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親切と発覚

 静寂に包まれた喫茶店。その窓際の席に座るタクマは目を何度か瞬かせた。



(アレ……俺……いったい何を? )



 ふと我に返った今、気付く。なぜかついさっきまでの記憶が思い出せなくなっていることに。リーダーとしてパーティーを引っ張ってきた頭脳はすぐに現状把握に動き出した。結果、脳裏に浮かんだのは一つの可能性。



(もしかして……俺、寝ていたのか? )



 けれどその考えはすぐに否定される。目をこすっても指は濡れておらず、寝起き特有の脱力感も体に残っていなかった。


 肝心の頭は別だが、間違いなく体は目を覚まし続けていた。



(気持ち悪い……なんだこの感覚? 俺の体だけを別の誰かに乗っ取られでもしたような)



 タクマがそんな記憶にできた空白に囚われかけたその時、少年(・・)が静寂を切り裂いた。



「一斉に話すのをやめて……皆さんどうしたんですか? 」


「「「「……え!?」」」」




 重なる4つの声に彼らは気づかされた。奇妙な体験をしたのが自分だけじゃないということに。



「なあ……俺……今? 」


「多分俺もだ……」


「私も」


「もしかして……集団催眠って奴? 」


「まさか! 21世紀の日本でそんなことあるわけが!? 」


「それで言ったら……こんな話聞いたんだけど……」



 すぐに何時もの調子を取り戻し4人の世界に入り込むタクマたちを、少年は外から注意深く見つめていた。そんな彼の険しい表情にも、少し汗の浮いた体も4人の意識の外から中へは入ってこなかった。


 結局カンタが腕時計を確認するまで、4人は他愛もない会話を続けるのだった。



「なあ……気づいたか? もう結構な時間だ」


「え? いつの間に!? 」


「アタシたちボーッとしすぎてたね? これで今日二回目? 」


「仕方がないさ。今日は命に係わるような初めてのことが多すぎた。」



 何杯目かのコーヒーを口に含みながら、再び歓談に戻ろうとすると、4人の耳に席を立ち上がる音が入ってきた。



「城本くん……どうかしたの? 」


「トイレならそっちを右に曲がった奥だぞ」



 エリカとカンタがかける声に少年は微笑みを返す。



「ああいや違うんです。もう『心配ないな』(・・・・・)と思ったんで……俺はここらへんで」


「この辺でって……まさかここで別れるって言うのか? 」


「はい、いつまでも皆さんの邪魔をするわけにはいかないですよ」


「邪魔なんて……そんな……」


「命の恩人にそんなこと言われたら……アタシ達形無しだね」



 タクマが絶句すると、それを継ぐように瑠璃香が言葉を紡ぐ。



「そのことは本当に気に病まないで下さい。皆さんを助けたのは俺の自己満足なんです。それ以上でも以下でもないんです」


「別に遠慮しなくてもいいんだぜ? もちろんその実力に全くあやかりたくないとは口が裂けても言えないケドよ……」


「好きなだけ一緒にいてくれていいんだよ? 」



 少年は目をつぶる。思い出していた。異世界でであった気のいい酒飲みたちを。


 身にしみる親切は世界を超えて共通していることを強く実感した上で彼は頭を下げた。別れの挨拶ともに。



「得体がしれない俺に親切に色々教えてくれてありがとうございました。お礼ならそれで十分です」



 タクマは頭を下げる少年から尋常ならざる覚悟や決断の雰囲気を感じ取った。



「……本気なんだね? 」


「これからすべきことがついさっきわかったんです。でも、さすがに、これ以上は皆さんを巻き込めません」


「そうか……」




 その一言を最後にタクマは押し黙った。数秒、いや数十秒はたっただろうか。


 彼はカッと目を見開き紙袋の札束から数枚の紙幣を掴むと、少年の手に握り込ませた。



「え? 」


「お金はいらないといったね? だけど大人の立場から言わせてもらうと先立つものは必ず必要だ。携帯も持ってないんだろう? 」


「…………」


「それとこっちは俺達の連絡先とホルダー登録番号。何かあったら連絡してくれ、必ず助けになる」


「…………」


「まあ多分……足手まといにしかならないだろうけど」



 その瞬間、黙って聞いていた4人は堪らず吹き出した。赤面して口を尖らすタクマと宥める3人を見て少年は声を上げて笑う。


 喫茶店はかつてないほどに温かい雰囲気に包まれていた。




「……行っちゃったね? 彼」


「最寄りの駅くらいには送ってあげても良かったんじゃない? 」


「……あのオンボロの車でか? 」


「それは……うん……」


「それにしても信じられないな、あれで10歳年下か」


「16歳だっけ……? それって俺の妹の……さらに2つ下ってことだよな? スゲーな」


「大変だよね。これから」


「それは……間違いないね。【世界順位(・・・・)】も一気に変わるだろうし……」


「そういえば……それもあったな! 説明し忘れた! 」


「まあ、そのうち知るだろうさ。登録ホルダーになったら自然にね」


「――――……そういえばさ。言わなかったんだけど」


「どうした? エリカ」


「城本くん……金属バット持ってたよね? 」


「武器のことか? そこは問題ないんじゃないか? ホ管法の導入と同時に銃刀法の規制が大きく緩まったからな。バットの一本や二本持ち歩いたところで補導されることはないさ。むしろ未登録ホルダーであることの方が……――」


「――言いたいことはそういうことじゃないの。もう一度思い出してみてよ。あの強さに……武器が『金属バット』で……大和町の男の子って……それってもうさ……」


「え? 」


「あ」


「おいおい、おいおいおい! まさか! 」


「城本君が……『そう(・・)』なのか!? 」



 4人が謎の少年の『正体』に気付いたときには、彼の姿も気配もなく、ただ、さっきまで座っていた席に仄かな温もりだけが残されていた。


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