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発見

 息苦しいほどの沈黙に包まれた窓一つない執務室。

 

 その場にいるのは二人の男。一人は鷹揚な様子で机に肘をついて座り、一人は腰を折り頭を深々と下げている。

 

 一目見れば分かる上下関係。但しその両者の『外見』だけに注目すると単純な関係性でないことも見て取れた。

 


「こんな真似をされても困りますよ。瀬李澤(せりざわ)……元……大臣」

 


 豪奢な革張りのイスに座るのは40代に差し掛かるぐらいの年齢の男。パリッとしたスーツを着崩さずに着こなす姿からは余裕すら感じられた。


 対して頭を垂れるのは還暦をとうの昔に過ぎ去ったように見える白髪頭の男性。仕立てられた高級スーツが見る影もないほどにシワクチャになりながらも平身低頭した彼は遂に手と足を床についてしまっていた。

 


「頼むっ……この通りだっ……我々は同じ派閥じゃないか……会友のよしみで……どうかっ頼むっ! 」

 

「私が『禄正会(ろくしょうかい)』に入ったのは現在のポストを盤石なモノにするため……上の尻ぬぐいをするためじゃあないんですよ? 」

 

「分かってるんだろう? 私の政治家生命をつなぐことが出来る権力(ちから)を持っている人物は現在、迷宮庁の長官を務める赤岩(あかいわ)君……キミしかいないんだっ」



 室内に響き渡る耳障りな絶叫に眉をひそめた赤岩は低い声で最終勧告を行った。


 

「本当に元大臣のことを思うのならば……ここで厳しいことを申し上げるべきなのでしょう。しかし私に老人をイジメるような趣味はありません。なにか私が口を滑らせる前にどうぞお帰りください」


「そんな! 」



 強く拒絶したのにも関わらず尚も食い下がる元大物代議士の姿に一つ大きなため息をついてから男、赤岩信二はとある指示(・・・・・)を無言で行った。



「どうか頼む、どうか! 赤岩君! 」


「しつこいですよ、瀬李澤先生。何度言っても結果は同じです。お帰り下さい。『裏口』からね」



 赤岩が冷たく言い放つのと同時に手を一つ叩く。困惑する瀬李澤が質問を言いかけて口を開いたその直後。床に蹲った彼の姿は忽然と消え失せた。まるで最初から誰もそこにいなかったかのように。


 再び静寂を帯びた執務室が活気を取り戻したのは数分後のことだった。



「長官、今よろしいですか? 」


「入れ」



 ノックと共に、入れ替わり立ち替わりで入ってきたのは公安時代からの赤岩の部下であり腹心の千田という男。現在は迷宮庁長官である彼の補佐を努めていた。 



「他省庁と連携して進めていた新規のプロジェクトに進展がありましたので、直接ご報告を」


「そうか。本庁までご苦労。……千田。何かあったのか? 」


「いや……? 特には」


「何かに引っかかっていると顔に出てるぞ。正直に言え」


「いえ……! 他愛もないことです」


「ここには俺たち二人しかいない。いいから言ってみろ」



 浮足立っていることを赤岩に見抜かれて恥ずかしげに顔を伏せたあと、千田は入口で見たとある人物について言及した。



「ここではあまり見ない、珍しい顔を見たんです。覚えてますか? 『ホルダーへの失言』が問題視されて先週、更迭された法務大臣です」


「……瀬李澤武光(せりざわたけみつ)。与党ハト派の元・大物政治家だ。迷宮関連法案の成立があれほどまでに滞ったのは彼の裏からの妨害が大きかったのは間違いない。もちろん覚えている。そもそも覚えているも何も彼は俺に用があったんだ」


「え? 」


「先程ちょうど……そこに居座られていてね。なかなか頑固なもんだから無理矢理お帰りしてもらったんだ」


「……わざわざ霞が関のホテルから……ここまで文句を言いに来たんですか!? あの人は! 」


「落ち着け。奈落の底に落ちたという自覚の無い旧時代の遺物が場違いに迷い込んできただけのこと」


「……ですが! 」


「お前が口を出す必要も、これ以上知る必要も無い」



 さらに詳しい部分に立ち入ろうとした部下を、赤岩はその一言だけで有無を言わせずに黙らせた。



「……それで? 詳細は? 」



 尊敬する上司を怒らせてしまったことに意気消沈しかけていた千田は赤岩の問に頭を急いで切り替えた。



「……は、はぃ! 来年の3月を予定し…………ん? 何だこんな時に? 」



 千田の報告に割り込んだのは電話の着信音だった。それも千田自身の携帯の。



「す、すみせん。すぐに止めます! 」



(おかしい……アレ以外は反応しないように設定されていたのになんで……あ……)



「『緊急回線』だな? 」


「……はい。【C案件】に関わっていた管制官からです」


「構わない。ここで出ろ」 


「失礼します。……どうした? ……ん? 何っ!? 」



 電話越しの情報を耳に入れた瞬間、千田は思わず立ち上がる。



「確かなのか? 情報は? ……そうか分かった。ちょうど今、眼の前にいる。俺から伝えておく」



 自分が今、直属の上司の前にいるということを即座に思い出し声を抑えるが、その興奮した口調だけは押し殺しきれない。


 それだけその一報には価値があるものだった。



「そっちは引き続き追ってくれ。頼んだぞ……出来るだけ早くウラを取ってくれ……ふー……はー……マジか……」


「どうしたんだ? 」



 息を切らす部下に怪訝な顔をする赤岩。対して千田は満面の笑みで答える。



「赤岩先輩……最初につけ足しておくと、真偽はまだわかりません」



 千田は興奮していた。上司をかつての呼び方にしてしまうほどに。



「なんだ? 」


「地方支部に潜入する管制官からの緊急回線を使った報告です。Lv.200を超える『バットを持った男子高校生』が中部地方の山麓で発見されました」



 その時、千田は予想だにしない光景を目にする。


 常に冷静沈着な自分が良く知る上司が言葉を失って固まる、まさにその瞬間を。


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