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地雷

「え? 」



 死神は耳を疑った。何故、今このタイミングでそんなことを少年は聞いてくるのか全く理解が及ばなかった。



「もう一度言うぞ? お前はさっきのあの一瞬で俺を襲うために何人を巻き込んで殺したのかを把握してるのか? 」


「は……いや……」



 困惑する死神。



「答えろよ」



 少年の意図が分からず答えあぐねていると、首にかかった力は徐々に増していき、気道は狭まっていった。



(息が……できない! )



「あまり長くは待てないぞ。3……2……」


「い、いや……待ってくれ! 知らない! 俺は知らない! 」



 ジェイドはたまらず正直に返答した。


 対して少年は指に力を込めるのを止めて、重苦しい息を吐いた。



1263人(・・・・・)だ。支部にいたのは358人だが、あの一帯は他にもいくつか小さな集落があった。全員【即死】だ。心臓が止まって、眠るように死んだ。中には学校に通う前の幼児もいた。赤ん坊もいた」



(……まずい)



「なあジェイド……こんなマネするんだったら勿論知ってるんだよなぁ? 死んだ人間を生き返らせる方法を? アテがあるんだろう? 俺と交渉するために1000人以上殺したんだろ? 生き返らせるかわりに俺に何かを要求しようとしたんだろ? まさか……なんの目的もなく、ただそこにいたから殺したなんて言わねぇよな? 」



(まずい……この状況は……まずい……! )



 冷たい体温が首から伝わる。冷え切った少年の手の感触は死神の精神をも凍えさせた。



「家族と一刻も早く会いたかったのは俺だ。そのために自分の顔と居る場所を晒したのも俺だ。つまりお前をおびき寄せたのは……俺だ」



(逃げないと! ……このバケモノから! でも……どうやって? )



「もしお前に何のプランもないんだったら……亡くなった命に責任を取ることは俺には出来ない。生命っていうのは失ったら、普通取り返しがつかないものだから。ただ一つ、俺にできることは――――」



(分からない。何も思いつかない! 今はっきりしていることは……このまま静観することが一番まずいってことだけ! )



「……あ、あ会いたくないかい!? 」



 ジェイドは行き詰っていた。魔力もほとんどなく、動く気力すらも無いという危機的状況は通常の手段では逃れることは不可能だった。



「誰にだ? 」



 だから死神は、家族に会いたいと言っていた剣太郎を相手取り



「家族にだ! 君の家族に! 両親と妹に! 会いたくないかい!? 」



 一つの大博打(・・・)を打った。



「……なんだと? 」


「会いたいんだろ? 僕は居場所を知っている! 」



 もちろん出任せ。けれどジェイドが今すがれるのはこんな方法しかなかった。



(なんでもいい……! この場を切り抜けれるなら! )



 眼をつぶり祈るジェイド。


 一方の少年は死神の首から手を離さないまま、低い声で囁く。



「お前は知っているのか? 俺の家族を? 」



 狙い通り食いついてきたことに笑顔が漏れそうになるのを必死に抑えながらジェイドは威勢よく返答した。



「ああ! 知ってるとも! なんなら、会ったこともある! 3人ともだ! 」


「なるほど……ならお前が会った時は少なくとも、家族は生きてたってわけだ」


「そうだ! 」


「…………」



「でも! もし僕に! 僕に手を出したら……君の家族の身の安全は――」



 決死の交渉に臨もうとしたジェイドの言葉は



「なるほど……これでお前には俺の質問に一つ多く答えてくれたことになるな」



 無感情な少年の声に遮られた。



「あっ……ああ……そうだね」



 その時からだった。



「だからお礼に2つ、お前に教えてやるよ」



 降り立った高層ビルが不自然に揺れ出したのは。



「……え? 」


「まず一つ目。『俺が人間を一人も殺してない』って話はお前の勘違いだ」



 軋みをあげる金属の部材。



「は? 」


「この世界ではない別世界で一人。戦った末、この手で殺した。言い訳をするつもりはない。間違いなく、事故ではなく俺の意志と判断で殺した」


「…………」



 静寂を切り裂く、窓の割れる音。



「ソイツは自分のためならどれだけ世界を傷つけても、自分よりも弱い人間ならどれだけ殺しても(・・・・)構わないって奴だった」


「……!! 」



 死神が息を飲むのと同時に、屋上のヒビ割れは大きくなる。



「ソイツはその世界で最強だった。ソイツのことは誰にも止められなかった。ソイツは強くなることに囚われた、欲望を止められない亡者だった」


「あ……あ……」



 少年を中心に魔力は渦巻く。



「だから……俺に出来たのは殺してやることだけだった」



 そして圧倒的な魔力の高潮が頂点に達したその時、死神の脳裏には



「あ……ああ……ああ」



 ついさっきほど少年が言いかけていた言葉がフラッシュバックした。



(『ただ一つ、俺にできること』って……)



 ジェイドが自分の勘違いに気付いたのはその瞬間。


 なぜ城本剣太郎はそれほどまでに怒るのか。それは単純に自分が襲ってきたからだとそう思い込んでいた。


 全て間違っていた。間違えていた。けれどそれは仕方のない事。



(僕は……とんでもないことを……してしまったのか? )



 なぜなら、ジェイドは城本剣太郎と言う人間を知らないから。


 一ファンでしかない彼は他人を知るうえで重要な要素の一つである城本剣太郎が『何に』怒りを覚えるのかを知ろうともしてこなかった。


 彼の本心が最も忌避する事柄を。


 彼のトラウマの根源を。


 彼の心の原風景を。



「そしてもう一つ、教えてやる」


「あ」


「俺の父親は……ずっと昔に」



 ――そう、それは



「俺の目の前で死んでいる」







 ――ヒーローに憧れていたのにも関わらず

   父親を見殺しにしてしまった幼い自分自身のこと。――






「なっ……! 」


「さっきお前、妙なことを言ったな? 俺の両親に会ってるんだって? それって一体『いつ』、『どこで』のことだ? 」



 家族に危害が及ぶこと。そして目の前で誰かを殺されること。


 それが城本剣太郎の揺るぎなき逆鱗であり起源。



「あっ……あっ……ああ……あああああ! ああああああああ!! 」



 計らずとも死神は――



「――これから俺がするのは質問じゃない。お前が吐いた嘘を一つずつ正し、知っていることを全て吐かせるための…………『拷問』だ」



 ――最強の少年の最大の地雷(・・)の2つを同時に踏み抜いていた。



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