ついてきた
「ほら、飲めますか? 」
騎士団長の兜をずらし、最後の一本の『上級回復薬』を飲ませる。驚くほどに青ざめた白い肌と唇は薬のお陰で徐々に血色がよくなっていく。
良かった。どうやらちゃんと間に合ったようだ。
「団長の様子はどうですか? 」
介抱しているところに後ろからかけられる声に振り返った。声の主はラウドさんだった。
「ああ。今、眠ったよ。ラウドさんは大丈夫? 」
「あの悪魔が消えた途端、ゴーレムも一緒に消えてしまいました。どうやら死に損なったみたいです……」
照れくさそうに片手で頭をかくラウドさんは、見るからにほっとしている。
一度は自らの命すらも差し出してまで救おうとした騎士団長のことだ。そりゃあ心配にもなるだろう。
本当によかったな。それに『団長』も喜でるだろうよ。アンタが生きてたらさ。
俺が何か言おうと口を開いた瞬間。
「ん? 」
空から何かが落ちてきた。
とっさにキャッチし、握った手を開く。例の黒い球だ。当然『終』の文字がついている。
そうか。名残惜しいけど、ここまでか。
「どうやらここでお別れみたいだね。ラウドさん」
「そんな! まだ名前も聞いておりませんし、お礼も……! 」
「そんなの、いいよ。俺が好きにやったことだから」
「私たちの国にぜひいらっしゃってください! 」
「そうしたいのは山々なんだけど。多分もう……」
言葉を切って表示された文字を確認。予想通り崩壊のカウントはもう20秒を切っている。空間は歪み始めて、視界はぐにゃりとねじ曲がり始めていた。
時間だな。
足元に横たわる騎士団長を抱き上げながら俺は最後に別れの挨拶をした。
「俺の名前は剣太郎。助けられたのは俺も同じだ。ありがとう。そっちにいっしょに行けないのは残念だけどね……『団長』によろしく言っといてくれ」
「ま、待ってください……ケンタローさん。なぜです? まだ私たちは――――」
両手に乗せた団長を渡そうとする俺。
手をこちらに伸ばしながら困惑の表情を浮かべるラウドさん。
両者が触れるその寸前。カウントは『0』を指した。
まぁ……やっぱりこうなるよな。
目が覚めるともうそこは下山トンネルの中だった。まだ日も昇り切ってない。やっぱり迷宮内の時間と現実の時間には大きなズレがあるのは間違いないらしい。
現地人との接触があったから、ちょっとだけ『迷宮』の外にいけるのかとか期待していた。まあ、そんなことは無かった。トンネルが繋がるのはあくまでこことは別の世界の『迷宮』の中にだけ。
それにある意味安心だな。ダンジョンを攻略さえすれば、必ずこっちの世界に戻ってこれるってのは。でも興味はあったな。あの騎士団がいるどんな国で、どんな風に普段は生活していて、『迷宮』や『ステータス』はあの世界の住人にとってどんな存在なのか。
もっと色々聞いてみたかった。もっと色々教えてほしかった。 本当に残念だ。もう二度と会えないかもしれないなんて。
「……」
ほんの一瞬、センチメンタルな気分にひたると首を勢いよく振る。反省は後だ。最優先なのは現状を把握することだ。
すっかり傷だらけになった防具の具合を確認しながら、視線と思考を巡らせていく。
今回、二度目のダンジョンにしてかなりの収穫があった。沢山の人と知り合えたし、モノも情報も新しい力も盛りだくさんだ。ウキウキする気分を抑えられずに手に握られた『報酬』を【鑑定】する。
「『武装強化液』に『能力増幅剤』? なんか面白そうだな。使うのが楽しみだ……あとはステータス」
『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.41
職業:無
スキル:【棍棒術 Lv.5】(2950/3200)【疾走 Lv.5】(1909/3200)
【鑑定 Lv.5】( 70/3200)【投擲術 Lv.2】(341/400)
【念動魔術 Lv.1】(0/ 100)
称号:≪異世界人≫ ≪最初の討伐者≫
力:14(+661)
敏捷:17(+705)
器用:14(+649)
持久力: 8(+863)
耐久: 6(+711)
魔力: 1(+635)〔20/635〕 保有ポイント:20000』
青い悪魔から手に入れた【念動魔術】っていうのも気になるけど基礎能力はいよいよ生活が出来なさそうな水準になってきたのが気になる。帰省中に爺ちゃんの家を破壊するかもしれない。なんて本気で考えるほどだ。
そうしているうちに俺は気づいた。
バットがいつの間にか消えていることを。
「あれ~さっきまで持ってた筈なんだけど……もしかして置いていっちゃったかぁ? 」
立ち上がって周囲を見渡す。周囲には見慣れた野球道具の姿はどこにもない。『装備』を確認しても空欄のままだ。どうやら本当に忘れていってしまったようだった。
「うわー……マジか……結構気に入ってたのに……」
嘆こうが、わめこうが失くしてしまった事実は変わらない。一度攻略した迷宮には恐らく二度と入れることは無いのだから。諦めかけたその時、トンネルの奥……視界の端に『何か』が光った。金属の照り返しを持った『何か』が。
「お? やっぱりこっちに戻って来て、る……じゃ……────え? 」
駆けよっていくうちに、徐々に言葉を失っていく。トンネルの入り口の方に見覚えはあるものの、あまりにもその場とミスマッチな真っ白な物体がある。
本当は無視したいところだが残念なことに、俺はそれが何かを知っている。
どこからどうみてもソレは『騎士団長』が着けていたのと同じ白銀の全身鎧だ。恐る恐る近づいて、確信する。汚れの大きさ。損耗度。間違いない。ついさっきまで共闘してた団長の鎧そのものだ。何でこんなところに……?
確認のために持ち上げようと手を伸ばしたところで、気がづく。
この鎧が僅かに動いてることに。
「嘘だろ? 」
まさか……あり得ない。いやダンジョンの前ではあり得ないとも言い切れない。
現に目の前で起こってしまってる。
もう一度だけ、今度はしっかりと部分に触れた。
「あ~……」
そんなことがあるなんて……。
トンネルの中で天を仰ぐ。
起きてしまった特大の厄介ごとが夢だったらいいのにと思いながら。
「この鎧……『中身』も入ってるじゃん……」