信用できない
狙いは俺のはずだ。
こうして俺が矢面に立てば家族から狙いをこちらに向けることができるかも知れない。それに、もしかしたら誰かが俺を見つけてくれるかもしれない。
だから皆の前で姿とレベルを公開した。
もしかしたら今この瞬間にも俺の家族に危険が及んでいる可能性があったから。『人形使い』はそう匂わせた。
それに『人形使い』が言うには梨沙も、母さんも俺の身内だという以外に何か狙われる理由があると言った。全てが何もかもあの男の言いなりなのは癪だけど、その危険性を無視することは俺には出来なかった。居ても立っても居られなかった。
そして今、俺はタクマさんに教えられたとある場所に飛び込んでいた。
「城本……ケンタロウ君。ケンタロウの漢字は? 」
「つるぎの剣に普通に太郎です」
「剣太郎、ね。それで住所は……あの大和町……だったよね? 」
「……はい」
まさか想像もしなかった。
「あの……言いにくいんだけど……君、本当に城本くん本人? 16歳の? 」
「はい! 間違いないです! 」
「そう、なんだよね……精神に作用する『状態異常』はかけられてないみたいだし……精神鑑定の必要があるのか……? 」
「……あの? 何か? 」
「いやね……君さ。書類上だと少し前にさー……『亡くなってる』んだよね……」
俺がとっくの昔に死んでいたことになっていたなんて……。
「身分を証明するものって言っても……その様子だとないよね? 」
「はい……」
「う~ん弱ったな……。今のこの支部に迷宮関連死亡者の顔写真やら遺伝子情報のデータにアクセスできる権限もってる人いないんだよね〜」
ここは【ホルダー管理制限委員会】の地方窓口。東京にある迷宮庁を本部と呼ぶことからこの場所は支部と呼ばれているそう。見た目も中身も地元の市役所のような雰囲気。
「なんとか……なりませんか? 」
「いやね〜〜僕も君の気持ちは重々承知なんだけど……なにぶん僕、程度が許されている裁量じゃその辺の判断がね……」
そして目の前で俺の登録をしてくれている人は【管制官】の安芸村さん。
『管制官』は警察官や消防官と同じ国家公務員の一種で主に『ホルダーの管制』と『日本国内の重要なダンジョンの維持管理』を行っているのだとか。
「ちょ、ちょっとここで待ってもらえるっ!? すぐに帰ってくるから! 」
「ちょっ! 待っ――」
立ち上がって静止したが、言葉を言い終える前に安芸村さんは個室から出て言ってしまった。
一台のノートパソコンと……俺を置いて。
「さすがに……この展開は予想してなかったな……」
力なく椅子に座り直し、仕方がないので安芸村さんの帰りを待つ。
しかし待てど暮らせど彼はやってこない。【索敵】を使って姿を追ってみると、なんと自分のデスクに座り込んで悠々と休憩しているのだった。
「見捨てられたか……。まあ、仕方ないか。俺って面倒事の塊だもんな……」
ここ一ヶ月の日本での生活の記録がなく、一度は死没判定がされた未成年で、そしてレベルが206。
自分で考えて笑えてくる。よくもこんなになるまで生き抜いたと。
「あれ……まだ電源ついてる? 」
そんな時に目についたのが、目の前に放置されたノートパソコン。
「お、やっぱり閉じられてない……それに結構古い型だなコレ……」
回り込んで確認すると、目に飛び込んできたのは見覚えのあるデフォルトの青いホーム画面。
「人は……近くにいないな……」
【索敵】スキルでそのことを再度確認。そして俺はパソコンに手を伸ばす。
「安芸村さん……これくらいは許してくださいよ……? 」
最も馴染みのある検索サイトのアイコンをクリック。
「ネットとか何日ぶりだ……? 向こうの世界と地球の一日の長さがなんか違うっぽいんだよなー。本当に一ヶ月も経ったのか……? まあそんなことはいいか……よし」
そして打ち込んだ。『迷宮庁』と。俺が日本にいない間に出来たこの組織にほんの少し引っかかる部分があった。
「お、出た出た。……ほぉーすげえ。実在するんだな。マジで」
でも想像に反して、国営組織らしいしっかりした作りのホームページを見て思わず感心の声が漏れる。
組織の沿革や、その職務内容の紹介。はてはモンスターの出現情報やレベル上げの簡単アドバイスまで掲載されていた。
「しかし『モンスター』だの『スキル』や『レベル』だの大真面目に書いてあるのすげー違和感あるな……」
モンスターは何十万、何百万と倒してきた。けれどこの非現実感だけは未だに拭い去れない。まだ組織が出来てから日が浅いせいだろうか?
「んで、どこの誰がトップなんだ……? 」
予想は顔も名前も知らない5,60代のオジサン。
「え」
しかし見通しは盛大に外れる。
それどころかサイト内をクリックして表示された迷宮庁長官、兼ホルダー管理制限委員会委員長の顔を俺はよく知っていた。
「赤岩……さん……」
間違いない。写真に写った黒いスーツの男性は間違いなく俺が知る公安部・迷宮対策課の赤岩信二その人だった。
もちろんホームページには載ってない。迷宮課の名前どころか、公安の『こ』の字すらも。迷宮課にいた顔見知りは赤岩さん以外に名前も顔も一切無い。その中で、あたかもいるのが当然というように堂々と映り込む赤岩さんを見ると、俺の脳の記憶野は強く刺激された。
――『迷宮庁のことは信じない方がいい』
フラッシュバックしたのは『人形使い』の言葉。政治に疎い俺にも分かる。迷宮課の現場指揮をとっていた赤岩さんが迷宮庁長官を務めていることは確実に異常だということぐらい。
そして赤岩さんは舞さんたち戦闘班と違い何か俺に含みがあるような態度を取り続けていた。そこに何か別の目的があったのかもしれない。今の俺にはそのことは知りようがない。けれど……
――『迷宮庁のことは信じない方がいい』
この一言は頭の中で反響し続けていた。