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城本剣太郎を最もよく知る女

 予想外の出来事が起きていた。


 四半世紀前から存在していた『組織』においては新参の部類に当たる人形使いには、理解が全く及ばない事項が連続していた。


 しかし『そんなはずは無かった』。


 人形使いはこの『組織』にスカウトされる際に将来の幹部待遇を約束された人員だからだ。



(おかしい……話が違う……この俺に何の説明もなされず、理解ができないことなんて組織(ここ)にあるわけがない! )



 人形使いの人を見下す姿勢の根源はそこにあった。彼は自分の才能が現代社会において途轍もない効力を発揮することを理解し、最も金払いの良い場所に所属しようとし、どんな環境であっても特別待遇はあって当然だと考えていた。


 だがしかし、『現実』は心の中で描いていた理想とかけ離れていた。



「何を驚くことがある? 君は本当によくやってくれたじゃないか。あの人類最上級の実力を持つ彼と戦った上で五体満足なのは誇っていい」



 感情が一切込められていない共感と同情。



「日本中に『糸』の網を張ることで、全世界のありとあらゆる国家・宗教・権威・財団に先んじて城本剣太郎を発見した手腕は見事だ。指示通り『情報の植え付け』にも成功している部分も高く評価できる」



 取ってつけたような空虚な称賛。



「そして君はこちらから言わずとも、期待通り動いてくれた! 彼をあえて(・・・)怒らせることで、本気の実力を引き出して我々に多量の情報を与えてくれた。この点も評価に値する」



 もはや皮肉にしか聞こえない無理やりな加点評価。



「噂の回復力や炎の魔法を見ることが出来なかったのは少し悔やまれるが…………まあ仕方がない(・・・・・・・)。これ以上は欲張り過ぎと言うものだ」



 そして隠そうともしていない明確な蔑視。



「人形使い。君は『組織』のためによく働いた。今まで(・・・)本当にありが――――」



 最後に男が『別れの言葉』を言い放とうとしたその時、人形使いは判断した。自分は今『組織』から切り捨てられ(・・・・)ようとしていると。上司であった『胡散臭い男』も、所属する『組織』も既に自分の()であると。



「――――動くな」



 誰よりも早く世界最速の少年を見つけ出した人形使いは裏切る速度も速かった。事前に察知されないようにするために前触れもなく突然、糸を巻き付けた手刀を男の首に突きつける。



「あえて聞くぞ? ……これはどういうつもりだ? 」


「動くなと言っただろ? ……そうでないと首を糸で切り落とす」


「なら喋るのは許されるはずだ。教えてくれ。これからどうするつもりなのか」



 かつての部下に脅しをかけられても尚、男は余裕の態度を崩さない。だから人形使いは考えた。どんな行動が一番『組織』にダメージを与えられるのかを。



「なら教えてやるッ! ……こうだ! 」



 考えた末に至った結論は空いた片手を壁際に無言で立ち尽くす女性に向けること。『組織』の中で強い立場を持つ彼女を人質にとろうとした。


 すると男は表情をサッと変え、まっとうに警告をしてきた。



それだけ(・・・・)はやめておけ。取り返しがつかないことになるぞ? 」



 笑みを消して真剣な表情を浮かべる元上司を人形使いは嘲笑(あざわら)う。



「状況を分かって言っているのか? この地下にいるのは3人だけ……この場所を知る者は他にいない。そんな空間で俺は今過半数の命を握っている」


「ほぅ……なら3人の意思決定者を決める選挙でもやるか? 」



『過半数』という言葉尻を捉えた冗談。人形使いの怒りはその瞬間、頂点に達した。



「アンタのそんなふざけた所が本当に嫌いだった。……あまり……俺を……舐めるんじゃねぇええええええ!! 」



 全身から噴出し、徐々に形を変えていく魔力。次第にそれが幾千もの糸の形へと変化した瞬間、人形使いはその『技』の名を口にした。



「『一糸千刃(いっしせんじん)』!!  」



 それは城本剣太郎に対して一度使用を試みて諦めた最終奥義。操作できる可能な限りの魔力の糸を重ね合わせ、尖らせて、自分を中心に無差別に拡散させる絶技。人形使いは術者本人でさえ制御不能な刃の嵐で地下室を満たそうとした。


 しかし男は――



「ふむ、本当にいつみても惚れ惚れする見事な技だ」



 ――その技量の遥か上を――



「技の出が遅すぎる(・・・・)以外は」



 ――簡単に飛び越えた。



『乾いた破裂音』と『金属片が床を叩く音』が木霊する。


 人形使いが膝から崩れ落ちて倒れるのはその直後だった。



「……君のような自らの力を過信する術者ほど御しやすい。【魔法】や【スキル】で戦うことにこだわるからだ。[魔力]に経験値(ポイント)を集中させ、[耐久力]を軽視した人間一人を殺すのには前時代の個人兵装(・・・・・・・・)で十分事足りてしまうのさ」



 部下だった人間の遺骸を見下ろして男は両手を合わせる。硝煙を振りまく『拳銃』を片手に持ったまま。


 壁の花で居続けていた女性はそこで、ようやく口を開いた。



「終わりましたか? 」


「すまない同志よ。見苦しい所を見せたな」


「いえ……慣れてますから……」



『彼女』は死体を前にして、顔色一つ変えなかった。



「そういってくれると助かる。……だが君も愚かだと思うだろう? 秘密結社である我々が外向けの体裁を気にしているという事実だけは? 直属の上司が『利用価値の無くなった人員』を一方的に『整理』することはどのような状況であってもコンプライアンス違反なのだそうだ……。笑ってしまうよな? 俺も最初に聞いた時は吹き出してしまったよ」


「…………」


「しかし『上』は本気なようでね……だから私の様な末端は部下を一人ずつ処理する度に、こうしてわざわざ『理由造り』に奔走しているんだ。今回は大切な仲間が襲われそうになったが故の正当防衛といったところかな」


「…………」


「『組織』の闇の一端を知った上で眉一つ動かさないのはさすがだ。『英雄を産んだ女』は肝が据わっている。……いや、たしか血は繋がっていないのだったな? 」


「…………」


「正しくは……英雄を一人で育て上げた女……そうだったか? 」


「…………」


「まったく……。一度褒めたらコレだ。組織の諜報員は何十年たってもずっと変わらんな? 愛想が悪く、感情が全く読み取れん無表情。常々思っているよ。君に、よく赤の他人の子供の親が務まったもんだとね? 」



 男の皮肉に、『諜報員』と呼ばれた女性はようやく反応する。しかも返答は短く、一言だけ。



「……そのために訓練を積んできたので」



 だが、その端的な返答を男は痛く気に入った。



「フハハハハハ……流石は諜報部員! それが任務ならば『子供二人を10年以上騙し続ける』ことも厭わない! ……これからもその調子で頼むぞ? あの少年(ファーストブラッド)を最もよく知る……『英雄の母親(・・)』よ! 」



 調子良く叫ぶ男に対し女性は、城本剣太郎の育ての母は俯いた。



「最初から私に母を名乗る資格はありません。彼から母親と呼ばれる資格も……」



 そんな懺悔の言葉は少年にはもちろん届かない。そのことを重々分かっていながら彼女は祈るのを止められなかった。




 ――――自分の名前すらも教えてやれなかった息子の無事を。


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