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『組織』

「うわああああああああああああああ!!! 」



 人形使いは大絶叫と共に飛び起きた。


 痩せぎすの身体をブルブルと震わせ、荒く、短く、呼吸をするが一向に息が整う様子は無い。身体が揺れるたびにシャツに染み込んだ大量の汗が垂れ落ち、地下室の床を濡らしていた。



(話しが違う……聞いていた話と全然違うぞッ! アレは何だ? あの『生き物』は一体何なんだ!? )



 瞼の裏には今もこびりついていた。金属バット片手に目を赤く光らせた少年の姿をした一体の鬼の形相が。


 鼓膜には滞留していた。鬼の怒りの声が。


 目にも止まらぬ速さで身体を少しずつ削り取られて行き、最後は頭を――――



「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああああ!! やめろ! 消えろ! 俺の前から消え失せろッ! 」



 四肢を一度全て失った痛みと恐怖と無力感に再度襲われ、半狂乱になった人形使いは座っていた椅子を蹴り飛ばして破壊し、何度も何度も床に叩きつけ、破片が体中に突き刺さっても破壊の手を止めずに殴り続けた。



(そもそもの話ッ! 組織の重要人物である俺が! 希少で貴重な才能を持ち! 替えの聞かない人()であるこの俺が! 肉壁にしかならない雑魚がするような作戦に! 組み込まれたこと自体が! おかしいんだ! )



 心の中で言葉を区切りながら椅子を殴りつける度に、徐々に心は軽くなっていく。身体を目茶苦茶に傷つけることで初めて、グチャグチャにされたプライドを慰めることが出来た。


 しかし普段ろくに鍛えていない細い身体。人形使いは『動くと疲労する』という自然の摂理に沿って次第に殴り疲れていった。徐々に八つ当たりの勢いは緩まっていき、最後は深く息を吐いて怒りを無理やりに治めた。



「どうだ? イス一つで少しは落ち着いたか? 」


「ああ。ほんの少しだけだがな」



 全てを見計らったようなタイミングでの声掛けに雑に応じる人形使い。



(この俺がお前の下だということを思い出させないでいてくれたら……もっと気分が晴れたのは確かだが)



 そんな心の声を人形使いが出すことはない。今、彼の目の前に立っている『胡散臭い男』は仮にも自分の暫定的な上司にあたる立場の人物だからだ。


 そんな人形使いの内心を知ってか知らずか、男は満足の笑みを浮かべた。



「そいつは重畳。いい報告が聞けそうだ」



 その言葉に皮肉の意味が多分に含まれていることに、人を操ることに長けた彼が気づかないはずが無い。地下室の前面に設置され、今は暗転(・・)しているスクリーンを親指で指すと、人形使いは男の問いに吐き捨てるように返答した。



「あの画面は人形(オレ)の視界と同期していた。だからアンタも同時に見てたはずだ。分かるだろ? ……あんな人の皮を被ったバケモノを相手にするような雑事は俺がやるべき仕事じゃ無いてことが」



 傲慢な態度を崩さずに不満をぶちまける人形使い。男はとりなしつつも、やんわりと彼の言葉を否定した。



「いいや。それがそう『単純な話』でもないんだこれが。……まあ細かい事情は後で話すとして実は君に会いたいという人がいる」


「こんな場末に客人か? アンタじゃなく俺に? 」


「そうだ。君にだ」


「何かの間違いなんじゃないか……? 」


「ずっとこの空間に閉じこもり、全国に何百体も配備されている人形を操ることで世界一忙しい人形使いサマが覚えているかどうかは定かではないが……どうやら『彼女』と君は面識があるようだぞ? 」



 人形使いの視線は男から、その背後で気配を殺して立ちつくす『彼女』へとスライドした。



「アンタは……」



 そして息を飲む。その女性は本来、このような最前線に出張ってくるような人物ではなかったからだ。



「今日『彼女』をここに急遽呼んだのは他でもない。ファーストブラッドと君の戦いぶりを見てほしかったからだ。さあ彼に何か言いたかったのだろう? 」



 促す男に対して『彼女』はうつむいたまま、小声でポツリとつぶやきだした。



「……お久しぶりです……人形使いさん。今日はただ……謝りたいと思って……ここまで来ました……本当にごめんなさい……」



 ぎこちなく頭を垂れる『彼女』。それは忖度の無い心の底からの謝罪。


 しかしプライドの塊のような人形使いには逆効果だった。収まったはずの怒りは再燃する。まさに目の前の女性こそが彼にファーストブラッドの不完全な情報を教えた張本人であったためだ。



「こんのクソ(アマ)ァ! 軽々しく頭なんか下げやがって! それで謝罪のつもりか! それだけで俺の溜飲が収まると思っているのか!? オマエの中途半端な情報のお陰であの怪物の怒りを買って、俺は顔が割れちまったんだぞ! どう落とし前をつけてくれるってんだ!? 」



 彼女の傍に歩み寄り、因縁をつけるように覗き込む人形使い。一息でまくし立てられた彼の怒声はまるで、はるか遠くにいる少年にまで届かせるようとするかのように地下空間全体に轟いた。



(分かりやすいな。今も口の端と膝が震えている。よほど恐ろしかったのか)



 男は部下を少しの間、観察するだけでそう判断した。


 人形使いの怒りがあの少年(ファーストブラッド)への恐怖の裏返しであると。


 『数百キロもの距離を少年が一瞬で走破して今にも目の前にやって来る』という可能性を人形使いは真剣に恐れていたのだと。



「少しは落ち着けよ。ここは東京だぞ? ――野県の山奥にあるあの廃ビルからここまではそう簡単に来れやしない」



 だから男は現実的な距離を示して落ち着かせようとする。しかし現場を知る部下には全く響かなかった。



「アンタは目の前でアレ(・・)を見てないからそんな舐めた口が利けるんだ。……奴は異常だ。……規格外だ! 今までに見てきたどんな『順位持ち』よりも……! 」



 何を言っても耳を貸さず、頑なな態度を崩さない部下を見て男は諦めた。『宣告』の前に人形使いの正気を戻してやることを。



(所詮は組織運営の便宜上そう定義しているだけの名ばかりの上司と部下。そこに信頼関係も積み重ねた時間も無い。そして今からの行動にも――――変更は無い)



「約束しよう。君の貴重な意見は私が上に余さずに報告しておく。さて……早速で悪いが私は本作戦に置いて君を評価せねばならない立場にある」


「はっ……何とでも言えっ! 俺はやれるだけやった! 」



 言葉とは裏腹に人形使いにはあった。自分が盛大に暴走したという自覚が。しかし素直に認めて謝罪することは彼の山よりも高く、海よりも深いプライドが許さなかった。


 男はそんな部下の逆ギレを想定内と言った様子のすまし顔で受け流す。



「言い訳は無用だ。過程に意味は無い。我々の手元に残ったのは結果だけなのだからな? 」


「なら結論をさっさと言え。俺はどっかの離島にでもトバされるのか? 」


「そう生き急ぐな……人形使い。だが心配する必要は無い。結果という一点から加味すると組織はお前の一挙手一投足を高く(・・)評価しているのだから」


「……………は? 」 

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