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普通の人/重なる声

「もしもし? 」


『報告です』


「ああ君か『トカゲ』……いや今は安芸村正二(あきむらしょうじ)と呼んだ方がいいんだったな。どうだ? 管制官の仕事は板についてきたか? 」


『冗談はよしてくださいよ室長。分かってるでしょ? 安芸村はついさっき同僚と一緒に即死(・・)しました。【4番目】の【魔法】でね』


「クク……そうだったな。少々悪ふざけ過ぎたか」


『本当ですよ、全く。それで? 続けても良いですか? 』


「ああ続けてくれ。まあ~聞くまでもなく結果は知ってはいるんだがね。さすがの手腕だった。こんな回りくどい事を頼んですまないね? それとも、この程度の『工作活動』は君には役不足だったかな? 」


『いやいや室長。今回の『潜入』は中々骨が折れましたよ。さすがは迷宮庁です』


「弱気な君は珍しいね。元とはいえ公安の目は、いくら距離が離れていようと侮りがたいというわけか……」


『……まあ向こうが油断してたのは間違いないですよ? 迷宮庁への彼の印象を悪くさせるだけでなく、本庁からの通信遮断(・・・・)まで俺一人でこなせたんですからね。でももう一度あの組織に入るのはゴメンこうむりたいですってところが正直な気持ちです。まあざっくりとした所感はこんなもんですかね? 詳しい事は後日ってことで良いですか? 』


「ああそれで構わない。本当にご苦労だったな。あと少しだけ(・・・・)付き合ってもらった後はじっくり休んでくれ」


『……? まだなにか? 』


「おいおい、まさか忘れてないだろうね? 私にとってはむしろここからメインで聞きたいことなんだ」


『メイン……? 』


「『ファーストブラッド(かれ)』と実際に話してみた感想だよ。あいにく人形使いからは聞きそびれてしまってね。どうだった印象は? 」






 足元に転がる親指と人差し指。


 少し離れた場所には中指から薬指の3本が一緒になって落ちている。


 ジェイドだったものの残骸だった。



「なんて……夜だ」



 今夜はとても眠れそうにない。


 今晩だけで俺は何人の死体を見たんだろう。スキルが無ければ数えてもきりがないくらい、数えるのが嫌になるほど目に入ったことは間違いない。



「でも……ぶっちゃけ、もう慣れたな」



 最初から『そういうこと』に耐性があったわけじゃない。


 自分でも自身の変化に少し驚いている。


【剣神】を彷彿とさせる自分勝手な理論と理屈を展開してきた死神(ジェイド)には確かな怒りを覚えていた。


 その場にいながら、俺の知らないうちに虐殺が行われていたことには、とてもやるせない気持ちになっていた。


 だけど……死体そのものを見て


 ショックを受けたり、


 戸惑ったり、


 吐きそうになったり、


 驚いたりすることはなく


 ただ俺は死体があることを受け入れていた。


 やっぱり慣れてしまったんだろう。恐らくこの変化を成長とは言わないはずだ。



「最近はため息ばっかりだな……」



 俺がそんな風に変わっている間に季節は夏から肌寒い秋へと変わり、冬が近づいてきている。思わず出た息は、ほんのりと白かった。


 何か裏の事情を知っていそうな『人形使い』は俺の前から消え、もしかしたら何かを知っていたかもしれない『死神』は目の前で殺された。


 これが何を意味しているのか……俺にはもう理解できていた。



「振り出しだ」



 深夜の東京で1人、俺は完全に途方に暮れていた。






『印象ですか……なるほど』


「実際に会話した君に率直な感想を聞きたいんだ。説明が纏まってなくても良いからこの直後に感じた部分をね」


『そうですか? なら言葉を選ばずに言っちゃいますよ? 』


「ああ、それでいい。それがいい」


『思ったより普通(・・)でした』


「普通……? 」


『はい、普通です』


「それは人類最強の少年を表す言葉には余り似つかわしくない表現だね」


『そうですかねー俺には普通に見えたんですよ。クレームを入れるような目立つ真似やトラブルを避けて、自己主張はあまり強くなく、年相応に役所の対応は不慣れで、大人と話すのは若干気後れするような……普通の16歳の日本人にね』


「ほお……それは面白い観点だな」


『そうですか? 』


「いや君の言うことも一理あるんだろう。でもそれだと少し疑問が残るんだ。君は見てないだろう? 彼と死神の戦いぶりを? 」


『ええ、その時には既にあの支部からは離脱してましたから』


「部長と二人ずっとモニターに釘付けだった私にはどうしてもあの戦闘に引っ張られるんだよ。とても普通とはいい難くてね」


『どんなでした? 』


強烈(・・)だったよ。格上すら一瞬で黒い灰に変えてきた『死神』の【即死魔法】を全く意に介していなかった。最後は鬼神の如き強さで死神を一方的にノックアウトさ。そんな彼からは普通の人間が持つような、ある動き(・・)が見られなかったんだよね」


『なんなんですかその『動き』って』


「『他人に暴力を振るうことに対する』抵抗感(・・・)さ。普通の人間だったらバットで動物を殴ることだってかなり躊躇するだろう? 無抵抗の相手を殴る気にはなかなかなれないだろう? でも彼の戦いにはそんな『ぎこちなさ』や『迷い』が一切なかった。もし殺すことになっても『仕方がない』という割り切りがあった。最後は拷問まがいに死神を嬲っていたからね。さすがに不慣れだったけど」


『なるほど』


「これを聞いても尚、彼が普通だっていうのかい? 君は? 」


『室長……何言ってるんですか。普通な奴っていうのが一番怖いんですよ? 』


「……なんだと? 」


『ああいう一見穏やかそうな奴がきっかけ一つで化ける(・・・)んです。自分が暴力を振るうことを受け入れて、納得さえしまったら最後、情け容赦のない怪物へと変貌しますよ。心のタガを外したらあの手の人種は二度ともとには戻せませんから』






「……【念動魔術】」



 タクマさんからもらった服から、こびりついた血と肉片を引きはがす。


 逆再生動画のように細かい繊維の隙間から離れていく赤い液体を見つめながら考えることはもちろん、今後のこと。



「…………」



『組織』の人形使いには逃げられた。


『アメリカ』からやって来たジェイドは目の前で殺された。


 そして『迷宮庁』は……俺を死んだと思っていた。



「今から考えたら……あの扱いが結構ショックだったんだな。俺って」



 迷宮『課』の面々の中には何人か今でも信頼できる人達がいる。実際に何度か俺自身も助けられた経験もある。間違いなく彼らと俺は死線を共に乗り越えた戦友と言っても良い存在だったはずだ。


 そして俺は黒騎士と戦うために、ダンジョンへ潜り込んで異世界へと飛び、一か月帰ってこなかった。


 帰って来て出迎えてきたのはすっかり変わった世界と、消えた故郷と、家族の行方が分からない報せと、自分が書類上は死んでいるという通告だけ。



「さすがに……ちょっと堪えるな」



 そう独り言をつぶやいて、かじかんだ手を摩る。夜の東京を見つめながら。



「あれ? そういえば俺ってこれが初東京なのか? 」



 そのことに気づいてから、周りを見回すとやっぱりあった。東京タワーとスカイツリー。



「おお~結構綺麗に見えるんだな」



 ほんの少し、本当に少しだけ元気が湧いてきた。そうなると気になってくる。ここが一体東京のどこなのか。



「東京タワーとスカイツリーがどっちも見れるってことは……まあまあ都心なのか? 」



 思案しながらもう一度辺りを見渡す。


 するとどこかで見たような、見たことの無いようなビル群がずらりと目に飛び込んで来た。


 だめだな。土地勘も知識もゼロなんだから俺に分かるわけがない。あーあこんなことなら梨沙の東京旅行の話を聞いておくんだ……った……………あ。



「あの看板……迷宮庁が出してる奴だ」



 特に意識したわけじゃない。けれど何故か。視界に飛び込んで来た、その巨大広告が気になった。


 理由は……俺と同世代くらいのアイドルか、女優らしき女の子の写真がデカデカと使われているからだろうか。



「『あなたもホルダーになろう! 』……ね。なかなか真っすぐなキャッチコピーだな。赤岩さんのセンスか? 」



 文字を見た後にあらためて隣の女の子の写真を見た。


 髪型は一つ結びのポニーテールで染めては無い。


 かなり化粧はしているっぽいが、可愛いと美人の丁度中間という恵まれた造作をしていた。



「なんだ? どうしちゃったんだ俺? 」



 自分でも本当にわからない。何故か看板のあの女の子が気になって仕方がない。どっかの番組かネットで見たことがあったりするんだろうか。



「あ……よく見たら下にもなんか書いてあるじゃん」



 巨大広告の下部には小さく文字が書かれていた。


 え~っと何だ? 


 ん? だめだ左端は小さすぎて読めん。


 まあいいや。


 なんとか、なんとか兼『迷宮庁キャンペーンガール』の……


 ……


 …………


 ………………は? 






「となると……厄介だ。彼との接し方も少し見直すべきかもしれないな」


『覚悟を決めた普通の奴は強いですからね』


「つくづく迷宮庁との分断工作が上手くいって良かった。君には感謝をしてもしきれない」


『まあこれが俺のシゴトなんで……出来ることならなんだってやりますよ』


「なら早速頼みがある。『誘拐』だ。とある人物に気付かれぬように接触して、攫ってきて欲しい。ファーストブラッドと『組織』の関係性を決定づける重要なカギとなる可能性がある人物だ」


『へえ。もしかして……噂の爺さんですか? ファーストブラッドの』


「いや。彼の足跡もまた『組織』はつかめていない。残念なことにね。それに今回の目標は年老いた男性ではないよ。むしろ真逆。若い女性だ」


『ほお……そりゃあ……楽しみですね? 』


「その手の話題に疎い君でも知っているんじゃないかな。彼女は今や『超有名人』だからね」


『マジですか!? テンション上がるなあ! 』


「うんうん。仕事に前向きなのは良い事だ。前置きはこのへんにしよう。今度の君のターゲットは……」















「「……木ノ本絵里」」








 場所は離れている。


 だけど同じ東京の寒空の下。


 偶然にも


 城本剣太郎と室長の二人の声は重なる。



 ――同じある少女の名前を呼ぶことで。





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