退屈を超える恐怖
確実に心臓を止めたはずだった。
手応えもはっきりとあった。
素手で心臓を握り潰したような明確な感触が今でも残っていた。
だというのに
「……後悔させてやる」
空気を蒸発させるような勢いで燃え上がる怒りの炎。殺したはずの少年は焼焦げるような視線をジェイドに差し向けながら一歩、また一歩ゆっくりと迫った。
死神は動揺する中で切り札を出し惜しまなかった。
「『死神の眼』!! 」
解き放ったのはジェイドの持つもう一つの奥義。彼の二つ名の由来にもなった、言わば代名詞のような技。
『不可視の処刑人』を一人を確実に始末する『狙撃』だと例えるならば『死神の眼』は―――『絨毯爆撃』だ。
「うおおおおおおおおおおおおお!! 」
ジェイドの身体を突き破る勢いで噴火する魔力。
額に浮かび上がった血管が流れるエネルギーの大きさに負けて破裂し、緑色の虹彩は赤黒く変色していく。
それでも構わず魔力を放出した結果、【即死魔法】は瞬きする間に辺り一帯を黒い煙で満たしてみせた。
「今度は君だけじゃない! 無機物や森ごと全て! 朽ち果てろ!! 」
ジェイドが叫ぶのと同時に変化は起こり始めた。
木々は葉を落とすと、音を立てながら倒れ
建物の残骸は風化し、風に吹き飛ばされ
死体の山は腐食し、土塊へとかわっていった。
(間違いない! 僕の力は正常だ! 何もかもが『即死』していっている! )
そう確信するジェイドは意識を目の前の少年に向ける。
見てみればファーストブラッドの身体はボロボロだった。
服は引きちぎれ、肌は血肉が露出し、骨も砕けて、引き裂けた腹部からも内臓も腐れ落ちようとしていた。
誰の目から見ても明らかに、確実に死んでいる。
そんな状況の中で
「本当に、心臓を確実に止められるんだな。とんでもない【魔法】だ」
顔色一つ変えずに、取り乱すことなく
「『超再生』」
傷をスキルで回復し、【即死魔法】の威力を他人事のように称賛した。
「何故だ!? なんで死なないんだ!? 」
「その目は飾りなのか? そんなに気になるんだったら【鑑定】してみれば良いじゃねーか……俺は何の【偽装】もしてねぇぞ? 」
「くッ! ……【鑑定】ッ!! 」
大きく舌打ちをした死神は言われるがまま【鑑定】スキルを使用する。
「な、なんだ! その状態異常は!? 」
死神はその青みがかった目で目撃した。【不死状態】の文字列を。
『不死状態:状態異常の一種。この状態になった人間はいかなる要因でも死ぬことができなくなる』
「【自動回復】のスキルレベルが50を超えると使えるようになる『不死化』って技の産物だ。お前も同じスキル持ってんだからわかるだろ? 」
「ふざけるな! そんなチー…………――――ぐがぁッ! 」
ジェイドは腹を強打され吹き飛ばされた。文句を言い終える前に。
感じたこともないほどの激痛に脂汗を流しながら悶えていると、情け容赦なく追撃が降りかかかる。
「ぐはぁッ! 」
「俺の『不死化』の継続時間はあと約300秒だ。それまでお前の【即死魔法】は効かねえ」
「ぐがっ! ……あ゛が、! ……ぎぃ」
口を動かしてはっきりと言葉を紡ぎつつ、少年は攻撃の手も緩めない。
バットで殴り飛ばし、走って落下地点に先回りしたところを蹴り上げ、再びバットでかっ飛ばす。その繰り返し。20万を超える[耐久力]を単純な力勝負で上回られて嫐られていくジェイドは何とか反撃に転じようとした。
「『死者の腕』ッ! ……『死の息吹』ッ! 」
声を枯らしながら使用した2つの【即死魔法】。
痛みと出血で視界も、思考もグチャグチャになってるい中で頼みの魔法の発動に成功する。
「いぃ行けえぇ……! 」
死神の号令とともに少年の左胸に殺到する亡者の腕と紫の霧。
皮膚を剥がし骨を腐らせながら恐ろしい速度で迫った2つの魔法は、狙い通り心臓を握りつぶすことに成功する。
「律儀に何度も心臓を止めてきやがって……言っただろ。効かないって」
だけどそんな真似をされた少年は眉一つ動かさない。自分の中身をボロボロにされているというのに両腕に持つ金属バットは何度も閃いて、四方八方からジェイドの身体を打ち付けた。
「クソッたれッ! ……ゾンビか! 君は!! 」
「ああ確かにゾンビだ。でもな……『不死化』で痛覚は消せないんだぜ! 」
語尾を強めるのと同時に少年は【棍棒術】の技の一つ。『乱打』を使用。衝撃波を何重にも発生させる速度で振るわれた金属バットは死神の両腕をミリ単位で粉砕した。
「があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」
「うるせえよ。いちいちその程度の怪我でガタガタ騒ぐな。それでも俺と同じ【自動回復】持ちなんだろ? 傷だらけなのは慣れてるはずだ」
「ぐぅ……くぎぃぃぃいぃいぃ……あ”あ”あ”あ”ぁぁぁ……」
「それともお前の【自動回復】……経験値をつぎ込んだだけの飾りなのか? 」
「……ファースト……ブラッドっ……ひ、一つ……聞いても……いい、か? 」
「なんだ? 」
「さっき『痛覚』は……消えないと……言ったな? 」
「ああ言ったぜ」
「ならっ! 『殺して欲しい』ってそっちが頼んでくるまでっ! これで! 痛めつけてやる! 」
原型を留めないほどに崩壊した左右の手を『集中治療』で治しながらジェイドは魔力を瞬時に練り上げた。
「ほお」
「【突風魔術】『鎌鼬』! 【念動魔術】『ショックウェーブ』!! 」
ジェイドが右腕から放つ二種類の魔法。それらはぶつかり合い、混ざり合い、新たな力を形成していく。
「いけええええ!! 」
『風の刃』と『念力』が組み合わさって実現した、
不規則で回避不能な混沌の渦は
硬い岩盤も、
建物の基礎も切り裂き、
空高く巻き上げながら、
立ち尽くしていた少年に直撃した。
「さあ泣け! 喚け! 命乞いをしろ! 」
そう言い放ちながらも、抜け目なく死角から二本の剣を取り出すジェイド。
希少なドロップアイテムでもある一対の双剣は斬りつければ片方が毒状態、もう片方が麻痺状態になるというオリハルコン製の業物だった。
(ファーストブラッド……さすがにあの複合魔法程度で最強である君を……僕が憧れた君を……無力化できるとは思ってないよ……でもこれで追撃すれば……)
ジェイドは『自動回復』でどうにか走れる程度に回復した体に鞭打って『全力疾走』を使用。
脳裏に弾ける『くさび型文字』を振り払いながら巻き上げられた土煙の中心にいるはずの少年のもとへ斬りかかった。
(この程度であのファーストブラッドを殺し切れるわけ無い……けど……『不死化』が切れるまでの時間稼ぎなら十分だ!! )
伸びる2つの現実の刃。向かう先には風の刃に切り裂かれて悶え苦しんでいるはずの一人の少年。自ら創り出した風の目隠しを超えて。
「……は? 」
しかし
「……一つ教えてやるよ」
そこには傷ついた人間はおらず
「【即死魔法】以外のお前の魔力量での魔法、スキル、技、武器ではそもそも……」
ただ何もせずに両腕を広げて立つ
「……俺の[耐久力]を超えられねえーんだよ」
『無傷』の城本剣太郎がいた。
(無敵。最強。不敗。頂点。……ああこれが……【一番目】……か)
発言を証明するようにジェイドの双剣は少年のむき出しの腹筋に触れると脆いガラス細工のように崩れていった。
もちろん剣を突き立てられた肌には跡一つすらもついていない。
「わかったか? お前じゃ俺をどうあがいても倒せない」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「散々お前の攻撃を一方的に食らってやったんだ。今度はこっちの番だ」
「……はぁっ……はぁっ……はぁ! ……はぁ!! 」
「喰らえ。俺の……」
「……『空間跳躍』ッッ! 」
その日、
『死神』の異名を持つ処刑人は始めてターゲットからむざむざと逃げ出し
その時、
始めて、超長距離を一瞬でワープする【疾走】の技を使用し
その瞬間
生まれてはじめて、自分の意思で『退屈』を受け入れようとした。