動き出す迷宮庁
「あれが暮河駅か……確かに大きいな」
タクマさんから教えてもらったこの辺で一番大きな街の駅前を空から見下ろす。現在の時間は日が落ち始めた夕方。茜色の空に照らされた広場は数えきれないほどの人が歩いている。ホルダーの数も申し分ない。
「……行くぞ」
そして俺は【念動魔術】で浮き上がった身体をゆっくりと徐々に下ろしていく。出来るだけ目立つように。出来るだけ人目に付くように。
ホルダーたちも、ホルダーじゃない人も俺の存在にはすぐに気づいてこちらを指した。
【索敵】じゃ追いきれないほどの沢山の視線とカメラの光を感じる。まるで見世物小屋の珍しい動物のような気分だ。
とてつもなく居心地が悪い。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
こっちに向いている視線の多さに吐き気がしてきた。
今日のことは確実に後で後悔して、布団の中で悶えながら盛大に引きずることになるだろう。
「……だけど仕方ねーよな……こんくらいしか思いつかなかったんだからよぉー」
周囲をチラリと確認すると日本に戻ってきた時と同じく俺を中心に人だかりができていた。
ホルダーが目立つけど、よく見たらレベルの表記が無い人もちゃんといる。そして前は気づかなかったけど左手首に俺と同じ『くさび形文字』が並んでいる。
そんなホルダー達は俺に話しかけるわけでもなく、喧嘩を売るわけでもなく、ただ好奇の目を向け続けている。俺の狙い通り。
「もう少し……派手なことしたほうがいいか?」
そこで俺が標的に選んだのはちょうど直上、高さ2000mほどの上空で下界の獲物の見定めをしていた『Lv.48ダンジョンイーグル』。
「堕ちろ」
つぶやきながら腕を空に伸ばし【念動魔術】を発動。魔力に引かれた大怪鳥は体のコントロールを奪われ自由落下の数十倍の速度でここに突っ込んできた。
「潰れろ! 」
そして破裂させる。大鷲の体を。上空数十秒mの観賞に一番適した距離で。
俺の体に黒い煙が吸い込まれた瞬間、大歓声が巻きおこる。四方八方から『有名人ですか? 』とか『撮影ですか? 』とか『アカウント教えて』などの質問攻めにあった。
完全にタクマさんが俺に見せた光景の焼き直しで思わず苦笑いしてしまう。
そんなタクマさんは言っていた。公認ホルダーには強さの他にも他者からの評価が大事だって。
『契約を守る……とかですか? 』
『もちろんそれもある。ホルダーも社会の一部である以上、信用は不可欠だ。でもね【ホルダー管理制限委員会】は中々ユニークな要素を評価項目に入れたんだ』
『なんなんですか、それは? 』
『それはね……人気だよ』
『へ? 』
こうして眼の前にしてみたら分かる。タクマさんの発言の意味が。眼前の彼らの熱狂と興奮の強さが今のモンスターと人間の距離感をよく表していた。
D級以上の公認ホルダーは現在、モンスターと戦う勇敢な人と言うよりもむしろ、街中で無料で見れるショービジネス系インフルエンサーの要素が強いらしい。
有名になった上級ホルダーに至ってはテレビ出演の依頼からそのままスターの道を駆け上がる人もいるのだとか。
呑気な話だ。一方では町一つ消えてるっていうのに……。
だけど今は他人からの名声はいらない。もちろん謝罪してほしいわけでもない。
もっと俺を見ろ。
もっと情報を拡散しろ。
もうせこせこ隠れるような真似はしない。
どこにも逃げも隠れもしない。
顔も、
名前も、
年齢も、
レベルも白昼堂々晒してやる。
だから頼む。届いてくれ!!
「少年C……いや城本剣太郎くん……でしたか。こんな風に拡散されちゃって……何をやってるんですかね? 」
千田は呆れた声を出しながらタブレットを操作する。そこにはバットをもった少年が大立ち回りする様子が拡散された動画が映っていた。
そんな部下の様子を見て赤岩は唇の片方を持ち上げる。
「わからないか? 自分の顔を広めようとしているんだろう」
「えっ!? 」
千田は驚いた。平然としている赤岩にも、今の発言の内容自体にも。
「先輩! 偉くなったからって、すっかり昔のこと忘れちゃったんですか? 少年Cがほとんど尻尾を見せてくれなくて、捜索が息詰まっていたあのころを! 」
「もちろん忘れてない。彼はプロファイリング通り、目立つのが嫌いで、自己顕示欲も弱く控えめな性格だった」
「ならおかしいじゃないですか! どうしちゃったんですか! 彼! 」
画面を差す千田。確かに赤岩の目から見ても現在の少年Cの行動は以前とは別人に思えるほど一見するとヤケクソじみたものだった。
「もちろん心境の変化って奴もあったんだろう。この世界中の諜報機関の目を掻い潜って姿を消していた一ヶ月の間にな。しかし考えられる最も大きな可能性は別にあると俺は思う」
「全くわかりません……教えて下さいよ」
「おいおい。そっちこそお役所務めの事務作業で鈍ってるんじゃないか? 公安の名が泣くぞ? ちったあ自分で考えろよ」
「減るもんでもないでしょう? お願いしますよ! 」
情けないことを言う部下の様子に呆れたため息を漏らしながら赤岩は重い口を開いた。
「とある『筋』から聞いた最新情報だ。『組織』の連中が俺たちが発見する前に少年Cに接触したらしい」
「……ッ! 」
千田は目を見開く。公安部、迷宮課の時代から始まり迷宮庁でも『組織』の名はとある団体の固有名詞と化している。まさにそれは、赤岩と千田が10年以上追い続けている名前だった。
「アイツ等! ついに動き出したんですか! 」
「ああ。接触の目的は他国と同じく自陣への勧誘か……はたまた別の理由かは分からないがな……。ただ少年Cはそのタイミングで知った可能性が高い。『家族と自分の現状』を」
「……そうか! 自由に動けている自分が名前をと顔を公にすることで行方不明になった家族に自分が生きていると知らせようとしたんですね! 」
「多分、狙いはそれだけじゃない。自分の身柄を巡って様々な組織が動いていることも聞いているとすれば、ああやってあえて身を晒すことは自衛にも繋がる。群衆の目は最も強固な盾としても利用できるし、いつも見られていることで格段に手が出しづらくなる。彼を狙っているのはどこも存在から非合法な連中ばかりだ。あの対策はかなり効くだろう」
「確かに……そうですけど……じゃあなんで……あんな無茶な慣れないマネをする前に、城本くんは迷宮課を、迷宮庁を頼ってくれなかったんですかね? 」
「恐らく思われたんだろう。信用しきれないと」
千田は絶句してしまった。
迷宮課内での少年Cへの信頼と人望は絶大だったから。それはまさに城本剣太郎少年が今まで一つずつ積み重ねてきた成果の結晶でもある。
だがその逆、迷宮課から彼にしたことと言えばモンスターの出現情報を伝えた程度のもの。それどころか赤岩を含めた捜査班は彼の心につけ込んで利用しようとした始末。
よくよく考えれば少年Cの方から信頼されるような積み重ねが迷宮課にはほとんどなかったのだ。
「……そう、ですか……よく考えないでもそうですよね」
「仕方がない。彼に嘘を言った覚えはないが……あえて言わないでいたこと、隠していたことは山程あるからな」
「もしかして……信用されてないのは、ほぼ先輩のせいなんじゃないですか? 」
「……否定はできないな」
「でもどうするんですか? このまま『組織』に取られるのをみすみす見逃すんですか? 」
「…………」
挑発する千田に赤岩は無言で視線を送る。凄まじい威圧感と覇気を纏いながら。
「……あっ、い、や……ち、がうん……です……そんな……」
しどろもどろになる千田に顔をほころばせた赤岩。しかし彼の瞳は一切笑ってなどいなかった。
「もちろん取りに行く。全力で。今度はどんな手を使っても。この一ヶ月でよくわかった。少年Cがいなければ我々の計画は破綻する」
「ですが……ここからどうやって? 」
「勝算はある……そのための『彼女』だ」
計略を説明しながら柔らかく微笑む赤岩。しかし千田の目からはその笑みは最近見た上司の表情の中で最も凄絶なモノに映っていた。