刺客……?
とにかく情報が欲しかった。
家族とはやく会いたかった。
こっちの世界で信用できる仲間が欲しかった。
だからこの目で見極めようとした。
逃げずに直視しようとした。
迷宮庁とその支部の実態を。
俺の周りをコソコソと嗅ぎ回っている連中に邪魔されないために、あえて表舞台に踊り出た。
向こうの世界では逃げ隠れしても、ろくなことにならなかったから。
隠された真実を見逃しかけた。
一人の女の子の献身を見過ごすところだった。
友人の危機に間に合わないところだった。
もうそんなマネは2度とごめんだった。
だけど俺は結局、見落としちまったんだ。衆人環視の中でも、どれだけ周りに人がいようとも構わず向かってくるような『イカレ野郎』がいるかもしれないってことを。
「やっと見つけた! ずっと会いたかった! ファーストブラッド!! 」
ソイツは
一欠片の気配も、魔力の波動も感知させずに
数キロにも及ぶ広さの【索敵】の網を掻い潜り
突然、前触れもなく
窓一つない個室の中心に現れた。
「『瞬間移動』! 」
幸い身体も、魔力も反応した。視界は切り替わり、身体も2階建ての『支部』の屋上へと跳躍する。
「何も言わず、急に逃げないでくれよ! 折角、こうして会えたんだから! 」
けれど、瞬間的には亜光速の速さを実現する俺の『瞬間移動』に奴は追い縋ってみせた。
「……なんて速さだ! 」
素直に褒めると
「君には全く及ばないよ! 」
逆にこっちが持ち上げられた。
「は? 」
意味が分からない。お前は敵じゃないのか? 一体なんなんだ?
それとも予告もなくいきなり現れただけでもしかしたら害意自体はないのか?
けれども、もしもの時のために念には念を入れるべきだ。
「……『偽装看破』!」
俺は間合いを再び開きつつ、急襲者に【鑑定】スキルを使用した。
「お前は……! 」
その時、一目で分かった。茶色い髪に緑色の眼をした俺と歳があまり離れていないように見えるそのホルダーが只者じゃないってことが。
『ジェイド・バーンスタイン (年齢:18歳) Lv.143
職業:無
スキル:【疾走 Lv.47】【念動魔術 Lv.45】【自動回復 Lv.43】
【鑑定 Lv.40】【即死魔法 Lv.40】【突風魔法 Lv.40】
称号:≪異世界人≫≪四番目の討伐者《フォース・ブラッド》≫≪殺戮者≫
力: 192089
敏捷: 539467
器用: 594001
持久力: 249201
耐久: 100221
魔力: 624389 〔599921/724389〕』
「流石。いい眼を持っている。僕の自己紹介は必要ないようだね? 」
日本人離れした容姿を持つ、ジェイドは流暢な日本語を操り、またもやこちらを褒めちぎる。
しかし俺が一番驚いたのはそんな部分じゃない。
「レベル……143だと……? 」
「君がいる高みには到底及ばないけれど、僕も日々努力を続けているんだよね。まだまだ君にはおよばないけれど」
ジェイドはその3桁を超える数字が、さも『当然』と言うように謙遜して見せた。
「なるほどな。どうりで。随分と強そうなスキルが並んでるわけだ」
「そう言ってくれると素直に嬉しいよ! お返しに君の質問に何だって答えよう。例えば僕の発現させた珍しいスキルの事とかね! 僕はこの日をずっと待ってたんだから! 」
どこか掴みどころのないジェイドが見せた初めての親切心。俺はすぐに答えを出さずに、考えた。どんな問をこの男に投げるべきなのかを。
たしかにジェイドのステータスについて気になる部分は山程ある。けれど今俺が一番最初にコイツに聞くべきことはそんな表面的な情報についてじゃない。
「じゃあ正直に答えてくれ」
「うん。何がだい? 」
「一体お前は……何をしに来たんだ? 」
そうだ。問わなければならないのはどうしてジェイドがここに来たのか。どうやら俺に用があるのは間違いないらしい。だけどそこから先の展開は?
俺にはわからない。一体この外国人のホルダーが何を考えているのか。だから正直に、正面から質問を吹っ掛けた。
「……」
ジェイドは目の前に現れてからずっと饒舌だった。
何故かは分からないが、興奮が冷めないといった様子で、奇妙なテンションを保ち続けていた。
「…………」
しかし現在、ジェイドは始めて押し黙った。張り付いていた笑顔は消え失せ、その表情からは人間らしい感情が抜け落ちていた。
痛々しい無言の時間が流れ、夜風の音が鼓膜を強く打つ。
もう太陽はとっくの昔に落ちきっていた。
「今……なんて言った? 何をしに……だって? 」
年齢が2つ上な外国人ホルダーはその本性を徐々に露わにした。
「わからないかな? 君と戦いに来たんだよ? 僕はね? それとも何かな? まともな理由が必要なのかな? 強者と戦うことに? 君もそうやって力を得たんじゃないのかな? 誰かを押しのけて、自分よりも格上なモンスターを殺して頂点に上り詰めたんじゃないのかな? そこに理由や言い訳なんて不純物が介在する余地があったのかい? 」
相対する顔には段々と感情が戻ってきていた。
「ファーストブラッド……まさか君もそうなのか? どうか肯定しないでくれ。戦いに理由や正義を求めるような本国のつまらない連中と君は同じだって言うのか? 」
うつむくジェイドの声は震えていた。
悲しさで。
悔しさで。
失望で。
そして、それらを包み込むほどの激しく、大きな怒りで。
「認めない。世界の最前線を走る君がそんなつまらない奴だったなんてことは……絶対に認めないッッ……! 」
その時になって俺はようやくジェイドの意図を悟る。
「【即死魔法】……『死の息吹』」
俺と本気の殺し合いをしたいという奴の意思を。