あっけない最期
俺は知っている。
人よりも力を持った人間がどれだけ簡単に倫理観を失うのか。
「……吐け」
「……ッッ! がっ……! ぐがぁああ!! 」
向こうの世界で、何人もの貴族を見て、戦ったことで。
「やめ”っ……首っ……やめ、で! 」
「俺の力加減は完璧なはずだ。喋れる程度には抑えてる。いいから吐けよ」
俺は知っている。
甘さは時として誰かを傷つける結果になることを。
「お前がアメリカ人で……国から頼まれて来たってとこまでは聞いた……それで? 」
「ばな”ずッ! 話ずがら……! ……離じで……」
向こうの世界で最初に見た、奴隷商人が支配する街で。殺すのをためらった結果、危うく多くの命を救い損ねる経験をして。
「知ってるぞ。今お前を自由にしたら、【疾走】で逃げるつもりだろ? もしくは人質でもとるつもりか? もうかなり[魔力]も回復しているもんなぁ? 」
「ぞんな! ぞんなこと……な……い……」
俺は知っている。
『敵』への非情さは時に必要であることを。
「そうか? 俺は信じねえけど……【念動魔術】」
「があああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! 」
向こうの世界で人を人とも思わない連中と、【剣神】と出会ったことで。
「ちょっと大げさ過ぎないか? こっちは知ってるんだよ。今のお前の[耐久力]が実際にはどの程度なのか。どれだけ『力』が加われば、どれほど人の体が『壊れる』のか。……もうずっと昔に通り過ぎた道だからな。これぐらいじゃ骨の一本も折れてねえだろ」
「あが……あ”あ”あ”あ”あ”……ひたぁ……舌が! 」
そして今は思う。
気づかなかっただけで。意識の外にあっただけで。
俺がもと居たこっちの世界でも、そんな奴はいくらでもいたんだろうって。
「スキルレベル43の【自動回復】があるんなら、その程度の傷なら一瞬で治せるだろうが」
「い”や”ぁ! いや”! 」
「まあ……戻った魔力を全部つぎ込めば……な」
「あ…………」
帰宅部の、普通の高校生のままじゃ分からなかった。
世界が俺の思っている何倍も、何十倍も残酷だということを。
でも
「図星って顔だな? なんだよ……やっぱり逃げるつもりだったんじゃねえか」
「ぁ……っ……! ぁ……ぇ……! ぅぁあぁあ~あ! 」
そんなこと知りたくなんて無かった。
「悪ぃ。何言ってんのか分かんねぇ。……もう一発いっとくか」
「ッッ……! 」
こんなことをしても微塵もうれしくない。
ただ自分への嫌悪感が増えるだけで、何の充足も無い。
「やっと使ったな。【自動回復】を」
ただ一つ思うことがある。
「はぁ、はぁ、はぁ……悪魔! 鬼! 」
「お前に言われたくねーよ。……しかし安心した。話す元気はまだありそうだ」
「……ひぃいぃぃぃぃぃ! 」
「話せ。俺の家族についてお前が知ってること、全部」
無知な俺でも、誰かを守る『力』だけはあって良かったと。
それだけはレベルを上げ続けた自分に感謝してる。
「さあ答えろよ! また、体中へし折られたいか!? 」
尋問は佳境に入っていた。
「ひぃ、しっ……しっ……しら、しらっ! 」
「とぼけるな! また痛めつけられたいのか? 」
どうでもいい情報はいくらでも手に入った。しかし肝心の俺の家族に関する情報は全くつかめずにいた。
もしかしたらそれだけ何か裏に重要な秘密があるのかもしれない。
「ぁぁああ”ああ”あ”あ”あ”! 」
「叫んでも終わらねえぞ! 言えよ!! 」
『彼は本当に何も知りません』
「なんだ、ジェイド? お前何か……」
『あなたが知りたがっていることについて、私たちは本当に何も知らないのです。城本剣太郎さん』
その女性の声は頭の中に直接響いた。
「誰だ? 」
白目を剥いて気絶したジェイドを置き、質問を夜空に投げかけた。
返答はまたもや頭の中に直接届けられる。
『彼の、ジェイドの……言葉を選ばなければ『仲間』と言うことになるでしょうか……? 私はアリスと言います』
あまり歳は重なってないような声だ。20~30代くらいか。
「この声は……【スキル】だな? 」
『はい。【テレパス】のスキルです。一切の攻撃能力はありません』
「……信じろと? 」
『信じてもらう他ありません。それに……ご自身の命を脅かすほどの攻撃がこの世界に存在するとお思いですか? 』
そんなセリフをほざく、足元で伸びるコイツの仲間であるアリス。
「何をしに来たんだ? 」
『一つは謝罪です。私たちの身内が最強であるあなたにとんだご無礼をかけてしまったことへの』
冷たい声だ。謝罪と言ってはいるが何の感情も込められてない様に聞こえる。
その冷静さが俺を無性に、過剰に苛立たせた。
「『謝罪』だと? 『ご無礼』だと? ふざけてんのか、お前? もう謝って済むような段階はとっくに過ぎてんだよ。分かってんのか? お前らが何人殺したのか? 」
『ええ、わかっているつもりです』
「なら……! 」
『はい。なので私たちはあなたに詫びるとともに……感謝しているのです。本当にありがとうございました。ジェイド・バーンスタインを……『死の寸前』まで追い詰めて頂いて』
「は? 」
全てはあっという間に終わっていた。
『爆ぜよ』
鼓膜を震わせる破裂音。
暴れ狂う魔力。
滴る血の音。
そして、何かがボトリと落ちた。
『それでは城本さん。またいつかお会いしましょう』
声は頭の中で小さくなっていく。待てと言う暇もなく。
寒空の下、ビルの屋上に一人取り残された俺。
口からは、自然と乾いた笑い声が漏れ出ていた。
「ははは……あはははははははは! 」
俺の大きな笑い声は東京の深夜の空気の前に霧散して、心の中に芽生えた虚しさはより一層加速した。
「一体何だったんだ? 今までの戦いは? 」
足元をわざわざ見るまでも無い。
この数秒の間に一体何が行われたのか、漂ってくる血の匂いと加算された経験値を見れば明白だ。
「……仲間だって? とても信じられねえよ……」
一晩で1000人以上殺した虐殺者は……爆死した。
他ならぬアリスの手にかかって。