【即死魔法】とファン心理
その攻撃には一切のためらいがなかった。
その攻撃には一欠片の気負いもなかった。
その攻撃にはほんの僅かな魔力しか込められていなかった。
だというのに、効果は『絶大』だった。
「木が……枯れてる? 」
ジェイドの口から吹き出た紫色のガス。『超反応』で離脱した俺をよそに、吐き出された息は重力に引かれて足元の森にぶち撒けられた。
その時、俺は確かに見た。
ガスに触れた木々の葉が瞬時に変色し、落葉し、幹が萎んでいく一部始終を。
「まさか……! あの【魔法】! 」
そのまさかだった。
【即死魔法】:ありとあらゆる生物が生まれながらにして持つ生命力の源を元から断つことが可能な【概念干渉魔法】。その魔法の魔力に触れると相手は死ぬ。
そんなのアリかよ!?
そう言いたい気持ちを必死で抑えた。こんなものを初対面の人間にいきなりぶっ放したジェイドはというと涼しい顔でこちらを睨みつけていた。
「この程度の手品で驚かないでよ? まだまだ俺の力はこんなもんじゃないんだから」
説得は無理だ。コイツ……殺る気満々だ!
「……【念動魔術】ッ! 」
「逃げるな、と僕は言ったぞ! 【念動魔術】! 」
浮き上がって逃げようとする俺をジェイドは風の魔法でどこまでも追ってきた。
「『全力疾走』! 」
念力で作った足場の上を【疾走】の技で走って突き離そうとすれば
「『全力……疾走』 !! 」
向こうも俺と同じように追ってきて
「『パワーウォール』! 」
こっちが、追いつけないように大きな壁を張れば
「『圧縮念波』!! 」
俺もよく知ってる破壊の魔法で打ち壊す。
すでに【鑑定】をしているためジェイドのスキル構成が俺と似通っていることはもう重々承知のはずだった。
けれど戦い方や使い方の細かい部分に至るまでこんなにも同じなんて……。まるで鏡の中の自分自身と戦ってるような感覚だ。
妙にやりにくい。俺の思考が全部読まれているような、そんな錯覚すら覚えるほどに。
だから俺は一度逃走することを諦めて、ジェイドと向き合うことに決める。走るのをやめ、背中につく気配に向かって振り返った。
「やっとやる気になってくれたか! 」
「違う! 俺は……」
だけど当のジェイドは止まらなかった。
「【即死魔法】……『死者の腕』! 」
今度は周囲の空間を引き裂くように何十本もの黒ずんだ白い腕が生えてきた。
四方八方から殺到するその指の一本一本に死の魔力が含まれていることを察知した俺はバットを腰溜めに構える。
「【大車輪】! 」
非数値化技能。婆ちゃんから教わった棍棒の技。
宙に浮いた状態でも完璧に動いた体は回転し、金属バットは纏わりついてきた腕を全て弾き飛ばした。
「触れたらヤバイ【即死魔法】……でも『触れなきゃいい』んだろ? 」
「その通り。冷静に対処できたらさっきの2つの技なんて訳ないよね? でも普通の人は君とは違って、目と鼻の先まで死が迫ってきたら、そんなに落ち着いてはいられないものなんだよ? 」
「褒めてるのか、それ? 」
「もちろん褒めてるさ! 」
俺が問とともにバットを突きつけるとジェイドは小さく拍手した。
「なら褒めるついでに頼むけど、俺の前からいなくなってくれないか? 」
俺が心中を正直に話すと、ジェイドの顔は曇った。
「……悲しいな。君はわざわざ会いに来たファンにそんな酷いことを言って心が傷まないのかい? 」
「なにがファンだ。殺しに来たくせに。それにファンってなんだよ? 俺はそんな存在を認めてないぞ! 」
その瞬間、ジェイドの目の色は変わった。
「知らないのかい!? 全世界で君のことが好きな人は多分1000万人はいるよ。かくいう僕もその一人でね! 君の動画は何度も何度も見たよ! 」
「……は? 」
変なスイッチの入った襲撃者の口は止まらない。こっちが聞いてもいないことを根掘り葉掘りあれこれと語るジェイドの口はかつてないほどに滑らかだった。
「僕が特にお気に入りなのは『祭り』のやつ……お寺の監視カメラに写ってた魔王の軍勢をたった一人でなぎ倒していったのと、もちろんやっぱり大和町での『黒騎士戦』かな? いや! 火柱の奴も捨て難いなー。【火炎魔術】を公の場であれだけ大胆に使ったのはアレが最初で最後でしょ? 」
何故か寒気がしてきた。冷や汗が止まらない。一体コイツは俺のなんなんだ?
「何を言ってるんだ? お前……? 」
「何って……説明したまでさ。僕がどれほど君に詳しいのかをね? 」
「お前は……本当に俺のファンなのか? 」
「うん。さっきからそう言ってるじゃん」
ジェイドは煩わしそうに頭をかく。その余りにもこちらの考えることに無頓着な様子に鳥肌が立った。
俺はサブイボだらけの腕をさすりながら意を決して質問した。
「じゃあ聞くけど……なんで俺を殺そうとするんだ? 」
「だからさー……。理由がいるのかよ!? そんなことに! 俺は君の強さと戦いのファンなの! だったら知りたいに決まってるじゃん! 君の本気も、本気の殺意も、全部! 」
「お前本当に、俺の言ってること分かってるのか? 」
「君は何を言っているんだい? あーいや君が話してるのは日本語で、僕が話してる言葉は英語だよ? でもダンジョンに出てくる一部のモンスターにさえ自分の言葉が通じる世界で、ホルダー同士の会話は全て翻訳されることなんて常識じゃないか。それともおちょくっているのかな? 僕を? 」
「違う! 俺はただお前と戦う理由がないってことを……」
「黙れ! ファーストブラッドはそんなことは言わない! 彼は無敵なんだ! 顔も見せないし素性もわからない謎の最強の存在なんだ! なのになんなんだよ!? いきなり顔出しなんかしやがって!! 解釈違いなんだよっ!! 」
「…………」
ジェイドと話が全く噛み合わない理由を俺はようやく理解し始めた。
コイツは俺の戦いに対して本当に心の底からの究極的にファンなんだ。スキルは自分の『願望』を反映するという黒騎士の理論によればコイツは俺と同化しようとしてたということになる。
まあ、つまりは理解者じゃない。こっちに寄り添う気なんてサラサラない。
ジェイドはいつからか俺を持ち上げ、幻想を持ち、勝手に期待して、今は勝手に失望しているんだ。
「なんっじゃそりゃ……」
タクマさん? これが人気が出るってことなんですか? 俺にはちょっと対処不可能ですよ……コレ。
「……やっぱり今日のところは帰ってくれないか? ジェイド……」
「…………」
外国人のホルダーは答えない。俺は構わず続けた。
「もう辺りもかなり暗いしさ。それでも、また戦いたいんならどこか別の日の昼間に仕切り直そうぜ」
「…………」
「このままだと周りを巻き込んじゃいそうだ。知ってるか? さっきの支部から少し離れたところに暮河駅って言う結構大きな駅があるんだ」
「…………」
「まだこの時間ならかなり人がいるはずだ。……【索敵】」
流れるようにスキルを使った。
周囲に被害が既に行き渡ってないか確認するために。
半径5キロを超える円の中に何人いるのか。
どこに人口が密集しているのか。
克明に把握しようとした。
だけど何故だろうか。
「? 」
俺の【索敵】スキルに反応が一切ない。
生き物の反応が…………範囲内に無い。
「え? 」
心臓の鼓動が一際大きくなる。
「まさか……」
呼吸は荒れ出す。
「まさかそんな……」
背中からは汗が吹き出る。
「ありえない……」
ただ急いだ。
「嘘だ!! 」
迷宮庁支部へ。
「……」
そして俺は見た。
「…………」
床に倒れ伏した人を。
椅子に座ったまま、机に突っ伏して動かない人を。
眠っているように壁にもたれ掛かる人を。
「………………」
通路は静かだった。個室の中に閉じこもっていたさっきを遥かに超えて。
耳をいくら澄ませても聞こえない。
鼓膜を揺らすモノは何もない。
物音一つ。
風の音一つ。
そして呼吸の音さえも。
「やっと見つけてくれた。僕のサプライズ」
振り返るとそこにはジェイドがいた。
「どうやらずっと気づかなかったみたいだね? いや気づいたとしても君には止めようがなかったと思うけど」
「……」
「ぼくの【即死魔法】はね、魔力操作には結構自信がある僕でさえマトモに使いこなすことができないんだ。ある程度は『技』という形で効果範囲と対象を限定させるんだけどね。それでも身体からは常に死の魔力は漏れちゃってるんだよね」
「……」
「【疾走】スキルで長距離移動した時とかは特に酷くて、その時は僕も諦めて垂れ流し状態なんだ。この人達は多分、僕があの個室に入った時には即死だったんじゃないかな? 君は僕よりもレベルも魔力も高いから無意識の死の魔力には効かなかったんだろうね。いきなり現れた僕に気を取られて周りを気にする余裕もなかったんじゃない? 」
「……」
「これでどう? 戦う意味が出てきたんじゃない? うかうかしてるとさっき言ってた……クレ? シャワ? 駅の人も僕が殺しちゃうよ? 」
「……」
「今度はそっちが、ウンともスンとも言わなくなっちゃった……。まあそれでもいいか! これ以上この国で暴れるとオジサンとオバサン達がうるさそうだし」
「……」
「バイバイ、ファーストブラッド。期待してた『四分の一』くらいは楽しめたよ」
――正直に言おう。俺はそこからの記憶をあまりはっきりと覚えてない。