一ヶ月ですっかり有名人になった木ノ本だけが俺に残された最後のあてであるということだった。



「おい、話しに聞いた場所ってここらへんだよな? 」


「ああ……多分……アレ! あのビル! 」



 元気な話し声だ。友達同士かな?


 さっきから気になってはいた。無言で道を行く通行人の中で声を発している集団だから。


 俺には何も関係ない。気にしなくていい。そうも思っていたけど、一度気になりだすと耳は自然と彼らの会話を拾ってしまう。



「装備はこんなもんでイイかな? 」


「おいソレ……よく見たらエクスアームの一番安いやつじゃねーか! 大丈夫なのかぁ? 」


「え? マズイ? 」


「ま、まあ今回の緊急依頼はD級以上が対象って見たし……大丈夫……だろ! 」



 声はそのままどこかへ向かって遠ざかっていく。


 後ろ姿をチラリと見たら随分とカラフルな格好をしていた。



「……コスプレ? 」



 そういえば。さっきからやたらすれ違うな。変わった服装の一団と。


 迷彩服。どこかの国の軍服。二次元由来っぽい鮮やかな色使いの服から警察機動隊? のような物々しい姿、さらには甲冑姿の武人まで。


 てんでばらばらな格好のように見えてある一つの共通点があることを俺は知っていた。


 全員、『戦い』のための格好だ。


 そういうゲームかアニメのイベントでもあるのか……?


 なんてことを考えながらぼーっと見ていると、彼らの一人の頭上にレベル表示がされていることがわかった。



「あ」



 いや、違う! 一人だけじゃない。全員だ! 


 その時になって俺はやっと気づいた。彼ら全員がホルダーであること。そしてバットを片手に持った俺が悪目立ちしなかったのは彼らのおかげであることを。



「……ついていってみるか? 」



 自問自答するまでも無い。答えは決まりきっていた。





 何の変哲もない雑居ビルの地下。ライブハウスのような雰囲気の打ちっぱなしのコンクリートの部屋の中は異様な雰囲気で包まれている。俺を含めた総勢78人ものホルダーが密集した小空間の中心には男が一人たっている。ちなみにソイツはホルダーじゃない。



「緊急依頼にもかかわらず、これほどの人数が集まっていただけたことにまずは感謝を」



 誰一人声を発さない。その様子を見て俺も右に倣う。



「今回ダンジョンより逃走を許した迷宮外生物は……『コバルト・イーグル』。本庁からのリークによると最低でも20体を下ることはないということです」



 その瞬間、地下室は静寂から熱狂へと一気にシフトした。まるで人が変わったように。



「目撃情報は、ここエリアA13を含めた12、14、15の4つのエリアでなされています。確定でドロップアイテムを落とすモンスターであるため、今回の報酬はアイテム一つと交換という策を取らせていただきます! 」



 そしてざわつきが頂点になった瞬間を見計らって男は力を込めて宣言する。



「アイテム1つに1000K! キャッシュで全額お支払います! 換金場所はここ澤村ビルの地下一階で! 皆様の活躍と御健闘をお祈りしております!! 」



 今、地下室は一つになった。



「うおおおおおおおおおおおお! 」


「よっしゃああああああああ! 」


「一発、100万! 」



 全員が拳を、武器を振り上げて絶叫している。強すぎる熱気と昂った魔力が部屋をビリビリと振動させていた。


 察しはついていたが、これで確信できた。


 これから始まるのはモンスターの討伐……それも報酬もついてくるおまけ付き。


 その時の俺にやらないという選択肢はもちろん無かった。


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