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三すくみの勝者

 深夜の迷宮庁。その最上階の一室で、狂喜している人間が一人いる。



「素晴らしい! 見たかい!? 彼の魔力を! 耐久力を! 力を! 速さを! これほど一方的になるとは欠片も予想していなかった! あの死神がまるで赤子のようだった! 」



 赤岩信二だ。



「死神の【即死魔法】は無敵だ。物理的な破壊力なら間違いなく頂点に位置する力を持っている。それを涼しい顔で何発も受けられるなんて……! 」



 日本全国すべてのホルダーを取り仕切るはずの彼はこの瞬間、剣太郎の一ファンでしかなかった。



「なあ君も見ただろ! 君でさえ彼を倒す攻略する方法は思い付かないんじゃないかい!? 」



 興奮冷めやらぬ迷宮庁長官は隣に座る女に声をかける。



「……ソウですネ」



 しかし返って来た言葉は冷ややかなモノだった。



「どうした。随分、反応が薄いじゃないか? 」


「……これでもカナリ驚いてイるんデス。あの少年は過去のいかナル強者達にも届き得なかったリョウイキに到達してイル……キガシマス」


「なら……」


「私が気になってイルのはそこじゃありまセン……。爆死した彼のことデス」



 女は俯く。赤岩に表情を隠すように。


 まるで死神が仲間に殺されたことに、心が痛んでいるとでも言うように。


 赤岩はそんな様子に気付かない。



「ああそんな話か? そのことなら、なおさら喜んで良い。米国が遂に『死神』を切る判断を下したってことだからね。それに彼に同情は必要ない。『死神』は度々、命令無視の虐殺行為が国際的に問題視されていた危険人物だったからねえ。非同盟国の中には彼をA級討伐対象に認定していたところもあるって話さ」


「……そうナノですカ? 」


「ああそうだよ。しっかし、あの国のやることはいつも派手だな。まさか【爆破魔法】を体内に忍ばせて爆殺するなんて……! 」


有効射程(・・・・)もかなり長そうデシタ」


「日本の領海内側には死神を爆殺した術者はいなかった……。射程はもしかしたら『数千キロ』にも及ぶかもしれないね。気づかれずに仕込めるのならかなり強力な魔法だ。対策にはかなり苦労するだろう」


「もう考えるのはツギノことですか? 」


「そうさ! 今回、日本……ひいては迷宮庁は賭けに勝ったんだからね! 両国の抱える切り札(ジョーカー)をぶつけ合った結果、生きのこったのは我らが少年Cだけ。それもこっちは襲われた被害者の立場だ。完全勝利と言っても良い。情勢はこれで大きく動くだろう」



 気持ちよく説明する赤岩に目を細めさせた『女』はずっと考えていたある可能性について言及した。



「……この戦いで死者はどれだけ出たのでしょう」


「なに? 」


「爆死した彼は【即死魔法】を使い続けたのですよね? かなり多くの国民が巻き込まれたのでは無いですか? 」



 犠牲者のことを思い、うかない顔をする『女』。



「なんだ。そんなことか」



 一方の赤岩は拍子抜けしたようなあきれ顔で『女』に説明した。


 今晩に、自分が行った全ての手回しを。



「その心配は無用だ。ある筋から『死神』が急襲してくることは事前に聞いていたからね。手は打ってある。少年Cがいる中部エリアc−15から19地区一帯の支部へその旨を連絡しておいた。丁度、今から一時間ほど前に全ての避難が完了したという報告も受けている。安心していい」



 死者がいなかったことに太鼓判を押す赤岩。


 だが『女』の視線は依然として冷え切っていた。



「……その報告は本当に信じていいのですか? 」



 返答に詰まる赤岩。


 思い返せば、いつも使っている直通の電話回線であるためほんの少し油断していたかもしれないと気づいたからだ。



(それにこの女……何か知っている雰囲気があるぞ? )



 赤岩は知っていた。この『女』の悪い予感は確実に当たるということを。


 そして



「長官! 大変です!! 」



 真実を知るときはやって来た。






「赤岩信二君……青い(・・)ね。青すぎる。何もかもが」



 場所は転じて迷宮庁と同じ、東京某所のホテル。


『部長』との定期報告会を終えた室長は窓の外の景色を見て一人黄昏ていた。


 視線の先にあるのは都庁のすぐ脇に立った真新しい『迷宮庁』のビル。


 室長は想起した。今頃、建物内部で起こっているであろう喧騒を。


 タバコの煙をくゆらせ、ライターを弄びながら室長は誰に聞かせるでもない独り言をポツリと呟いた。



「君の失策は3つだよ。赤岩君」



 呟きに乗じて口から煙を吐きだし、室長は物思いにふけり始めた。



(一つは目は、『外からくる敵だけ(・・)に注意を向けていたこと』。二つ目は『公安時代に培った優秀な手足の殆どを政敵の制圧と、政治地盤を固めるためだけに費やしたこと』。三つ目は、『【一番目】(ファーストブラッド)の動きから一瞬でも注意を逸らしたこと』)



 室長はくつくつと籠った笑みを浮かべた。


 敵のミスがスラスラと出て来た自分にも、それだけの失態を重ねた赤岩のどちらもが室長の笑いのツボを刺激したのだ。



「赤岩信二。全てを操る策士の気分はさぞ気持ちよかっただろう? だけど(まつりごと)に不慣れなあまり、少し浮足立っていたみたいだね? 足元にかなり大きな隙が出来ていたよ。なあ教えてくれ。今どんな気持ちだ? すっかり頭の中から消えていた『組織』からキツイ一撃をくらわされた気分は? 君はもう少し目を向けるべきだったのだよ。迷宮庁という組織の……『末端(・・)』にもね」






 丁度そのころ迷宮庁では



「そんな……まさか……」



 部下が足早に去っていたことを確認した赤岩が床にへたり込んでいた。


 足腰からは完全に力が抜け、茫然自失を絵に書いた様な表情を浮かべる彼からはさきほどの愉悦は一切感じられない。


 赤岩は自分が敵の策にハマったということをその時、やっと受け入れられたのだ。



「アカイワ? 」


「どうする……? まずはそうだ……官房長官に根回しを……官邸にも電話をいれないと……それで……その後は? 」


「アカイワ」


「記者会見の準備をしなければ……原稿は? ……千田は? ……そうかアイツには現場に向かってもらったんだった……」


「アカイワ……! 」


「死者……1000人だと!? ああ! 何故だ! おかしい! 意味がわからない! 誰の仕業だ!? 何がどうなっているんだ!! 」



 女はため息をつく。


 いくら名前を読んでも、正気が戻らないビジネスパートナーに。



「……【洗脳エンケパロス】」



 だから女は使用した。しびれを切らして。


 信頼も、


 友情も、


 上下関係も、


 人間同士の関係性を全て無に帰させる史上最悪の【魔法】を。



「どうする? 考えろ? 考えろ考えろ考え、ろ……かんが……え……か……ん……が…………が………………」



 変化は一瞬だった。


 パニック状態だった赤岩の表情が徐々に消えていき、うわ言を呟くようになり、最後には押し黙る。まるで人形のように。



「オチつきましたカ? 」


「…………」


「思いだしなサイ。アナタが何を望んでいるノカ? ナンノために生きているノカ? ずっと昔から変わらないオモイを」


「………、…」


「ニドと帰ってこナイ娘の命に報イルため。彼女のヨウナ死者を出さない世界を創るタメ。そして日本という国ヲ外力から守るタメ……ソウダッタデショ? 」



 その瞬間、『女』の新緑の目を通して魔力が赤岩の脳を通り過ぎる。


【魔力】は脳細胞を破壊することも、毛細血管を破裂させることも無い。


 ただ『置き換える』。


 記憶の前後関係を。


 保管場所を。


『女』の都合の良い様に。



「はい……そうです。そのとおりです」


「ナラば……止まってるヒマはアリマセン。立ち上がりなサイ」


「はい」


「部下がアナタの指示を待ってイマスヨ。行きなサイ」


「はい……賢者様・・・



 女は赤岩が部屋を退出していく一部始終をジッと見つめると、再びため息をついた。



「まったク……『短命種』の扱イはイチイチ骨が折れマスネ」



 その息は安堵の息だった。


 全て『自分の思い通り(・・・・・・・)』にことが進んだことへの。



(アカイワを【洗脳】しようとするには、彼が創り出した外向けの分厚い仮面(ペルソナ)を剥がす必要がありマシタ……。最初は苦労すると思ったのデスが……アナタは存外に『脆い』んデスネ。この目で見通した『悲劇』をそのままぶつけて……こうして仮面を一枚剥がしてしまえて……すぐに出てきマス。刷り込みに最適な『子を失った苦悩する哀れな父親』の顔が)



「少々可哀そうになってきまシタ。アナタは本来なら組織の長にはムイテいないのデショウネ。まあソノタメに私がいるのデス。【賢者】の一人として、アナタを導いて差し上げマス。私にツゴウがイイウチは」



 女は……賢者は微笑んだ。


 新緑の光彩をきらめかせ、


 灰色の髪を振り、


 尖った耳を震わせて。

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