ネットの伝説
都内某所。
とあるトンネルの入り口の傍で男が1人、電話越しに話をしている。
見た目の年齢は20から30代の間くらい。無精ひげを生やし、真っ赤に染め上げた長い髪を乱雑に結っていることから堅気ではないことだけは見た目で分かる。その上、男は片手に『刀』を持っていた。
「本物の『金属バット』? 」
『ああ』
「冗談だろ? タクマ」
『冗談じゃないって』
「冗談じゃないんだったら、何かの勧誘か? そうなんだろ? 最初に言っておくが、俺はお断りだ」
『……もし仮に勧誘だったとしてもマサヒラにだけはしないよ。だって君、ホルダー向けの怪しい情報商材に引っかかったばかりだもんね? 』
「おい! それを言うな!! 」
気の置けない友人からの挑発に『赤チョンマゲの男』、改めマサヒラは悶え苦しむ。彼の手に収まった立派な武器はまさしく悪意のある人物に騙されて購入した代物だった。
『3時間のセミナーにも5回くらい言ったんでしょ? よく途中で気づかなかったね? 』
「クソッ! くそっ! ああ思い出しただけでイライラしてきた! 絶対なんかの【魔法】か【スキル】使ってたぞ! あの勧誘の女! 部屋も妙な臭いもしたし! 何が『効率的なレベルアップ』だ! 何が『レアスキル』だ! 何が『ドロップ率上昇』だ!! 」
『まあまあ落ち着けよ。マサヒラ。今、ここで何を言っても失った金は戻ってこないって』
「お前は他人事だからそう言えるんだ! 」
『そう言うなって。これでも友人の1人として君を止められなかったことに少しは責任を感じてるんだぜ? 』
「はっ……! どうだかな? 」
『本当だよ。俺がマサヒラに嘘をついたことがあったか? 』
「何千回もあっただろ! ……具体的なことは言えねえけど……」
『ふふっ……でも少しは元気そうで安心したよ』
「久しぶりに電話をかけてきたと思ったら、それが理由かよ」
『人づてに聞いたからね。落ち込んでたって』
「まあ今一番金回りの良いホルダーを狙った詐欺は前からあった話でお前も警告してたからな。究極的には騙された俺が悪いんだろうし……それに実はこの刀……結構、気に入ってんだぜ? 」
『へぇー! 』
電話越しの感嘆の声を聞きながら、マサヒラは片手で刀を抜き放った。太陽の光を受けた刀身は空と同じ鮮やかな青色を照り返す。その見事な色に惚れ惚れしていた彼の邪魔をしたのは携帯からの冷ややかな指摘だった。
『……まさか調子に乗って鞘から抜いてたりしないよね? 』
「あ」
『今、外にいるんでしょ? ちゃんとした理由があって武器を使用しないと【ホ管法】はマサヒラを守ってくれないよ? 』
「し、し、心配すんなっ。そんなガキみたいな真似しねーよ! 」
『呆れた。本当にやってたんだ……今度は捕まりたいの? 管制官に』
「……っとそんなことよりも、何か俺に言いたかったんじゃなかったか!? 」
『はぁ……』
「…………」
友人のため息を耳元で受けながら、音を立てない様に、刃をゆっくりと鞘へ戻すマサヒラ。もちろん電話の向こうにいる友人はそんなことに気が付いている。刀が鞘に仕舞われたタイミングを見計らって問いかけた。
『ねえ……続き話していい? 』
「ああ、もういつでも良いぜ! 」
『大学のサークルのメンバー4人で国内のダンジョンをあちこち回ってるって話は前にしたよね? 』
「ああ、言ってたなお前。『東京に残ってたらダンジョンと経験値のとりあいになるから』ってさ」
『そんなこと無かったね。むしろ今は東京の方が稼ぎやすいんじゃない? 』
「いや、そうでもねえぞ。今、東京は……まあそれは後で話すわ。それで? 」
『ああ、うん。それで今、俺達は中部エリアを回ってるんだけど……』
「おお、そうなのか」
『会っちゃったんだよね』
「誰に? 」
『金属バットに』
その時マサヒラは自分のことを棚に上げ、友人がとうとうダンジョンの潜り過ぎでイカレてしまったと確信した。
「お前……マジか……」
『マジだよ。大マジ。俺達助けられちゃったもん』
「助けられたってお前……」
『お前らって確かレベル60近くはあったよな? 』と続けようとしたマサヒラ。しかし先んじて友人は衝撃的な話を語った。
『僕らさ実はトラップダンジョンに引っかかっちゃったんだ。それも行先は…………不幸にも上級ダンジョンだった』
「んなっ……! 」
思わず携帯を取り落としそうになったマサヒラ。上級ダンジョンの名前はそれだけ彼らからすれば重すぎる意味と歴史を持っていた。
(上級ダンジョンって……。トラップダンジョンでそんな『地獄』に一発で飛ばされることがあるのか? さすがに信じられねえ。でも、タクマはその類の嘘を俺には絶対に言わないもんな……)
「よく生きて帰ってこれたな? ケガはしてねえのか? 後遺症は? 」
『あはは、心配してくれてありがとう。でもね、僕らは無傷だよ。それどころか何もしてないんだ。上級ダンジョンに入ってから出るまでずっと』
「え? でもそれって……」
『言っただろ? 助けてくれたって』
「ッッ!! 」
やっと脳裏で繋がった友人の言いたいこと。電撃が走ったような衝撃に打たれ、結われた赤い髪は自然と揺れ始めた。
(タクマ……お前……上級ダンジョンで見たってのかよ!! )
「おい金属バットは死亡説が一番有力だって見たぜ? ネットでだけど」
『いや……彼は絶対に、120パーセント金属バットだ。間違いないよ。持ってたもん。金属バットをちゃんと』
「マジか!? 」
『マジマジ。凄かったなぁ~』
友人の真剣に感動している様子にマサヒラは思わずうめく。実を言うと彼はネット上では伝説の存在になっている『金属バット』のファンの1人だったからだ。もちろんそのことを友人に話したことは無い。こんな類の都市伝説や噂を本気で信じていると知られるのは、いかに長年の友人と言えど少し恥ずかしかった。
「なあ、それってどうせなりすましなんじゃねえの? 結構居たじゃねえか。俺が金属バット本人ですって奴。最近はめっきり見なくなったけど。本人が『俺が金属バットです』って言ったのか? 」
『いや、言うわけないだろ。そんなこと』
「まあそうか……そうだよな……でもさ」
『なに? もしかして『嫉妬』してんの? 』
「そんなんじゃねえよ!! 」
図星だった。マサヒラは嫉妬していた。羨ましがっていた。伝説をその目で直接見たという友人のことが。
「……証拠は? 」
『え? 』
「証拠を出せよ! お前が本物の伝説の男と会ったっていうことを証明しろ! 」
『ええー……』
自分でも分かっていた。歳に似合わない子供じみたことを言っていることを。しかしそうでもしないとやっていられない気持ちだったのもまた事実だった。
「なんでもいい! 写真! 動画! その他もろもろ! なんか出せ! 」
『ああそういうことなら……彼の動画ネットに上がってたよ。暮河駅前で派手なパフォーマンスしてた。……実はあの暮河駅の場所を教えたの俺なんだぜ? 』
「そんな誰が上げたのかもわからないような情報を信じられるか! 」
何を言っても靡かない友人に電話の声はしばらく黙った後に、小さく呟いた。
『これくらいなら……言っても良いのかな』
「何だよ? 」
『金属バットの情報だよ。言っただろ? 助けてもらったって。その時に色々見たんだ』
「……ほお、それで? 」
『本当に言っちゃうよ? これは俺が調べた限りネットのどこにも載ってない情報だったんだけど……』
「もったいぶらずに早く言えよ! 」
『彼は16歳の少年で、レベルが200を超えていて、念力を使ってた』
「…………」
絶句したマサヒラが『そんなバカな』と言おうとしたその瞬間
「え? 」
自分の頭上を行く一人の少年を見た。
ほんの刹那の間に視界に映った城本剣太郎という名前の彼は急いでいた。
金属バットを片手に持ち、空を踏みしめるようにして走り、『【念動魔術】』と呟き、頭上に『Lv.209』の字を輝かせて。