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少年の逆鱗

(ありえない……)



 人形使いは必死で思い出そうとしていた。自分が何秒間この少年から意識をそらしていたのかを。



(ありえないっ! )



 そして考えた。喫茶店から潜伏場所に選んだ廃ビルまでをつなぐ糸の距離を。



(ありえるわけがないっ!! )



 結果、男が至ったのは『10キロを超える距離を5秒もかからずに走破した』という頭がおかしいとしか思えない結論だった。



「黙ってないでなんか言えよ? 俺と話がしたかったんだろ?」



 そんな挑発の声は人形使いにはもはや届かない。男は一人の世界に入り込みブツブツとうわ言を呟いた。



「ヘマをしたか? どこで? いつ? ……いや、確認は怠らなかった。ダミーの糸も何本も張り巡らせていた……。スキルによる偽装も行った……。そもそもだ……どうやって特定を……? そんな暇があったか? 位置の特定時間を含めたら……1分にも満ちていない……のか……? 」



 心に浮かんだ事を口にしていくたびに人形使いに沸々と湧き上がる一つの感情。



(…………フザケルなッッ!! )



 それは怒りだった。



(コイツは分かっているのか……!? この俺の考案した芸術的なネットワークの真価をッ! この俺が日本の何処かに現れるかもしれないお前を見つけるための網を張り巡らせるの労力と時間をッ!! )



 考え抜いた策を力で踏み潰された憤怒。


 嘆き。


 屈辱。


 恥辱。


 男が持ち合わせていた冷静さは簡単に消え失せる。そんな大きな隙を少年は見逃さなかった。



「ぐぁッ!! 」



 腹部に突如加わった衝撃。人形使いは成す術もなく身体をくの字に折り曲げた。彼に何が起きたのか、何をされたのかは一切分からない。ただ一つ理解できたのは少年が目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてきたということ。


 廃ビルの砂利まみれの床にうずくまりながら人形使いはこちらを見下ろす少年を睨みつけた。



「さっきの発言は撤回したほうがいいな……。お前も本体じゃない。このビルにいるお前は単なる中継地点(ハブ)。証拠にほら……ここにいるのはただの人形だ……」



 うずくまる身体から服を引きはがす少年。するとあらわになる、金属とカーボンと合成樹脂でできた身体。


 自らのタネを先に暴かれて、隠す必要がなくなった人形使いは腹部に走る鈍痛に耐えながら笑みを浮かべた。



「気づいたか? 理解したか? 絶望したか? お前は私に攻撃を与えることはできない! そして! もう一度同じ忠告をしよう! この人形を傷つけることでダメージを受けるのは操っている人間たちであることを! お前はこれ以上私に手出しすることはできないのだよ! 」  



 血反吐を吐きながら煽り文句をたれる人形の不気味な顔に少年は顔をしかめた。


 対して人形使いはより一層笑みを深める。



(形成はこれで逆転した……はずだ。しかしこのガキ、自分のことは何も知らないくせに調子に乗りやがって……! 『余計な手を出すな』とは言われていたがもう我慢できん! )



 人形使いは魔力を高めた。使う予定の無かった必殺の技を目の前の敵に繰り出すために。



「まずはお前からだ! 安心しろ……すぐに『()』も俺がそっち側に送ってやる」



 その時、


 その刹那、


 人形使いが『妹』という単語を口にした瞬間、


 少年の顔からは


 感情と表情といった要素が抜け落ちた。


 そのことに気付かないまま、人形使いの視界は急降下する。



「ぐがはっ! 」



 肺を胸を圧迫され声と息が飛び出る。コンクリートの床に強かに打ち付けられた男は魔力で押さえつけられた上半身を無理やり持ち上げて抗議した。



「俺の話を……聞いていなかったのかッ! 言っただろう? この人形への攻撃は――――」


「いや、それは嘘だ」


「……ッッ!! 」



 断言する少年。二の句が継げない人形使い。


 男の方は感じていた。目の前で巨大化していく一つの感情を。自分が何か『途轍もない大きさの地雷』を踏み抜いてしまったような錯覚を。



「お前のスキルに操った対象に負傷を押し付けるような気の利いた力はない。それどころか人形へのダメージは操っているお前に届く仕様。…………一度繫げた糸は本体のお前からはなかなか切れないことももちろん知っている」



 男はゾッとした。背筋が寒くなり、心臓の動きすらも静止する。



(こいつ! このガキ! どこまで俺のことを……!? )



 決めつけなんかじゃない。少年の指摘はすべて当たっていたのだ。



「バレてないと思ったのか? その【偽装】スキルで何もかもごまかせるって? 甘いんだよ」



(ヤバイ)



「さあ教えてもらおうか? 知ってることを全部」



(マズイ)



「知ってるんだろ? 梨沙のことを……? 」



(話が違う! 情報が違う! 城本剣太郎は人を殺したこともないようなただの甘ちゃんな日本の高校生なんだろ!? )



「先に言及したのはお前だ。冷静さを保つために俺が心の奥にしまい込もうとした梨沙への想いを引きずりだしたのは……お前なんだぞ? 」



(眼の前にいるコイツはなんだ!? 顔色一つ変えずに俺を痛めつけようとするこの怪物はいったいなんなんだ!! ) 



「…………クソッタれがぁ! 」



 人形使いは叫び、敢行した。決死の逃走を。


 【人形操法】の技の一つ『ストロング・ストリング』。糸への感度を数十倍化し[敏捷力]と[器用]さを絶大にする奥義。


 今までで一度たりともなかった。この技が通用しなかったことなんて。



「逃さねぇよ? 」



 耳元でその声が聞こえた時、人形使いは理解した。この世には自分の常識が一切通じない埒外の存在がいるということを。自分はまんまと組織に騙されてソレの逆鱗に触れてしまったことを。


 いともたやすく動きを金属バットの芯で捉えられ分厚い床を何層もぶち抜く強さで叩きつけられた瞬間、男の心は折れた。自らの敗北を、どうあがいても勝てないという事実を受け入れざるを得なくなっていた。



(ぐっ……がはっ! 糞っ! 息が……できねぇ! 人形の身体も……動かねえし……切断も……! )



 コンクリートを何枚も頭部に喰らい、意識が朦朧とする中で人形使いは唯一鋭敏な感覚に頼ろうとする。



(ああでも聞こえる……大丈夫だ……俺の心臓の音はまだ……止まっていない)



 それは細かな空気の振動すらも逃さない聴覚。男は周囲の音を読み取り、状況把握を必死で行う。


 そんな彼は聞いた。聞いてしまった。ひたひたと近づいてくる一つの音を。



「……来るな……」



 それは一つの足音。けれど人形使いにとってみれば死神が迫る音に等しい。もちろん男の制止の声に音の主が応じるわけがない。歩みは止まらず、足音が次第に大きくなる。



「こっちに来るなぁ! 」



 人形使いは遂に発狂した。


 痛みで。


 恐怖で。


 戦慄で。


 そして思わず口走る。今、最も言ってはいけない一言を。



「俺をそれ以上痛めつけてみろ! 城本梨沙の身の安全は保証できないぞ! 」



 男は声に出してから気づく。


 ――――1つの気配が自分の背後を既に取っていることを。



「がぁああああああああああああ! 」



 鋭い痛みがその偽りの身を焼く。痛覚の方向を見ると右腕パーツが無理矢理に引きちぎられていた。



「お前が……」



 今度は左腕。通学受容体に突き刺さる痛みの大きさに本体も人形も仰け反る。



「俺の妹の名前を……」 



 もう一度立ち上がり、逃げようとしたところで両足をへし折られた。過去最大の痛みが襲い悶え苦しむ男に金属バットの影が落ちる。



「口に……するなぁッ!! 」



 その時、人形と繋がった意識は切断される。


 人形の頭部の致命的な破壊という名の『擬似的な死』を体感することで。



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